「今日は、どうだった」




夕方、二人で歩く帰り道。
彼は1歩下がった位置にいるこちらに振り向くことも無く、前に顔を固定したままそう訊ねてきた。




「まだ4時過ぎですよ。。。ちょこっと気がお早いかと」




「……そうだな」




そう答えて、彼は口を閉ざしてしまった。








この日は彼の休みの日だと少し前から解っていたので、お出かけに付き合ってもらう予約をしていた。



というのも、少し前に予定外のところでお小遣いを手に入れてしまって。
何か消化できる先がないかと思っていたので、らしくもなくこちらからお誘いしたのだった。




「最近はちらほら行くな、カラオケ。
まぁ、初めは俺が言い出したことだったか」




「そうです。まったく、四季をそんな娯楽に引きずり込もうなんて。ハマったらどうするんですか」




「付き合える範囲でつきあうよ。ハマる予定があるのか?」




「その言い分はいけません、それだとご主人様に浪費させることが楽しくて誘っちゃいます」




「おいやめろ」




そんな戯言を交わしつつ、くすりと笑う。




穏やかな時間にふさわしい、現実味のないぶらっくじょーく。……いや、ブラックジョークとは違うかもしれないけど、そういう感じのノリなのです、多分。。







恥ずかしながら。私は娯楽施設というのを利用した経験が非常に乏しい。




少なくとも彼と一緒になるまではほぼ無かったはずだ。
自分の子供の頃のことに関心も何もないけれど、閉鎖的で人任せな女だったことは覚えている。
ようするに、何事にも興味がなかったのだろうということくらいは分かる。




それがなぜ今になって、そういう場所に行くようになったのかと言うと難しい。




最近知ったのだから、私たちのペースでは今が旬なのか。
周りでそのような話を聞くから興味が湧いたのか。
それとも、あるはずだったものを取り返したいのか。
どれもその通りなようで、的はずれにも聞こえる想像だ。




娯楽施設。カラオケ。あとはそう、ボーリングとか。
他には遊園地。施設ではないけど、地域のお祭りなどもそう。そんな話題が転がってくることはままあることで。


そのどれもよく分からない。きっと一度ずつくらいは見て知っているのだろうけど、そのほとんどを覚えていない。




遊園地とかはほんとに行ったことないんじゃ……、いや、あったな。学生の頃に遠足で。
中に入らないで門の前で読書してたような気もするけど。。。




いや、だからどう、という訳でもない。本心がどこにあるかもどうでもいい。




手の届くところに手の届くものがある。で、それが今必要だと思うか否か。


時場所を問わず、物事の選択基準はそういうものだろう。まずは手を出して、必要なければ次からは使わない。必要なら、それ以降も活用するししやすくする。
何であれ、その手の娯楽というのは目についた順に当然してしまうチャレンジの副産物みたいなものだ。




「四季がハマる予定はありませんが、ご主人様が行きたいとおっしゃるのでしたら止めるようなこともございません」




「……そうか。なら、また今度な」




はい、と答えて、私は少しだけ彼の背中と距離を詰めた。








……たまに考える。『私は、こんな風にしていていいのだろうか』と。




いや、たまにではなく、常に脳裏にあるのだろう。
しばらく前から私は自分のために他人を消費するモノになるのだと諦めたし、今では堂々と悪人を名乗るようになっている。




だけど悪人にも悪人の矜恃がある。
そのひとつとして、自分の為にならない悪事、すなわち娯楽は不必要だと断じてきた。




ゲームのブログなんかやっていて、一つの説得力もない話ではあるけれど。それはそれ、これはこれである。
ここで言ってる娯楽はもっと別の楽しみのことであってゲームとかではないし、そもそもこのブログも、何度か言っているけどご主人様が1人になった時の暇つぶしになればと思って書いてるものだし。




それに別段、明確な決め事として自分を縛っている訳でもない。

明確に言葉にして自分を縛ってしまえば、それ以外の不必要なものを全て捨てることになってしまう。人の形をした機械みたいになってしまう。
さすがの私も、せめて獣には劣りたくはないのである。ケモミミ的に。








「で。楽しかったのか」




ふい、とこちらに向いた視線は無表情。
その目には、多分信頼のような温かみがあったと思う。


ただ、そのあんまりにまっすぐな視線を直視出来なくて、思わず目を逸らしてしまった。。




「たっ……、そんなことを、わざわざ口にして言うものではないかと。。」




「そのくらいは軽く言えてもいいと思うが




うむむむ、と唸りながらちょっと睨んでみる。
それに得意げに笑って応える彼の笑顔は、ちょっとムカついたけど嬉しかった。




…………いや。なんでそこで嬉しがるのか私。
我が事ながら、ちょっと話が早すぎというか、端折りすぎというか。。。




「ふんだ。意地悪なご主人様は嫌い………、
……とまでは言わないですけど。。ちょっとむーっとしますー。。。」




「あ、嫌いとは言わないんだ。。。」




「四季がご主人様を嫌いになる時は、『お前を殺して私も死ぬぅ!!』的なしちゅえーしょんに恵まれた時くらいのものでしょうとも、はい」




「そんな未来が来ない事を祈ってる………」




「それはもう、ご主人様の交友関係が健全であれば何の問題もなく(はぁと)♪」




苦笑いするご主人様。。
まぁ、実際に浮気されても○しはしませんよ、多分。。。






でも、まぁ。



楽しかったかと聞かれれば、まぁ。






「……でも、酔えませんね、こういうのは。それより先に、ちょっと恥ずかしくって。。」




えへへ、と頬をポリポリかきながらそんな風に答えてみる。




彼は、そうか、と呟くように言ったあと、




「楽しいうちはすればいい。酔いたいなら、酒でも飲むか?」




そう続けて足を止めた。




私が隣まで来ると歩くのを再開して、一緒に並んで歩き出す。
もう。たまにこうして強引だから困ってしまう。




「……お酒は、また今度。娯楽に重ねてしまっては安くなっちゃいます」




そう返されるのを分かっていたのか、そうだな、と彼は笑って前に向き直した。