「はぁー…………」




静かな台所に響く小さなため息。
誰もいない部屋に反響するその声はやけに虚しくて、それを聞いてもう一度ため息がでてしまった。
まったく、どうしたものかと冷蔵庫の中の現実をもう一度確認する。




「……根菜、山。葉物もどっさり。キノコもあればお肉精肉もこんなに……あと果物は小山。。。
うー、こんなの絶対使いきれません……」




開けた冷蔵庫にパンパンに詰まった袋を確認するとまた閉める。
実のところ、この冷蔵庫を開けては閉め、という動作をもう10分ほど繰り返していたりする。。。




……というのも、いわゆるお裾分けというやつを頂いたのだ。
収穫されたばかりの野菜だそうだが、沢山ありすぎて食べきれないから、と知り合いに声をかけて回っているらしい。




それはいい。普通にありがたいし頂けるものは頂く主義のケモミミ的には是非ともおこぼれに預かりましょうという所なのだが、かと言ってここまでの量とは思わなかったのだ。
冷蔵庫を開けて確認したけど、実際にはその足元にも大きな袋がたくさん転がっている。。。




うちは人数こそ多いけどほとんどが少食だし、あまり帰ってこない子もいるしで大家族の割には量を必要としないのだ。
ちゃんと食べるのは御前さんくらいのもので、あとの連中は文字通りの半人前。
というか皆さんがあんまり食べないのが悪い。四季はともかく、体を動かす近接職連中は御前さんバリに食べて育てってんです←




「……まぁ、御前さん並は無理か。
んー、とりあえず量を消費するとなると、お鍋とか……?こっちはシチューにして……って果物のタイミングがないですね……。
うむむ、ていうかこれだけで3日はもつんじゃ……」




そんなふうにずっとうんうん頭を悩ませていると、後ろの方から自動ドアの開く音がした。




「ただいま戻りました。
……?何です、これは。」




振り向けばそこにいたのはうち唯一の大食漢兼お料理担当、四季御前さん。
クエストの帰りだろうか。今日もお疲れ様です。


こちらの労いに頷きひとつで返事をしつつ、彼女は冷蔵庫の足元に置かれた大量のビニール袋を前に、私とは正反対に目を輝かせていたりした。
どうやら二重の意味で本業の血が騒いだらしい。。




「おかえりなさいませ。ご覧の通りでございます、頂き物ですよ。
実際どうしたものかと考えあぐねていたところです」




彼女は重い着物を引きずりながらこちらまで来ると、どれ、と冷蔵庫を開ける。
続けて野菜室、そして最後にしゃがんで袋の中身を全て確認する頃には、彼女の顔にも少しだけ困惑の色が浮き出ていた。




「馬鹿な。天国ですか、ここは」




「真面目に考えてます!?
消化しきれますかって相談してるんですけど!?」




珍しくボケ要素のない私のリアクションに目をぱちくりしていた御前さんだったが、ふむと何やら考える人のポーズ(←)で数秒固まって、ようやく腰を上げてから口を開いた。




「何を困っている?どうしても余るようであれば、ある程度は私が1人で頂きますが。
それとも何か?貴様、もしや私が普段から食べている量で満足しているとでも思っていたのか?」




「出来るとかしたいかどうかではなく、もう少し慎んだ振る舞いを心がけてくださいません???女子的に!」




さて。貴様に比べれば私など、幾分可愛らしものだと自負していたつもりだったが。
いいからまずシチューを作っておきなさい。これから何か作るのなら、並行する作業は減らした方がいい。
常識的なことしかしたくないのであれば、こっそり捨てるか、同じように周りに配るなりしなさい」




「…………………うむむ。。。」




御前さんはばっさりとそう結論を述べた。
……いや、話が早いのはいいのだけど。こうも端折られすぎると、何だかこちらの考えを読まれすぎている気がして気に入らない。
私のセリフ2つ分省略されたんですけど。




「では、人をお呼びしましょうか」




突然背後からした声に驚いて二人で振り返る。。。
そこにいたのは、いつものにっこり笑顔を余計にキラキラ輝かせている白いドレスの露出ky……じゃなくて、四季姫さんだった。




「……姫。お転婆も程々になさい。
で、なんだ。人を集めると言ったか?」




「はい。台所は忙しくなると思いますが、人数を集めれば一気に消化出来るかなと」




言われて、ふむ、とちゃんと考える着物女。
あー、このあとの流れ読めてきたなー。。。




「私としては1人でも食べれるから良いのですが。確かに、こいつの言う嗜みとやらを踏まえるならそれが妥当だな?」




こちらを見ながら最後の発音を上げて確認してくる御前さん。
つられて姫さんも同意を求めて私に視線を向けてくる。。




「慎みです。つーか、お客様なんてほんとにお呼びするんですー……?」




「いえ、無理にとは。あくまでここの家主さんは司さん、あるいは四季さんです」




「そう甘やかすな。腐っているだけだこれは。
では、とりあえずは鍋ですね。大部屋にテーブルを何台か置いておきましょう。
姫、あなたには人集めを任せてよろしいですか。メニューは鍋メインの……まぁ色々です」




