「なぁ、何か飲み物を買っていかないか?」
スーパーにて、二人並んで買い物デートの真っ最中。彼にしては珍しい事を言ってきたもので驚いた。
飲み物、とわざわざ言うのはおそらく大きなものではなく、それこそ自販機で売っていたりするサイズの物を指しているのだろう。
つまりお散歩のお誘いだろうか。
断る理由はないけど、あまり見ない切り出し方に少しだけ警戒してしまう。
「はい、構いませんよ」
あまり顔には出さないようにできたと思う。
別に深い意味はないのだけど、こういうあちらからのお誘いだとかにオーバーなリアクションを取るのは気が引けるし。。
飲み物が売っているスペースを探して、やっぱり二人で一緒に入る。
そして習うように、透明のドアの向こうに並べられたペットボトル達というかドアに反射するご主人様のの姿を眺め始めた。
時刻は実に22時過ぎ。
空は暗いが、暗雲はすでに散っていた頃。
買い物の後には徒歩で帰るので、これから雨が降るという訳でもなさそうなことにはホッとした。
駅のすぐ前にしてそこそこの大きさも兼ね、かつ24時間営業を旨とするこのスーパーにはこの時間にも人が多い。
昼間ほどではないけれど、見渡せば右にも左にも人ばかり。
昨今の人達はこれくらいだとまだまだ活動的なことが多いのだろうか。
元気なのは結構だけど、個人的には夜は静かな方が好ましい。そういう意味では言い方は悪いけれど邪魔である←
……だって、こうして人がたくさん溢れていると、その人間たちに私たちがどう見えているのかが気になってしまう。
私は、この人の傍にいて変に映ってはいないだろうか。
栓なき事とは知りながら、その手の不安はやはり尽きない。
「四季はどういうのが好きだ?」
催促するまいとしてか、いつもより呑気な彼の声にはっとする。そう、飲み物を選ぶという話だった。
私は慌てて目の前に並んだボーリングの的みたいな形のカラフルな景色を一望してから一度悩んで、ちらりと彼の方を覗き込み、
「……え、えっと、これと言って嫌うものもございませんが!おすすめとかありませんか!」ざ・人任せ
「そうか。ならこういうの」
そう言ってドアを開けて彼が取り出したのは、ブドウのジュースと午◯の紅茶(レモンティー)。
二本のペットボトルを片手の指にまとめて挟んで器用に取りだし、と、買い物かごにいれる前にこちらに見せてくれた。
「ごごてぃーは俺の。おすすめはこっちな」
「あ、はい。果物は好みます」
というか好みを知っているから選んでくれたのだろうけど。。
そうか、と彼は表情を動かすことなく繰り返し、それをかごに並べるとすぐに歩き出した。
「あの、お夕食は如何なさいます?」
とたたっとその背中を追い掛けて、少し後ろから声をかける。
「ん。こういう時は買って帰ると思ったが」
「ふふ、そのよーに。」
それを聞いて、彼の隣にまた並ぶ。
彼はそんな私を目だけで一瞥すると、ちょっとだけ笑いかけてからすぐに前に視線を戻した。
二人で夜に買い物にくると、お夕食を買って済ませるのがお決まりだったりする。
今日はついでに飲み物まであるから、あるいはどこか外で座ったりするつもりなのかもしれないけど。
実を言えばそんなことより冷蔵庫に溢れている茄子とピーマンが心配なのだがそこはそれ、四季的には断然彼の気まぐれの方が優先なので許せナスケ。あとピーマン。お前の未来は死だ←あんまり知らないくせに決め台詞っぽいのを乱用する人
「買うならお米がいいか?菓子パンとかでもいいけど」
「え?いえ、できるだけ安いものかつ半額ならなんでも」
「あっはい。。。」
そう言ってお弁当とかおつとめ品の置いてある棚をあれこれと見比べ始める二人は、多分周囲から見てもちょっと意地汚かったと思う。。。
そうこうしてお会計を済ませて店を出ると、不意に彼がこちらに手を伸ばしてきた。
