「メカさんは、どうしていつも幼女さんと一緒にいるんですか?」




そんなどストレートな問いをかけたのは、四季姫だった。




声には臆する様子も、ましてや密やかにしようという配慮もない。


白いドレスの女はテーブルを挟んで私と向かい合うようにソファに腰掛けると、堂々と、かつサラリと流すような軽やかさで、それをなんでもない事かのように呟いた。




左右に結いながら後ろにも垂らした、器用な金色の長髪がふわりと揺れる。


こちらを見つめる青い瞳は優しく、決して返答が気に入らないものでも、むしろなくても不満に思うことはない、と教えてくれる。




その一方的な慈愛めいた優しさは、なんというか。
一言で言うと、『似合わない』という感想を持たされるものだった。




「………………」




その感想が目の前の女に対してではなかったかと思い至るまでに時間を要して、気付けば沈黙の返答になってしまっていた。




とはいえ無意識に一つ二つは問に対する返答を思案してしまっていたのだが、やはりどれも答えるべきとは思えない。


いや。正しくは、そもそも私がこいつに応えるべきだと思わない。




何せこいつに私個人からの義理がない。
こいつが私に義務感を持たせまいとするならば、その厚意は受けとるべきだろう。




そうしてひとりで勝手に納得し、黙って目線を落として黒い水の入ったコップを持ち上げる。
無視を決め込んだ私を今なお見ている青い瞳には見向きもせず、すこぶるマイペースに。




水面に浮かんだ氷に歪む私の顔は、確かに何の感情も思わせない鉄面皮だった。




「今は他に人もいません。それとも、話しにくいお話でしたか?」




コップをテーブルに戻すと、さっきと同じ優しい微笑みが私を覗き込んでいる。
逃げ道をくれていたのかと思ったが。案外としつこいな。




確かに今このマイルームには、私と目の前の痴女白ドレス以外の人間は存在しない。




だがそれが何だと言うのか。それと私の無愛想には何の関係もない。


それに私も不必要なコミュニケーションをとるほど幼くないし、暇でもない。いや暇だけど。


仕方なく、お前に構う義理はないのだ、と目線に乗せてその青い瞳を睨み付けた。




「あ。その目です。今の、『悪いと思うけど放っておいて』みたいな解釈で間違ってませんよね?」




突然、彼女は得意げにおかしなことを言い出した。




それに私はどんな顔をして答えただろう。


その顔を見て彼女はさらに、やった、あたりです、なんて喜ぶように両手でゆるーくガッツポーズを決めているのだった。




「…………………………………」




「あっすみません調子に乗りました。。
でも、ふふ。良かった。これで私もメカさん検定4級くらいはとれますか?」




喜ぶなら3級くらい取れてからにしろ。あとそんな検定はない。




ぎろりと今度は力を込めて睨みつけてみると、またもにこやかな微笑みが真正面から受け止める。
流れた沈黙はきっと、今度こそお互いに無言の会話を繰り広げていた。




……ため息が出る。まったく、やりずらい。




この女は、四季ーず連中の一味にしては本当にらしくない。




大元の四季や幼女によく見られるが、基本こいつらは悪人なのだ。
いや、普段から悪いことをするという訳ではなく、必要ならいくらでも悪いことをする、という意味で。

まともに善悪を計る知性はあっても、罪に対する抵抗がまるでない。
平気な顔で『死人に口なし』とか言い出して実行するのがこいつらだ。罪悪感は全部あまさず背負い込んで、これからもっと苦しめばいい、と目の前の相手を自分に見立てるように笑うのだ。

そんなもの、踏み倒して無視して生きる方が楽だろうに。Mなのか。そうなんだろうな。




そんな中、丸く収まる形を欲しがるのがこの青い瞳の女。


 

善人、というよりお人好し。
他人が傷つくことを嫌うあまり、道理とか義理とかお構い無しに手を差し伸べるお節介属性も持っている。御前と仲がいいのはその辺りが似ているからだろうか。