言われて私と御前さんを見比べるようにキョロキョロする姫さん。
私の嫌そうな顔を見てどうしたものかと悩んでいる様子。。


がそれも数秒、すぐにさっきの笑顔を取り戻して、解りました、とくるりと踵を返して部屋を出ていった。




「……………………」




横目で御前さんを睨んでみる。
彼女は私の視線に気付くと、ふ、とわざとらしく得意げに笑ってみせてきやがった。。。




「そうしていれば可愛らしいと言っている。
脳軽そうに見せたいならちゃんとブッておけ。人懐っこく見せるくせに、1つも心を許さないからダメなのだ、貴様は」




「はーいはい、お説教は間に合ってますんでー。手を貸していただけませんかー。。。」




「まったく、どうしてそうなるのか。可愛くない。で、どれからやればいい」











◇◇◇










森で1人釣りをしていると、ぴぴっ、というこの場にはあまりに似合わない音がした。




……今のは、四季ーずの連絡に使われるグループに新しく何か書かれた音だ。
また何かあったのかしら。どうせなら全滅したー、とかそういう連絡だと嬉しいのだけど。




なんて脳内ではひねくれつつ、とにかく見ないことには仕方ない、ため息混じりに端末を開いて確認する。












「……………………何これ」




前からおかしな子だとは思ってたけど、やっぱりどこかネジ外れてるんじゃないかしらあの子。。。




察するに、たくさん貰い物をしてしまって消費しきれないから人を集めて鍋パーティーしよう、という話になったのだと思うけど。

だとしたらこれは人数集めに協力してくれる人を集めてるのか。
何て言うか、余計な要素を入れないでもうちょっと分かりやすく端的に説明して欲しい。




釣り道具をしまって踵を返す。
協力するかはともかく、その鍋パーティーの場には居合わせないとまた小言を言われるだろうし。。




あるいは誰か誘おうかと頭をめぐらせると、ふと1人のアークスの顔が思いついた。




明るい紫色の髪色。

シンプルな黒いメガネ。

頭に付けた可愛らしい髪留めと、あとガチガチなすごい装備を思い出す。





「…………いやいやいや。ないないない…………」




ぶんぶんと頭と一緒に尻尾が振るわれる。
私からあの人を誘う?どう考えてもセクハラを受けるだけなのに、どうしてそんなことを思いついたのか私は。


ていうか私が人を誘うなんてのがまず有り得ない。そんなことするやつじゃないし私!




「………………いやまぁ、誘える人がいないだけとも言うけど………………」




……虚しい独り言は静かな森にやけに通った気がして、ちょっと恥ずかしくなった。。。




いや、まぁ。
誘えって言われて、誰も誘わないのも良くないかもしれない。




端末を開けてみれば、彼女への連絡先はちゃんとそこに保管してある。
誘おうと思えば全然誘える。今回はこういう理由があるんだし、誘うだけなら、別に普通だと思う。何の他意もない。うん。




彼女の連絡先を開いたそれを見ながら、はぁぁぁ、と一際大きくため息。
てゆーか、何をこんなことで悩んでるんだろう私。




「…………アザリアさん、かぁ…………」




「呼びましたか!?」




「ひやぁぁぁごめんなさい許してください何でもしますからぁ!!!」




背後からの声に思わずずざざーーっと距離をとった。。。
振り向くと、そこにいたのは、紛うことなき、今まさに連絡しようかしまいかと悩んでいたメガネの人……!




「何でも……してくれるんですね……!?」




「ちっ、違います違います驚いただけ!今のはノーカンです!!
い、今のはその、え、えぇっとぉ……!」




期待するような眼差しで覗き込んでくるアザリアさん。。
ていうかいつからいたのか。どこから現れたのか。まさかストーキングとかしてないですよね!?




「ぐ、偶然ですよー、偶然ですー(目逸らし」




「そこでわざと目逸らすのやめませんか、ほんとにストーカーしてるのかと思っちゃうじゃないですか」




「いえ、つい。。。で、今のは何だったんです?」




ぐい、とさっきよりもちょっと意地悪っぽく覗き込んでくるアザリアさん。。。
思わず今度はこっちが目を逸らして、ううう、とか唸るばかり。




「…………そ、その。わ、私、知り合いとか全然いなくって…………」




「えっ、重い系の相談事でした?(真顔」




違う!!いいから聞いててくださいっ!
だ、だから!変に勘違い……というか、変に思わないで聞いてくれるなら、ちょっと話がある、というか……」




後半はボソボソ言ってしまって、もしかしたら聞こえなかったかもしれない。
分かってる、分かってます。我ながらめんどくさい。こいつ超めんどくさい!←




だけど事実しか言ってないのでここはどうか黙って聞いて欲しい。
実際お友達とかいませんし、他意はないというか、わざわざこの人を呼ぶのではなく消去法的なやつなのだということは確認しておかないと、後でもっと私が恥ずかしい目にあうんだから。。




ちらり、と彼女の顔色を伺ってみる。


アザリアさんは特に何の裏も感じさせない、自然な笑顔でこちらの言葉を待っていた。




「………………わ、分かった。分かりました。言いますからあの、絶対勘違いしないで聞いてくださいね?