それを見てぽかんとしている私を急かすように、人差し指でちょいちょいっと私の手を上げるように促すご主人様。
いや、手というよりカバンなのだろうけど、それはあんまり好ましくない。
「い、いえ荷物なら四季が持ちますから……」
「それもほら……いいから貸しなさい」
そう言うや否や、彼は容赦なく私の手からカバンを引ったくってしまう。。
「あっちょ、乱暴!?きゃーちかーんって叫びますよ!?」
「ポリスメンに迷惑だからやめなさい」
そうは言うけど、荷物持ちくらいはほんとにするのに。
反論は聞きませんという意思表示のつもりなのか、そそくさと歩き出してしまった彼の背中についていきながら、ちょっと不満げにむくれてみた。
「むー」
「はぁ。物好きだなぁ」
「そうでもないと思いますー。。」
「いや、お前は物好きだろ……」
「う。ま、まぁそうだとしても、こういう場面では物好きとか言う問題ではなくと申しますか……!」
何て言うか、荷物を主人に持たせるなんて、私には重すぎるし。
だけどそこはあっちも強情で、いや荷物を持たせてる俺の方が恥ずかしいんだって、とか反論してくるから困ってしまう。
↑なおここまでいつものパターンである()
お互いよくも飽きないものだなーと思ってしまうけど、実際昔はもっと強情だったかな?と思い返せば少しは妥協した方かもしれない。
帰り道には人の少ない自転車道路を選んだ。
その日は一時雨雷が凄かったけど、屋根つきのベンチなどは濡れていない。
私達はどちらからともなく適当なベンチに目星をつけて、並んでカバンを挟むように腰を下ろした。
下ろしてくれたカバンから飲み物を取り出して彼に渡すと、彼はちょっと目を丸くしながら礼を言ってくれた。
「……素直だな。今日はどうした?変なもの食べたか?それとも酔ってるのか?」
「あなたといる四季はいつだって酔ってますよ。なのでほら、ご主人様の仰ることでしたら大抵のことは二つ返事でそのようにー、ですし?」
「……あんまりお互い相手に求める方ではないと思うが、そういう時にはタイミング被ってるんだよな。そのくせ中身は違うんだが」
「さっきのカバンのことか……。さっきのカバンのことかーー!!(棒読み)」
「い、いやまぁうん、それもそうだな……。。
今日テンション高いな?まずい酒飲んだか?」
「さっきから何の心配してるんですかご主人様。
。。」
「お前のことはいつも心配してる。何か帰ったら死んでそうなんだもんお前」
「えぇー。。。」
さすがにその感想には意を唱えたい。
だけどちょっと理解できてしまうからリアクションに困る。。
今のはそう見える、というより『それが一番嫌』ということだろう。
そういう姿を一番に連想してしまうような状態をはたして成長というのか、それとも何か溜まっているのでは??とか言うべきか。
「でも解ります、死ぬなら目の前で死んでほしいですよね!」
「いや俺はそれトラウマになりそうだからやだな!!」
えぇー(二度目)。。
それから、飲み物を片手におしゃべりを続けた。
その中身は主に彼の昔のことだったので割愛←
昔を懐かしむ余裕があるのは良いことだし、それを語る彼が少し楽しそうだったので、余計な口は挟まないでおいた。
……こうしていると、本当に解らない。
何がって、彼が私を傍に置いていることが。
彼の過去を聞けば聞くほど、どうして私を信用できるのか解らない。
いや、別に暗い話ではなかったのだけど。
かといって明るい話ではなかった。
彼が笑っているのは、『そんなどうしようもなかった昔から成長できた』という実感その一点のみだ。
彼の口から語られる思い出に、楽しかった、良かったというような言葉は当然のように一つもない。
それを何とも思わないで、知らなかったのだからそれで良かったのだと本心から切り捨ててしまうのが、彼の残酷なところ。