こちらは脳筋が色濃く出ているのか何かと暴力で済ませるきらいはあるが、言うことは概ね心配性のお母さん。。。
いつも喧嘩を仲裁してくる、というか両成敗してくる積極的なお節介さんである。




……そういえば、いつかの四季ーず集合飲み会を初めに提案したのもこいつだった。四季ーず会議もこいつが発端だ。
考えてみれば当然か、こいつ以外に積極的に仲良くなろうとする奴はいないし。




無駄な努力だと分かっているだろうに、よく挫けないものだ。
いや、それで諦めるほど現実的でいられないからこういう行動に走るのか。




それは願望か、それとも焦燥か。
どちらも同じ結果を生むのものだが、どちらから来る行動なのかで意味は違う。




仲良くある方がいい、という軽い願望であるならそれでいい。
だがもしそうするべきだと思うから、そうしなければ自分の気持ちに嘘をついてしまうから、というような重い理由であれば。その結果が伴わなかった時、積み重なった努力はどうなるだろう。




……いや、こいつらは普段脳軽そうにしているが、物の理解だけは早い連中だ。私の考え付くことなど、とっくに見据えているだろう。




第一、私が心配するようなことではない。
他人のことにかまけていられるほど、私は自分に余裕を持たない。




そう思うと、少しだけ気持ちが落ち込んだ。


劣等感、というものはいくら感じても慣れないものだ。
いや、それこそそんなものが馴染んでしまっては私が私を許せない。劣等感にまみれて生きるくらいなら素直に死んだほうがマシというものだ。










『──助けてあげます』




あの日。もはやこれまでと終わりを受け入れていた私に差し伸べられた、小さな手を思い出す。




『代わりに、ひとつ言うことを聞いてください──』




……あの手を私は、どうして握り返してしまったのだったか。
あんまり自然に言うものだから騙されてしまったのかもしれない。




……いや、実際のところ。


死んだ方がマシ、などと言ってみたけど。
いざと言う時に光が照らされたらこれだった。死に際にチャンスを貰えて、後先なんて考えるより今を選んでしまった生き汚さ。
振り向けばあったはずのモノたちに振り向くことさえ出来なかった、あの時の私の醜悪さ。




そんな自分の頭の緩さが、昔から許せなかった。










「怒る、というのは」




不意の声に思わず目の前の女に視線を戻してしまった。




本当は視線も合わせないつもりだったのだが。


しかしリアクションを示してしまったのだから仕方ない、『今度はなんだ』とできるだけ伝わりやすいように怪訝そうに目を細めてみた。




「はい。怒るというのは、正しいと信じた行いを裏切られた時に怒る感情です。
ですが正しさとは自身の内にのみ存在するもの。万人にとっての正しさは、控えめに言って空想です」




はぁ。




「それでも、人は正しい行いをしたがります。何故ならそれが『多くの人に認められる』からです。もっとわかりやすく言えば、『多くの人に認められること』が"正しい"ということ。
正しさ、純粋さ、優しさというような綺麗な言葉は、結局は個人の承認欲求が生む行為に他なりません」




ふぅん。




「そう言ってしまうとやましく感じるかも知れませんが、そうではないのだと考えてください。
認められたいという願望。正しくありたいという大雑把に気持ちの良い空想。
その気持ちの起こりを否定したがるのも、同じように多くの人の感想を想像した時に生まれる拒否反応でしかありません。

正しさなどないのなら間違いもない。そこにあるのは、ただ純粋な『出来事』でしかない」




それで?




