「実際、ヒーローも火力ではファイターには届かないでしょう」




あっさりと。そのヒーローという職を生業としているはずの彼女は、悔しがる様子のひとつも見せずに断言した。




「……そうですかね?」




「場合にはよりますが、そうでしょう。
実際うちにもファイターは二人いますが、あの子らは私の次にソロ系のクエストでタイムを出しますし。FoやGuも危ういな。
……ああ、最近は刀使いの二人も食い込んできたんだったか。どちらにせよ、あれらもあれで十分成果を出している」




声にこそ変化がなかったが、そう言う彼女の瞳に映っていたのは、子供の成長を見て頬笑むような慈愛めいたものだった気がする。


それを見て、何だかんだとこの人は他の四季ーずさんたちのことをよく思っているんだな、と他人事ながら穏やかな気持ちにさせられた。




彼女はこほん、とわざとらしい咳払いをしてからその何とも言えない表情を落として、




「失礼、うちの子供たちの話ではありませんでした。要はシチュエーションによるということです。
案山子相手には徒党を組んだGuパーティー以上の物はないだろうし、
リミブレFiのように万能に突拍子のない火力を出せるものもある。

では瞬間的な火力が高いその辺りに比べて他が劣るのかと言えばそうも言えません。
Raは味方を誘導したり小型の群れが相手ならその掃討力はダントツでしょうし、
刀のように使いやすく敵の攻撃もいなしやすい、結果与えるダメージが高くなるものもある。

火力だなんだといっても、結局は敵との相性次第。どれが良いのか、どれが最適かと頭を巡らせても所詮は個人の好み。誰が使っても最適解、などというものはそうないのですから、深く考えすぎても答えらしい答えはありませんよ




説教臭くなったな、と最後に呟いて手元のお猪口をとる御前さん。


それに習って私も自分のお猪口にお酒を注ぐ。




「酒は好みますか?無理はしないように」




「あ、大丈夫です、はい」




こちらの返答など待ちもしない独特の気遣いにちょっと戸惑いながら、頭上の猫を落とさないように気を付けつつ私もお酒を口に運んだ。








『火力の出し方について』


そんな議題を彼女に持ちかけたのは私だった。




少し前からFiという、彼女風に言うと『万能に突拍子もない火力を出せる』クラスをメインにしている私だが、そこに絶対の自信や結論はない。
慣れていないということはないが、悩むことがあれば迷うこともある。


火力を出せるクラス。つまり、『火力を出すことが仕事』の職業。
その仕事を私は十全に果たせているかと言えば、自信を持って頷いて見せるほどの度量はない。




だから聞いてみたのだ。そういう仕事を果たす能力に長けている、ヒーローというクラスをメインにしている彼女に。


彼女自身は火力で言えば一部他の四季ーずさんにも劣ると言ったが、それでもソロのクエストをすれば最終的なタイムは勝るという。


ならそれはどこで巻き返すのか。
私の友人の中でもヒーローという職をよく知っているであろう彼女に、一度聞いてみたかった。






お酒を片手に夜空を見上げながら、ふぅ、と言葉にしたようなため息を吐き出す御前さん。
そのまましばらく待っていても、もう言うことは言った、と言わんばかりの姿勢に少しだけ肩が落ちた。




相手による。シチュエーションによる。


それはそうだろう。それは当然だけど、それだけで片付くものではないと思うのだが。




もう一度彼女の横顔をちらりと覗くと、そこにあるのは厳しいしかめっ面。


……もしかして、御前さんの方こそお酒は得意ではなかったんじゃないだろうか。
そういえばいつか四季さんも、『味で言うなら日本酒などより果実酒の方が飲みやすくて好み』だとか言っていたような。