紫色の女性は苦を思わせない軽い笑みを浮かべたまま、はい、と素直に聞いてくれた。











◇◇◇












「今日はやけに冷えるね~」




長いツインテールを床に垂らして、少女は窓の向こうに視線を向ける。




時刻はまだ夜というのには早い、夕方をすぎるか過ぎないかという頃。
少し前まではこの時間でも暑い暑いと思っていたのに、ここ最近は少しずつ寒さを感じるようになってきた。


窓の外はすでに暗い。
少しばかり風が強い外の様子は、まるでこちりとは別の世界なのだと警告するよう。
寂しげなその景色は、正しく季節の終わりを思わせる。




……もう寒くなるか。いつか時間がある時に衣替えをして、厚い上着とマフラーを出しておかないと。


しかし寒くなるとこの目の前の男は喜びそうだな、なんて思ってテーブルの向こうの顔を覗き込んでみる。

と、彼はすぐにこちらの視線に気付いて、




「……マフラーの季節になって喜びそうだな、とか思ったか?」




「うん、まぁ」




「まぁ、否定はしないな」




と、実際嬉しいのか笑っているのだった。。






この集まりがなんなのかと言うと、ただ部屋に4人でテーブルを囲み、ひたすらお喋りに勤しんでいるだけのものである。




集まっているのは僕と、ツインテールの少女、こと焔さん。
その相方というか……、まぁ、相方であるマフラーの男性が燈。




「でも急に寒くなってきたよねー!
ねーレイン、今日のお夕飯はー?」




……そして、僕の隣でお人形を抱きながらテーブルに突っ伏している、この部屋の主であるはずのお姫様。という名の麻白。。




本当ならそのだらしなさに何か言うところなんだけど、お夕飯と言われてつい、ふむ、と顎に手を当てて考えてしまった。




「まだ決めてないけど。どうしようかな……」




冷蔵庫を確認しに立ち上がる。
でも、今ちょっと冷蔵庫の中少なかったような気がしたんだよね。




「そうなの?あ、燈さんとほむちゃんも今日食べてかない?レインがごちそう用意してくれるって!」




「本当?わーい、賛成~!燈も良いよね?」




焔さん。燈は少し困ったように、え、と1度焔さんを見て、




「それはありがたいけど……大丈夫なのか?」




燈はテーブルの向こうからこちらに、実際4人分の食事は用意できそうか、と視線で尋ねてくる。
その視線に応えて冷蔵庫、野菜室と順に開けて確認すると、まぁ、少なめだけど一応の食材はある、と言った所だった。




「……でもこれ使うと、明日は早くに買い物行かないといけなくなるな……。
麻白、今日は夜更かしするなよ?」




「えっ。。。し、しないよー夜更かしなんて!(目逸らし」




「……………………」




「あ、あははー……」




睨む、と言うより若干苦笑いになってしまった。
なんで夜更かしする前提なのか、こいつは。それとも、焔さんと何か約束でもしていたんだろうか。




「……いいけど。最悪僕だけで行くし。
でも本当、だらしなさすぎるのもどうかと思うよ、麻白」




うぐぐ、とそう言われるのは納得いかない様子の麻白。
そういう顔はちゃんと反論できるようになってからにしてほしいな。




と、唐突にぴんぽーんとインターホンの鳴る音がした。




麻白は途端に苦い顔をやめて、はーい!とドアの方に向かう。
彼女が応対する様子を台所から見ていると、ドアの向こうから現れたのは僕も見知っている人物だった。




遠からんものは何とやら!

近くば寄って以下省略!!

まじかる☆しっきー、ここに見・参!!!







………大きな部屋にも響くだいおんじょう。




黒いマントをなびかせて、びしっと決められた謎のポーズ。多分練習したんだろうなあれ。




そして集まる視線と、固まる空気。。。




現れたのは黒いマントの小柄な女性……、頭の痛いことに、僕個人とも知り合いである人物だった。




「……………………おお」




「お、おお~……………?」




「おおう、魔女さんこんばんは!」←割と慣れてる




「はいどうもこんばんはーっと、これは皆さんお揃いで。」




魔女さんと呼ばれたその人はお揃いであることを喜ぶように、大きな帽子をちょっとだけ持ち上げて焔さん達の方に会釈する。




それから台所にいる僕の存在にようやく気付くと、こちらには帽子を少しだけ下げて、どうも、と呟くという挨拶をしてきた。




「ん?何か用事?」




麻白の問いにはっと顔を上げると、そうなんです!と彼女は何故か麻白の手を取って話し始めた。