「あなたはご自分で思っているよりも素敵な方です。後悔に苦しんだり選択に苦悩したりもするでしょうけど、もっと自分を信じて良いと思いますよ




そう言って、彼女はもう一度私にさっきの笑顔を向けていた。






……話が長い。何を言うかと思えば、慰めているのか、それとも応援か何かのつもりなのか。




一瞬余裕ぶったその顔をどう困らせてやろうかと考えたけど、それはやめておく。
さすがに今のキラキラ論をぶつけられておいてその仕打ちはこちらが醜すぎる。




しかし、実際突然何の話か。
怒る?私が怒っているように見えたのか。いや、まぁ怒っているかもしれないけど、それはいつでもというか。。。
色んなことに常々感じている程度のものなので、わざわざそう諭されるようなものでもない気がする。




それとも、常々そうだから言うのか。
そんな根本的な解決を図られるほど、こいつに肩入れされるような覚えはないのだが。




ずずず、と相変わらずお茶を啜るみたいにコーヒーを飲む白ドレス。
ふぅ、と息を吐いてカップをテーブルに戻すと、青い瞳は応えるように私の目線と重なった。




「言ってること、変でしたでしょうか。私なりに、ちょっとそれっぽいことを言ってみたつもりだったのですが」




それっぽいって。






青い瞳は言う。怒りというのは、自分の行いが裏切られた時に起こる気持ちなのだと。


だがその実、万人にとっての正しさなどどこにもないと。
そして人がそれを求めることを、浅ましいと、醜いものだと思わないで欲しいと。

そんな風に自分を責めるな、と。






……言いたい気持ちは解らないでもない。私だって、どうしようもない事で悩んでいる人がいればどうにかしたいと思うかもしれない。


だが他人の言葉というのは無力なものだ。
そんな風に諭されるくらいで納得できるなら、初めから自分で納得出来る言い訳を作ってしまっている。
どこまで行っても最後の仇敵として現れる壁は自己に他ならない。




それに、そんなことを言って聞かせる前に鏡を見ろというのだ。
仲良くない連中を集めて酒を飲ませてみたり、少人数で会議をさせてみたり、喧嘩はパラソルホームラン(物理で殴る)で仲裁したりと躍起になっているようだけど。
それが成果を得られなかったと感じてしまった時、お前はどこに怒る気なのか。




……それとも、正しいと信じたことを、というのが大事なのか。自分の努力が何の成果も挙げられなくても、裏切られたと感じないのか。理不尽だとさえ嘆かないのか。




もしそうなら、無償の善意というのはひどい話だ。タダより高いものは無い、というのはこの事か。
こんな風になんの躊躇いもなく他人に献身する奴が救われないなんて、間違ってる。




「………………」




「はい?どうか?」




それをどう伝えたものかと頭を悩ませかけ、やはりやめた。


私からこいつに言うべきことは何もない。
義理は……まぁないでもないかと思い直したが、これは単純に能力とか立場の話。私から偉そうに言えることは一つもない。




開けかけた口を閉じる前に、はぁ、と小さくため息を漏らす。
まったく。なんで私がこいつらの為に頭を悩ませたりしているのか。




姫は私の内心を読んでいるのかいないのか、見ればくすくすと小さく笑っていた。おい。




「すみません。。でも、メカさんのそういうところ好きですよ」




どういうところだ。すぐ睨むところか。




「人間的なところです。正しいところ。四季さん達って、皆さん癖が強いですから。
何事にも結論が定まっちゃってる人と話すより、メカさんのような若い方とお話出来る方が楽しいです。若さを分けて頂ける気がします」




いや奪わないで?(真顔




ふふ、と笑って誤魔化しつつ立ち上がる。
その姿を今日1番の目で睨んでいると、




「お菓子、食べますか?実はお土産があるんですが」




「お菓子が貰えると聞いて!!」




どこからともなく、というかスパーンと障子を開けて外から登場してきた幼女。。。
おい、いつから覗いてた。




「やだなー。今来たとこですよー。。
具体的には、『メカさんはどうしていつも幼女さんと一緒にいるんですか?(声真似)』の辺りから。
このままこっそり姿をくらまそうと思ったのですが、お菓子とあっては捨て置けません!」




あっ似てる




私が幼女を呆れ顔で見ている横で姫は驚いた素振りすら見せず、




「まぁ本当はお土産ないんですけどね」






──その言葉に、居間の空気は凍りついた。






「……謀ったな、姫……!」




「幼女だからさ(キリッ」




こいつらやっぱり仲良いのか