嫌な酒の臭いがする。




玄関のドアが開いた音に駆け寄って、彼を目の前にしてまず第一の感想だった。







時刻は午前8時。昨日の朝に仕事に出てからまるっと24時間を通り越して、ようやく彼は帰宅してきた。




というのも、昨日は何やら職場の方にご指名でお誘いを受けてしまったとかで、仕事が終わってから飲みに行っていたのだ。

たしか22:30頃に一度帰ってすぐに出てしまわれたので、その時間実に10時間近く。。。行き帰りに一時間かけたとしても8時間か。
その時間の中でどれだけを飲んでいたのかは知らないけれど、まぁずいぶんと無茶をしたものだ。




そして案の定、帰ってこられたその姿に元気とか気力とかそういう言葉は欠片も見えず、もはやゾンビ的な何かのように俯いてうーあー唸っている()
四季ホラー映画とか苦手なんだけどなー。いえ、見たことありませんけど←




「……おかえりなさいませ、ご主人様。」




ため息混じりに、とりあえずそう答えてみた。




が、彼からの返事らしきものはない。
それとも夢の中ではしたつもりなのか、とにかく靴を脱いで壁づたいによたよたと歩き出した。。




「……肩、お持ちします」




そう言って手を差し出すと、彼は手のひらを上げてそれを断る。


こちらが見るに耐えないのだと言っているのに。相変わらずそういうところは強情である。




仕方ないので、いつ倒れてもいいように横に付きながらゆっくりと一緒に歩いていった。














お酒というのを、私はとにかく重要視する。




いや、重要というかなんというか。
好むのは好むのだけど、それは嗜好品としての好みではなく、必要だとか大事だとかの意味なのだ。
敬遠していると言ってもいい。実際呑む時には必ず理由を求めるし、無意味に呑むことは嫌っている。




何故かと言えば、お酒というのは何かの『報酬』であるべきだと思うから。




少なくとも私にとってはそういうものだ。
軽々しく扱うものではない。無意味に振る舞うものでもない。
それを用いるのは、ある種の約束を紡ぐか果たした時。




そんな風に思っているからかは解らないけど、お酒の臭いには敏感な自覚がある。
なんというか、ちゃんと楽しんで飲めたのか、それとも不愉快な気持ちで飲んでいたのか、という違いがあるのだ。臭いに。。いやほんと。。。




嫌な酒の臭いとはそういうこと。
ようするに、今日は朝までたっぷり付き合わされてうんざりした、といった風だったのだ。











それから一時間かけて、ようやく彼を着替えさせてベッドに横にできた。




というのも、何かやたらと魘されて?いる様子だったのだ。


声をかけてもほとんど会話も出来なくて、逐一名前を呼ばれるので答えては唸ったり悲鳴みたいな声をあげたり。。。いやいや、何があったんですかご主人様。。。




……看病にしかり、こう辛そうにしている人のお世話をするというのは何度やってもまるで慣れない。
目の前で苦しむ姿を見ながら何も出来ない無能感。自分一人の判断に目の前の人のすべてを委ねられている現実。


老いた親族の介護に通じるものがある。
なるほどこれは病むものだ、と呑気に思っていられるうちはまだマシだろうけど、それでもこの空間をすぐに脱したい願望で一杯になる。





勝手にスマホを取って確認すると、どうやら仕事は昼からにしてもらえたようで、一応多少の時間はあることに安堵する。
つーかこれからお昼に仕事行けるんですかこの人……??




「はぁぁぁ…………」




彼の休んでいるベッドに突っ伏しながら、私は私でひとまずの役目を終えたことに深ーいため息を漏らしてみる。
それにしたって今日はずいぶんとひどい。ここまで泥酔というか、もはや意識が吹っ飛んでるのは初めて見る気がする。
本当、そんなに嫌なら断固として断ってしまえばいいのに。




大体、相手も相手だ。どこの誰だか知らないけど、こんな時間まで妻帯者を帰さないのはどういう了見か。
さしずめ、そんな事情など気にも留めない若い男の子たちに付き合わされたというところだろうけど。どうしても帰してくれなかったのか、それとも彼が早々に諦めたのかは知らないけれど、どちらにしても困ったものである。




てか女の子だったら◯す(自主規制)。
もちろん、ご主人様も相手の方も両方ですよ♪(ハイライトオフ)




「うぅ……」




と、不意に目を覚まされたのかまた唸り声をあげるご主人様。
思わず放り出された手を握ってみると、開いた彼の瞼がこちらに向いた。




「……………四、季」




「はい」




できるだけ静かに答えた。




どうせまたすぐに目を閉じると思っていたが、今度は少し目が覚めたのかじっと私を見つめてくる。


間近で顔を見合わせる体勢にちょっと驚いて目をそらしてしまう。
そのまま目だけでちらちらと彼の顔色を伺っていると、彼はゆっくりと言葉を続けた。




「……ずっと、お前のこと考えてた」




一人言を呟くように。でもたしかに私に向けて、彼はぽそりと呟いた。




それはもしかして、謝っているのだろうか?




「はい、存じ上げてますよ」




「起きてたか?」




「……朝ごはん、いります?」




握られた手に力が籠る。




それからぐいっとその手を引っ張られて、さっきまでの弱々しさが嘘みたいな力で無理矢理ベッドに引きずりこまれた。。。




久しぶりの添い寝キターー!!
「ちょっ、あ、あのご主人様、」




もう片方の手をしっかり背中に回されて、身体を寄せられる。


な、なんて強引。。中々酔わないくせに、一度こうなると酒癖悪いんですからもーこの人は!
い、いえ。もちろんその、強引なのも悪くはな(ry




「…………zzz」




そ  し  て  ス  ヤ  ァ  。




お、おのれこの方、もしやおちょくってらっしゃる!?




「…………はぁぁぁぁ…………」




とりあえずこちらの背中に回っていた手を脇に戻して、布団をかけ直す。
それから私もその隣に横になって、目を閉じた。




……朝ごはんと思って用意したおにぎりとお味噌汁があるけど、まぁ寝るならその方が良いだろう。
起きてから時間があるなら食べればいいし。なくても四季のお昼になるし。。






ようやく眠りにつこうとすると、忘れていた眠気がどっと押し寄せた。




きっと起きたら慌てて仕事に向かうだろうから、その飲みの言い訳と愚痴はまた夜になる。

それで嫌な気を思い出してもらうのは不本意だし、今晩のお夕食は彼の好きなものを用意してあげなくては。




「……お疲れ様です。それと、おやすみなさい」




あと帰ったら覚悟しておいてください、ちょっと気合いいれておもてなししますので。。




そんなおかしな決意を新たに、私も床に身を預けた。