窓を開けると、暗くなりだしたばかりの外からは冷たい風が侵入してきた。




「うわぁ、寒いねー」




背後からした女性の声は、どこか嬉しそうにも聞こえた。
そうですね、と答えて窓を閉める。最近は開けていることが多かったが、こう寒いと今日は閉めていた方がいいだろう。




「コーヒーでもいれましょうか。季節としては少し早いかもしれませんが、今日は温かい飲み物で良いでしょう」




ありがとう!と綺麗に笑ってくれた彼女を見て、私も自然に微笑み返していたと思う。








とぽとぽとぽ、とコーヒーをカップに注ぐ音が控えめに部屋に広がっていく。


少しだけ肌寒い、暗い夕方。秋を迎えたばかりの今の時期には珍しい景色だろう。


そんな寂しげな一日の終わりに相応しい静かな二人きりのこの空間が、こう、自分で言うのはなんだけど、少しだけ気に入っていた。




「お兄ちゃん、どうかした?」




緑髪の女性、こと実琴は不思議そうにこちらを覗き込んでくる。
自分は努めて冷静に、なんでもないですよ、と笑って返しておいた。




……流石の自分も、『貴女とこうして二人でゆっくり出来る時間が嬉しくて』等とクサい台詞を面と向かって妹に言えるほどの度胸はない。

いや、言えるかもしれないけど言わない方がいい気がしたのでやめておいた、というのも本音だった。。




「こうして二人でいることが、最近少なかったな、と思って」




「そうかもねー。いつも誰かしらいるもんね!」




それを賑やかでいい事だね、とでも言うように楽しげに笑う。
自分もそれには同意なのだが、それはそれとしてこういう機会も大事にしたい微妙な兄心がちょっとだけ寂しくなったりするのだった。。




「……もう寒くなりますね。本格的にそうなる前に、何か用意しておくものとかありますか?」




言って、コーヒーカップに口をつける。
実琴はおもむろに天井を見上げて、んー、とひとしきり悩んだ後、




「とりあえずあるもので平気かなー。
お兄ちゃんは?」




「そうですねぇ……いや、自分も特に。ある物で平気ですね」




そっか、とやっぱり何か嬉しそうに笑う実琴。
うん、やっぱり可愛いな。




「(ハッ)実琴、こちらに越して来てから友達は出来ました?
というか変な人に目をつけられたりしてませんか?何かあったら、すぐ自分に言ってくださいね」




「え?うん、大丈夫だよぉ。。。
ハガルの人達も皆いい人ばっかりだしね!」




屈託のないその表情にほっと胸を撫で下ろす。
いや、変な人とかはともかく、友人らしい人も出来ているなら素直に嬉しい。




以前のシップを離れて、こちらに移住してきてまだ暫く。
自分はもちろん、妹の環境も同じように大きく変わっていることだろう。




新天地、というのもそう輝かしいものばかりではない。
楽しいことや興味をひかれることは沢山あっても、ままならない事、わからない事の方が多いかもしれない。


明るい笑顔とおっとりした雰囲気でいつも周りを癒してくれる実琴だが、内心ではどうだろうと少しだけ心配していたのだけど。

でも良かった。杞憂に終わるならそれに越したことはない。




「もー、お兄ちゃんは心配しすぎだよー。。
最近はね、四季さんちの人たちとかともちょっと仲良く出来てるかなーって!連絡先交換させてもらっちゃったんだー」




そう言って得意げに端末を開いて、何やら連絡先を見せてくる実琴。個人情報をあんまり他人に見せるものじゃないですよ。。。


とはいえ、四季さんという名前は私も知っているし、その連絡先も知っている。
ここハガルに住むアークスで、『ケモミミアイドル』を自称してる?女性のことだ。


個人的にも少し前、難しいクエストをクリアするのに麻白さんと共に力を借りたことがある。

あの人の家にもたくさん個性的な家族……家族?がいたようだから、実琴が仲良くなれる人も中にはいるだろう。それに、こちらの知り合いとも仲良くしてくれるのは安心する。




「そうですか、それは良かった。
……って、何か連絡来てませんか、それ?」




え?と自分の方に向けて確認する実琴。。




「あ、ほんとだ!ついさっき来たみたい、どれどれ……」












◇◇◇












「前から思ってたんだけど。
あんた達、いつからそんな仲良くなったの?」




ぼそり、と。テルーさんはやけにつまらなさそうに、私たちの様子を眺めてそう呟いた。




思わず会話を止めて、二人して彼女にキョトンとした目を向けていた。
そして次に二人でお互いを確認して、一緒に首を傾げたりする。




「息ぴったりか。さっきから二人でいちゃいちゃしくさってからに」




「げほっ。。。え、え……と!最近です……かね?」




いちゃいちゃと言われてか、それを弁明するみたいにあわあわ答える雪雛さん。。
かくいう私も同じように、うんうんとやけに頷いて同意しているのだった。




(主 ゚д゚)「んーまぁ、最近と言えば最近かも?