「……ふ。失望したか?期待をかけて私に問うても、蓋を開ければこの通りだ。
そもそも、私とてか弱い女である。戦士としては二流止まりが必定であろう?」




「え」




後半のそれはひょっとして冗談のつもりで言っているのだろうか。




「御前さんは、私の知るヒーローの中でも決して弱くないと思いますよ」




「世辞は受け取らない方なのですが……いえ、礼は言っておきます。
ですがそのひぃろぉ呼びはよしてください。この私を英雄などと、窮屈で好かん」




「窮屈ですか?」




御前「そうとも。まるで棺桶のようだ。
英雄。勇者。誰か一人を称えるように呼ぶ『強者』の別名。
確かに、そう呼ばれてしまう人間が時たま生まれることは理解する。
だが所詮は有象無象、その一匹がどこまでいこうと大差はあるまい。せいぜい他人に重宝されるか程度の差。そのような肩書きを貼り付けられても、生きているうちに本人が得をすることなど一つもない。
故にそのような大仰な呼び方は、死人にしか相応しくないと思うのですよ」




そら、感傷的だろう?と皮肉げに口端を吊り上げて彼女は笑う。
自分がか弱い女である、という主張は誇示したいのだろうか。。




「……確かに、独創的な解釈ですけど。」




「そうだ。だからあまり期待してくれるな。
言葉で語り合って結論を出せるのは男の特権である。確かに私は戦うものだが、それより先に女であるように努めている。凝り性なのでな。
故に私の言葉は何の役にも立たんし、役に立つことを言うつもりもない。あしらうようで悪いが、酒に免じて許しなさい




そう言って私のお猪口にゆっくりとお酒を継ぎ足してくれる御前さんに頭上からお猪口に伸びる猫の手を阻止しながらどうも、とお礼を言っておく。




それを見て笑うその姿は、うまく言えないけど、確かにとても女性的だった。






彼女の言う男とか女とかというのは本当に男女のことを指しているのではなく、きっと『そういう気質』という意味で言っているのだろう。
話している私も女な訳だし。




しかし何というか、素直に聞いていれば割とひどい物言いである。
早い結論に独特な例えと解りにくい冗談、極めつけは初めから他人を決めつけるような荒い物言い、結局は『聞くだけ無駄だし答える気もない』ときた。
およそ他人の相談を聞く人の返事ではない。。




だけど不思議と不快には思わなかった。
言葉選びはともかく、声だろうか。それともそれを語る彼女の顔か。
その穏やかな雰囲気には決してこちらを蔑ろにするような意思はなく、むしろ語るすべてを見守るような、遠い視点からの見守る眼差しを感じさせられるのだ。 




……確かに、それは英雄ではない。むしろ戦士でもない。




彼女の視点は、どうしようもなく戦場から遠いものだった。




「……意外です。御前さんはもっと、戦うの大好きウーマンかと思ってました」




「いや、好むぞ?まぁ、私が好むのは私に歯向かう愚かな勇士のことであって、私自身が身体を動かすことではないな。
ほら、それこそ私も女ですから。求められて応じるシチュエーションというのは悪くありません。古事記にもそう書いてある」




ふ、と何故かそこで不敵な笑みをこぼされる。
言葉と内心が噛み合ってないんだろうというのはそろそろ解ってきてたけど、今のはどういう心境だったんだろう。。。




「で、どうです。火力だのの話はまだし足りませんか?」




「いや、とりあえず大丈夫です。ありがとうございます」




「ふん、素直なのも良いがな。何も得ていないでその返事もどうか」




「一応始めにシチュエーションによるとか色々言ってくれてましたし。。」




「……さて。実際口から出任せだったので、何を口走ったやらもう忘れましたが。
なら話は済んだ訳ですが、それはそれとしてもうしばらく座っていきなさい。酒がまだ残っている」




「今更ですけど、お酒だけで大丈夫なんですか?おつまみとかあった方がいいんじゃ……」




「良い。私なりの気遣いだ、言わせるな馬鹿者」




え?おつまみなしの晩酌がどうしたら気遣いになるんです???