無知。それ故の無価値、理不尽。
そういった若さを恥じるように、そしてようやく人並みになれたのだという確かな実感をもって、彼ははじめて笑っていた。
「……昔は、こうして飲み物を買うなんて考えもつかなかったからな。そこだけは意気投合したよな」
「四季は暗に『無意味なことに金を使うなよ』と脅されてただけですー。。ご主人様ほど無価値だと切り捨てていた訳ではございません」
「でも買わないんだろ?」
「買いませんね。お水が無料であるのならそれを頂くのが当然です。
ですがまぁ、形から入るという言葉もありますし?気が変わることもあるかもですよ」
「そういう移り身はしないようでするからなお前……。
……悪いな。こうして遊ぶとどうにも昔を思い出す。聞いていて嫌じゃなかったか?」
「四季はご主人様の昔のお話を聞くの、好きですよ。
あと、気安い場所でまで信条だからと固いことを通すのは野暮というものです。そういう遊びのなさもまぁ、男の子って感じはしますけど。。」
むぅ、と難しい顔をするご主人様。
不器用な方があなたらしくって好きですよ、とか思い付いたけど言わないでおこう。。。
と、不意に彼は自分が持っていたペットボトルをこちらに渡すように差し出してきた。
それに目をぱちくりしていると、今度はこちらのペットボトルを差し出すようにまた人差し指でちょいちょいっと促してくる。
「ほら、一口ほしいなって」
「………………ま、まぁいいですけど………………」
はい、とお互いの飲み物を交換する。
……こんな風にお互いの買った物を交換して飲み食べしたり、初めてしたのはいつだったか。
多分駅前のパン屋さんで買ったパン。。
あの時は心底驚いて騒いだのを今でも覚えているので、多分あれが初めてだと思う。
それが今ではこの素直さ。何だかんだと慣れてきたものである。
……こんなことに慣れたりするくらいにはもう長いこと一緒にいるはずなのだけど、いまだに彼の心の内は理解できない。
彼の口から、彼自信のことを聞いても未だに私は納得できない。
『どうして、あなたは私に良くしてくれるんですか?』
気を抜けば口からついて出てしまいそうな疑問と焦燥が脳裏を焦がす。
それを不甲斐なく思う反面、実際そんな他人の心のうちまで解ってしまってはいけないだろうとも思う。
それがどれほど深いものだろうと、人間関係である以上確かな相互理解など不要だし、不可能だ。
少なくとも私は彼に自分を解って欲しいなどとこれっぽっちも思わない。むしろ解ってほしくない、絶対にだ←
だってそうでなくても彼は私を大切にしてくれているし、私も彼を解らないけど蔑ろにしようと思ったことはない。
そういう意味ではさっきの私の疑問など、まさしく意味を持たないものだろう。
現実大事にされているという自覚がありながら、それ以上求めてどうするのか。むしろそのしつこさに嫌われてしまわないかとも思うし。。
そう、だから問題はどこにもない。
私が欲しいのは相互理解などではなくて、ただ彼が満足して納得してくれることなのだから。
あなたのための私であると、もう決めてしまったのだから。
ちらり、と横顔を覗き込む。
視線に気づくと、彼は変わらない薄い笑みを浮かべてぶどう色のペットボトルを返してくれた。
……ほら。視線だけで通じるものなんてどこにもない。
それが可笑しくって笑っているのを不信がられた気がしないでもなかったが、構わずどうも、とこちらのペットボトルを差し出して交換し直した。
こういう無意味なやり取りにも、今は価値を感じてしまう。
それをどういう変化かとは形容しずらいけど、それでも今はこれがいい。
「しかしほんとに今日は素直だなどうした四季さん。ビールでも飲んだのか(←四季がビール飲むの苦手なので)?お腹痛かったら言えよ?」
「だから何も飲んでねーですよ!?」