とは、今は口から下ろしてテーブルの上、コップの中に立てかけられているアイス棒さん。

……こうして見るとやはり異形である。初めて見た時はそれこそ何事かと思ったけど、もうなんか慣れてきた自分がいることにちょっと驚いたような頭が痛いような。




「最近の割にはやけに仲良いけどね」




「仲はいいけど未だにしゃべり方は他人行儀ですよねー♪」




さらに遠くから様子を見ていた雪さん、そして台所にいる華薙さん。
雪さんはどこか、というか普通に拗ねた風に。
薙さんはあからさまにからかって楽しんでいる、という体を隠しもせずに言うのだった。

ていうかあの、ここぞとばかりに皆で話題に入ってくるのはどういうアレですか。。。




「たしかに。ずっと敬語だし、さん付けだしね」




「え、それはその……ね、猫さんは年上ですし……!」




「あ、え。わ、私も私でほら、基本誰にでもこうですし!」




「ふぅん。まぁ四っ季ーずは確かに皆敬語……いや、一人いたわね、違うのが」




突然ちっ、と舌打ちしだすピンク髪さん。。。
あ、あれー。。もしかして、うちの白さんと仲悪かったりするんでしょうか……?




台所の水道がきゅっと閉まる。
さっきからなにやら下ごしらえでもしていた様子の薙さんだったが、どうやらその作業も終えたらしい。タオルで手を拭くと、私たちのいるテーブルまで来て一緒に座りだした。


お疲れ様です、と言うと返ってきたにっこり笑顔は、うちの姫さんを思い起こさせる。




(主 ゚д゚)「せっちゃんもこっちおいでー」




「いかないわよ」




雪さんは雪さんで、やはり普段より少しむすっとしている様子である。
さっきから少し離れた位置にあるソファからじーっとこちらを眺めていて、会話にもあまり参加せずにひたすら監視を続けているかのような様は、ちょっとウサギか何かを思わせる←




……すごく言いずらいけど、もしかして、私が邪魔なのだろうか。妹さんだし、あるいは姉を取られていい気がしない、とか……?




「雪、こっち来ていいですよ……?」



 
と、やはり1人だけ除け者みたいなのは気にかかったのか、雛さんはちょいちょいっと手で招く。




それに対しては少し反応を示す雪さん。
む……、と一度悩むような間を置いてから、今度こそ仕方なしといった風に立ち上がった。




「ま、まぁ、雛姉がそう言うなら……」




そう言ってこちらに来たかと思うと、雛さんと私の間に割って入って無理やりスペースを確保、のちそこに座る雪さん。


私と雛さんはまた顔を見合わせて、今度は二人してちょっと笑いあってしまった。。




「ちょっと、何笑ってんのよ二人とも!」




「あ、いや、なんでも……!」




「は、はいなんでも!」




苦笑いに囲まれて納得いかない様子でさらにむすーっとしだす雪さん。
なんて言うか、うん。よく可愛いって言われるのが解った気がした。。。




「……私は敬語なんて師匠にもしないタイプの人間だから分からないんだけど、そこまで息ぴったりのくせによくそれでいられるわよね。
砕けた方が楽ってこともないの?」




そうテルーさんが話を戻すと雛さんは真面目に考えだしてしまい、そうですね……?と不思議そうに自分のことにも首をかしげたりするのだった。




「私も苦は感じませんね。私の場合は、自分のキャラ上使ってるだけのようなものですし」




ほーん、とすこぶる興味なさげに手元のコップを揺らしてかき混ぜてみたりするテルーさん。
というか、タメ口を使ったりする方が違和感バリバリすぎて拒絶反応起きそうな気さえします。。。




「でもせっかく仲良いんですから、もうちょっと距離を近くすればいいと思いますよ!
ほら、まずはちゃん付けから始めましょう♪」




「ごはっ。。。」




……薙さんの、その、唐突すぎるし意味もわからない提案に思わず二人してむせ返ってしまった。
急に何を言い出すかと思えば、急に何を言い出すんですかホント。ていうかあなた、もしや四季さんとかと同類の腹ぐr(ry




(主 ;д;)「雛ちゃんは渡さんぞぉ………(小声」




「あの、最近それ言う時すごく自信なさげになってきてません……?」




そうコップの中のアイス棒に話しかけるも、しくしくとすすり泣くばかり。。
あ、あの、大丈夫なんでしょうか、これ……?