しかし言わせるなと言うし、これ以上は野暮だろうか。
相変わらず解らない思考をしている人である。






それからしばらく、他愛のない話をしながとっくりを軽くする作業を繰り返した。




お酒には強いのか、彼女は中々酔う素振りを見せなかったけど、いつもより少しだけ表情が柔らかかった気がする。
それを見て何となくイメージが崩れた気がしないでもないけど、同時に少しホッとした。


いつも険しい顔をしているからもっと厳しく色々意見をくれるかと思ったが、話してみれば案外と柔らかいというか。こういう雰囲気でもいられるんだなと感心したというか。
自分でもわざとらしく強調していたが、確かに今の彼女には女性的という言葉が相応しい。




「切り口を変えるだけなんですけど、御前さんは普段クエストとかでどういうところに気を付けてます?」




「おかしなことを聞くのですね。求められることをこなすだけでしょう。
クエストに行けば私もただの兵士だ。気を付けることなど、『うまくやる』以上の何があるというのか」




いや、『うまくやる』というのも色々あると思いますけど。




「できるかできないかはただの結果です。うまくやってこなせればよし、届かなかったのならそれまでです。結果を予想して何になる」




それが当然の返答だとでもいうように、すらすらと口から言葉を紡ぎだす。


結果を予想するから後先に予防線を敷けるのでは?とも思ったが、わざわざ考えなしに突っ込めとは言わないだろうし、そういうことではないのだろう。




それにしても徹底的である。少しは妥協してこちらに話を合わせてくれるかと期待したが、この手の話は彼女の中でしっかり結論がついてしまっているらしい。


おそらくは、『話すだけ無駄』というような。






孤独、なんだろうな。



悪いと思いながらもそう感じてしまった。




こうして話していると再確認させられる。
だって彼女はここまで堂々としていながら、遠回りに事実を述べたり結果を受け入れるとだけ言うばかりで、自分の意見を言っていない。




だけど持っていないわけではなくて、むしろ確固とした『自分はそうだけど他人は違う』という前提を持ち続けている。


一人きりであると認めながら、それを普通ではないと知りながら、それでもその姿勢を貫くのは何のためなのか。




正論という言葉に興味がないのだろうか。
なるほど、それでは確かにこの話題に明確な答えは返せないだろう。


あるいは同時に他人の考えを否定したくない、というような気持ちもあるのかもしれない。
どちらにせよ、ここで彼女に聞けることはもう無さそうか。




「……優しいんですね」




「男になって出直しなさい。私から言わせれば、その優しさとか正しさの基準も、単なる数の暴力にすぎん。
あいや、否定的な意味ではなく。そう思うのならそれでよい、信じることを為しなさい、ということです。自分の責任で生きていくことこそ人には何より大事なことだ




と、くいっと最後にあおるようにお酒を注ぎ込む御前さん。
彼女の中では話が繋がっているのだと思うけど、その方程式が相変わらず解らない。




瓶の中身もすでに空で、今ので最後の一杯だったらしい。
それでか彼女は満足げに、ふぅ、と小さく息を吐いた。




「……さて。今日の酒は何点でしたか?」




「何点……お酒に点数をつける習慣はなくて、判りませんね」




「そうか。私はこれが好きでな、酒にも人にもつい点数をつけてしまう。
悪癖だなんだと言われるが、これだけはやめられなくてな」




そう言って、とっくりと瓶を持ち上げてすくっと立ち上がる御前さん。




酔った素振りなど微塵も見せずにしっかりと足を立たせた彼女を見上げていると、切り上げるか、と一言。

それに了承の意を示して、私もおちょこを持って立ち上がる。




「御前さん的には何点だったんですか?」




「……普段なら聞くなと言うところだが、そうだな。50点だな。うん。」




「おうふ……低い」




「私にしてはそこそこの評価です。そういうことにしておけ」