かつ、かつ、と一定のリズムで鳴る2つの足音が暗い道路に響く。




先の見えない道路に並ぶ人影はおよそ二人きり。
片方は私の主人である彼で、もう片方は私である。




道路と言ってもこれは自転車道と呼ばれるもので、車は侵入してこない。
実際に利用する人間の割合で言えば歩行者の方が多い気もするが。




硬く固められた平らな道と、両手を区切り良く緑に囲まれた一方的な共存のカタチ。
一見林道のようなここには、虫や獣の影がない。特に獣などは街中の方がむしろ多い。


その在り方を不愉快だと感じることもあるけれど、それでも緑色が少ないよりはと思ってしまう自分にため息がでる。
知ってはいたけど、堪え性のない方らしい。




私と彼以外に見える人影はと言えば、時たま年配の方が身体の維持のために走っていたりする姿ならないでもない。


こんな暗いうちから起きているというのは年代故か。それとも健康を目指すとそうなるのか。




「遅くなったな。眠くないか?」




「大丈夫です。ご主人様こそ、平気ですか?」




不意の質問に、こちらも同じ問いを返す。


彼は一度緑色に覆われた天井を見上げると、まぁ、大丈夫だよ、という曖昧な返事で返してきた。




時刻はじき4時になろうという早朝である。


まだ空は暗かったが、すぐに端から青白く景色を変えていくだろう。
今は木々の天井でよく見えないけど、横道に抜ける頃にはあるいは明るくなっているだろうか。




「……なんかこう言うのはおかしい気もするが、おつかれ。付き合わせたな」




「はい、お疲れ様でございました。でもほら、帰るまでが遠足ですよ。
まだもうしばらくはでぇと気分で、景色を楽しませてくださいな」




「見知った近所だし、珍しい景色でもないだろ。」




「時間によってとか、隣にいてくださる方によって変わる景色もあるでしょう?細かいことは気にしないでよろしいのです!」




「む。それは何か、すまん」




やけに反省したように頬をポリポリしながら謝るご主人様。。
いや、別に気にしてないので改まらないで欲しいのだけど。。。




「……しかしカラオケに数時間こもって朝帰りとか、らしくもなく若者感あふれる無茶をするなぁ……。。
で、どうだった。感想は」




と、さりげなくこちらを見下ろす横顔に慌ててこっちが視線を外す。


普段は臆病と書いてチキンなくせに、たまにそう遠慮のない視線を向けてくるのが苦手です、とか言いたい。とても言いたい。。




「普段から声を出さないから当然なのでしょうけど、やっぱり昔歌えたものがうまく歌えないのってショック受けますね……。。。」




はぁぁ、とため息。
彼は、あー、どんまい、とか言いながら私の肩をポンポンと軽く叩いて励ましてくれる。
うぅ、どうも。。




道路に響く足音は一定だが、並ぶ2つのリズムはまるで噛み合わない。




当然かもしれないけど、歩幅が多少違うらしい。
それでも進むペースは同じなのは、きっと彼が合わせてくれているのだろう。この人はそういう気遣いとか、思い付くことは何でもする人だ。




その事に改めてなにかお礼とかは言うべきかと思ったが、やめた。
わざわざ言葉にしたら意識させてしまうし、それを責任にさせてしまいそうだし。




彼には出来るだけ自由にいて欲しい。私から彼を縛り付けるのは、やはり好ましく思えない。




「しかし、お前から夜遊びの誘いが来るとはな。どういう風の吹き回しだったんだ?」




少しからかうような軽い口調だった。
私は、む、と口を尖らせつつ横目で彼を一瞥してから、




「四季から誘ったんじゃありません、って言ったじゃないですか。。
そういうことにして頂ければお付き合い致します、って」




彼は難しい顔をして、そうだったな、と思案を始める。
正直めんどくさいことを言っている自覚はあるので、あんまり深く考えないで欲しい。




彼の言う通り、今日この時間にカラオケに行こう、と切り出したのは私の方だ。




だけどそれは、彼が「職場の人と行かされるのにお前と行かないのが嫌だ」という、それこそ普通よく分からない理論を私に話して、ぜひ今度行こうと誘ってきたからだ。


だけど明確に決めないと行かなさそうだったから、私が日付や時間を決めるという手間を引き受けただけなのである。そういうことにして欲しいのである。。


せっかくの言質を有耶無耶にさせてなるものか、という魂胆こそあったがそれはそれ。
そもそもの誘いは彼であることを忘れないで欲しい。忘れてるんだろうな。←




というか彼の言うように、私から彼をどこかに誘うなどということは滅多にないし、今後もほとんどないだろう。


彼がどう思っているかは知らないけど、私が気まぐれで甘えたりワガママを押し付けると思われているなら心外だ。
私にとっては大事なことなので、思い出アルバム(妄想)にしまい込む際にはその辺り間違えないようにほしい。




「俺としてはどちらでもいいもんで、つい忘れちゃうんだが」




「ご主人様にとってはどうでもいいことでしょうから、どうせならこちらのノリに合わせてください、とお願いしてるんです。。」




「分かってる分かってる。そういうとこは細かいよな、お前」




そう言いながらも友好的な笑みにほっと胸を撫で下ろして、こちらも笑い返す。


それを合図に、会話はそこで一旦途切れた。








……めんどくさい自覚はあるのだ。できればわざわざ言葉にして説明したくもないし、考えてほしくもない。
何より改めて考えられて、重くとられることだけは避けて通りたい。




だけど私にも譲れないものがある。


彼にとってはどうでも良くても。私の大事にした姿を、彼にだけは間違って覚えて欲しくないのだ。








夜の静けさは鳥の鳴き声とともに明けていく。


道を行く人の影も徐々に増えてきた。
本当、まだ早朝なのに皆さんお疲れ様ですねぇ。。




木々に囲まれた道路を抜けると、すでに星は姿を隠し、青白い朝が空の端から起き上がってこようとしている真っ最中。




夜明け、と呼ぶのに相応しい景色がそこにあった。




「………………」




懐かしさを覚える涼しい夏の朝に、ほう、とひとつ息を吐く。
その余韻はすぐに強い風に攫われてしまったけど、流れる雲を見ていたらそれもあまり気にならなかった。




彼が覚えているかはわからないけど。


丁度こんな風に、綺麗な夜明けを並んで見上げた帰り道が、いつかの夏にあったのだ。




「……明るくなるな」




彼はそう一言、ポツリと漏らすように呟いた。




「はい」




「ていうか雲が速いな。。。風強いんだな、ほんと」





「ですねぇ。正直、さっきから顔に横髪がペシペシ攻撃してきて邪魔っけです。。。




「邪魔か。せっかく伸ばしてるんだし、切っちゃうのも勿体ないようにも感じるが」




「えっ。。。」




突然そんなことを言われて、ついドキリとする。

や、やっぱり長い方が好みなんでしょうか。。。ぐぬぬ、一度しっかりと聞いておくべきだろうか。でも適当に流しそうだしなー。。




「な、なんだ。もう少しだぞ。明るくなる前に帰ろう」




立ち止まった私に驚いた様子の彼だったが、すぐにそう言って前に向き直して歩き出してしまった。




私も慌ててその背中を追って、




「ま、待ってくださいご主人様ー!!」




ついそう大きな声で呼ぶと、ちょうど通りすがった男性の首がぐるんとこちらを向いて、視線がガッチリと私の背中を捉えているような気がした。。。






「……………………………」






「…………………………………………………」






「……そ、外では、控えめにしような」






く、くっころ!!

↑両手で顔を覆いながら