と、雛さんの方に顔を上げると、あちらはあちらで何やら顔を赤くして俯いている様子。
どうしたのだろうか。ちょっと下から顔を覗きこんで、雛さん?と声をかけてみる。




「え……っと……その……」




余計に顔を下げてそっぽを向いてしまう雛さん。
その様子に、今度は同じように彼女を覗き込んでいた雪さんと目を合わせて一緒に首をかしげてしまう。




「雛姉、どうかした?」




雪さんが心配そうにそう言うと、そっぽを向いたままいや、違くて、とか言って手をブンブン振ってみせる雛さん。


何だろう。今そんなに変なこと言ってただろうか。




「だ、だから、その…………!
ね……………ね、猫、四季ちゃ……ん……?とか……?」






──くらり、と目眩がした。




何のことは無い、連れ合うに沿って距離を近づけただけのただの呼称の変化。
しかしてそれはお互いの距離関係の短縮を図る手段のひとつであり、同時にそうでしかない。他意はない。


人間、誰しも他人とはより良い関係になろうと思うものだ。私だってそうだ。
だからこの、彼女が私の呼び方を変えようとするという行為には何の不自然もないし、何の不可思議もない。そこに余計な不純物は混ざらないし、当然の道理だし当然の帰結結論、これこそ進むべきゴールデンロードなのである。


王道であるなら不可避である。常道であるならそれは正しい。
つまりそこには何の否もない。むしろそれこそが正しい姿なのだということに他ならない。そう、何せこの雪雛さんという清廉潔白な少女の口から出る言葉なのだからそこに毒性悪性のようなあるべきでない物はまざりっこない。


で、それが正しいのなら、私という人間は当然のようにそれに応じなければならない訳で。
ちゃん付け、しなくてはならない訳で。


しなくてはならない。それは確実だ。マストですマスト、あるいははふとぅー。
そう、何故ならば。


こうしている今も彼女は私の方をチラチラと見て、何かを期待するようにソワソワして待っていらっしゃる……!


誰を?
雛さんを。
誰が?
私が。
なんて?
ちゃんて。
そう、ざっつらいと!




──さぁ、決着の時だ(?)。


脳内哲学の世界から帰還するなり、きっと雛さんの顔を睨むみたいに凝視する。

彼女は驚いたように顔を赤くして、
いや元々赤くしてたか、
いやそれはどうでもよくて、
私は頭の中でぐるぐるしているその呪文を、
今ここで言わずしてなんとする、
もう自分でも何を言ってるのかわからない!←




「ひ…………

ひ……………………、


ひな…………………、ちゃ………………っっ、


うわぁ無理無理絶対無理です!!!




「私を挟んでいちゃいちゃしてんなお前らァ!!!」




(主 ゚д゚)「入って来たのせっちゃんだけどな?」




ごつん、とテーブルに頭をぶつけて消沈した。。。




「えええ、大丈夫ですか、猫さん……!?あ、いえ、猫……猫、ちゃ、ん………」




「やめてぇ!!ごめんなさい許してください何でもしますからぁ!!」




「ん?今なんでもするって」




「それ闇四季さんのセリフ」




そうテーブルの上で頭を抱えてバタバタしている時、腰のあたりからぴぴっ、という機械音が発せられた。











◇◇◇











「こっ…………、」




台所から戻ってきてみれば、いつの間にやら大広間はわいわいがやがや、という言葉を絵にしたような阿鼻叫喚の地獄絵図だった。




あっちには魔女さんと一緒に麻白さん焔さんグループが、


こっちには猫さんと戯れる(主 ゚д゚)さん宅の子達が、


そっちには蓮牙さん兄妹、

アザリアさんに迫られてる闇四季、

grindaさんを挟んで何か言い合いしてるテルーさんと白四季さん。


他にもこの大部屋を持ってなお所狭しと言わんばかりに集まっては騒ぐ人、人、人。
あれー、ここは何の宴会場です???




「……………はぁぁ。これ、むしろ足りるんですか…………?」



思わず柱に寄りかかって項垂れてしまう。
もっと作れば足りるとしても、調理係がまだ必要な気がするんですが。。。




「思った以上に皆さん来て頂けました。さすが四季さん、人徳ですね」




なんて心底嬉しそうに微笑んでくださる事の元凶、こと姫さん。
そうですね。よくもやってくれましたね、まったくもう。。。




「……お嫌でしたか?その、嫌がらせるつもりではなかったのですが」




と、憎まれ口を叩けば真っ正直に不安げな顔でこちらの顔を伺ってきやがりなさいますしこの子はほんとにもう。もう。。。


その姿に、う、と目を逸らす。眩しすぎて直視できねぇ。



 
「姫、そういじめてやるな。これは今流行りのつんでれ、と言う奴だ。素直にならんのが可愛いらしい」




御前さん、それ流行ってねーです。どちらかと言うと時代遅れです。。。




はぁ、と本日何度目かわからないため息を吐き出して、私はもう一度広間のどんちゃん騒ぎを一瞥した。




……実に不本意だけど。こう集まってしまったものにこれからケチをつけるほど野暮ではない。


私が嫌がっているのもそう本心という訳でもなし。集まったからには楽しんで帰ってもらうべきだろう。




「……まったく。仕方が無いんですから」




だから、まぁ。今日のため息はこれで最後にしておこう。