「 七夕、ですか」
長い笹を抱きつくみたいに抱えながら、ええ、と四季さんは返事をくれた。
四季「七夕です。織姫と彦星がラブラブしすぎて職務怠慢ダメ絶対!っていうあれです。。
こういう行事は重ねておいて損はないものと、四季は思いますよ、っと」
闇四季「ふぅん。行事を欠かさないのも結構ですけど。庶民的というか、何と言うか」
四季御前「馬鹿者、逆だ。行事とは祭りのこと。そして祭りは政の体をなす。
支配者や管理者はこれをおざなりにしてはならないし、好ましく思うなら捨て置けまい」
魔女「何でも良いので火力をください!!」
猫四季「まだ火力が欲しいんですか……?」
と、喋り出すと今日も賑やかな四季ーずさんたち。
私は四季さんがよたよたとその笹用の足場らしき物の前まで歩いて、穴に抱えたそれをえいやっと差し込むまでをぽかんと見つめていた。
立ててみれば案外背が高い。重いものなら私に任せればいいのに。
「はいできました!ふーいい仕事したぜー。
さ、それではお願い事の方書いちゃいましょうか!」
彼女がその声を合図に、縁側に揃っていた四季ーずの皆さんは各々手元の紙に筆を走らせ始めた。
『願い事』と聞いて、何かをすぐに思い付くだろうか。
──薄緑の和服と揺れる金髪ポニーテールを見る。
あるいはそれは、日々の平穏。
──白い髪と赤い瞳を覗いてみる。
あるいは、技術の進歩。
──茶色い長髪から覗くキャスト特有の首の線を一瞥する。
あるいは、何か物の獲得。
きっとどれもが等しく『願い』に相応しい。
どのような願い事も、願い事として本人が意識した時点でまさしく願い事だ。
己にしか解り得ない願い事とは何とも希薄な存在だが、同時に願われた時点でその
価値を約束される確かな存在でもある。
自分の目的。こうと決めた在り方。
即物的なものであれ広い視野のものであれ、願いとはそこに集束する。
それは自分の足を進めるべくして唱えた促進剤であったり、自制するための鎖であったり。
形は様々十人十色なれど、どのような人にも根っこのところではあるものだ。
人とは得てして『こうありたい』と願った己の理想を目指して歩むものだ。
ならば願いとはそういうものだろう。己の意味を持たない人などそういない。少なくとも、私はそう信じている。
そして人の命は短い。肉体的な意味でも、精神的な意味でも。
なら生きている間に見つけた理想の姿をとって、格好のひとつもつけたくなるのが人情だ。
なるほどそう考えれば男の子というもののせっかちさ、女というものの呑気さも理解できる。
ようは理想を外に求めるか、中に求めるかの違いな訳だ。
メイド四季「如何なさいました?」
その声に頭を上げると、そこにいたのは青いかしこまったメイド服だった。
最近の四季ーずの新入り?のメイドさん。
銀色の長髪が前に垂れるのを片手で抑えながら、彼女は少し心配そうな顔で私の顔を覗き込んでいた。
縁側の隅っこでいつまでも用紙とにらめっこしていたから心配させてしまったのだろうか。それなら悪いことをしてしまった。
「いえ。悩んでしまっているだけです。
これといった願いが見当たらず、どうしたものかと」
そう、私に願いなどない。
願うという気持ちを知っている。その儚さも、尊さも理解できる。
だけど自分の目的だとか、こうと決めた道筋だとか。
私は、そういった大切なものを持たない。
……その空虚さ、無意味さたるや。
きっとそういうものを大事に持っている四季さんの影響だろう。
それを持たない私を、私はどうにも許せないのだ。
メイド「姫様は謙虚でいらっしゃるのですね」
「いえ。無欲なお姫様と笑ってください」
メイド「欲があれば良いというものでもございません。その姿勢は、奥ゆかしさという長所だとお考えになられてよろしいかと」
銀色の少女は、綺麗な微笑みを浮かべながらその場にしゃがんでくれた。
顔や声に出したつもりはなかったのだけど、もしかして落ち込んで見えたのだろうか?
だとしたらそれはもうひとつ悪いことをした。後で飴玉をあげなくては。
メイド「ありがとうございます。
参考までに、私は『メイドとしての器量』から『シエンブーツ直ドロ』、『給与アップ』等々、色々と思い付いてしまいますが」
「ご主人様募集、とかそういうのは無いんですか?」
メイド「ございません。少なくともメイドとして十分な知識と経験を積めてからでないと、そのような願いは持つべきではないかと」
そういえば見習いだとか言っていた気がする。
メイドというと四季さんが割とそれっぽい立ち位置にいる気がしないでもないし、たまにコスプレしている。
もしかして彼女にメイドプレイのなんたるかを教わっていたりするのだろうか。四季さんなら何というか、すごくかっちり真面目に教えてくれそうなものだが。
メイド「御前様にご指導頂いております」
「………………」
確かに、メイドコスプレといえば彼女もしていた。
でも御前さんも大概アレな方なので、変なことを教えないといいのだけど。。
そうこうおしゃべりしているうちにも、皆さんは次々と書き終えられて短冊を吊るしていく。
残るは私と猫四季さん、闇四季さんだけのようだった。
猫四季「うーん……願いと言われても、難しいものですね。
無病息災とか、そういうのでいいんでしょうか……?」
謎のケモミミ幼女「うーわ遊び心がありませんね……もっとアレが欲しい!とか14弓ください!とかでいいと思うんですけど」
白四季「具体的すぎるのも夢がないと思うけど。思い付いたものでいいと思うわよ、こういうのは」
白四季さんはあっさりと、猫四季さんはうんうんと、幼女さんはさっぱりと。
三者三様の願い事の在り方は、やはりその定型の無さを感じさせる。
……それはそれとして、こうして皆さんがおしゃべりしているのを見ると微笑ましい気持ちになる。
四季ーずさんたちは割と皆さん仲が良ろしくないので、こう皆で集まって何かをするというのは珍しい。
いつもなら司さんがいないと何かと消極的な四季さんが始めに動いたからだろうか。皆さん付き合いが良いのは良いことだと思う。
と、あちらで仲良くキャッキャウフフやっているのを聞いていると、メイドさんがこちらに目配せしてきていた。
メイド「だ、そうですが」
「……えっと。それは思い付いたもので、ですか?そう、ですね……」
そう言われても頭を悩ませてしまう。
願い事。願い事。何となくでも思い付くもの。
そんなものが、はたして私にあっただろうか。
「……あ。そうですね。そういうことなら、ひとつ……」
思い付くなり、私はすらすらと用紙に筆マジックペンを走らせる。
それを書き終える頃にメイドさんが『素晴らしいです』なんて言ってくれたけど、そんな大層な意味もない。
とたたっと笹の方に駆け寄って、用紙を空いているスペースに吊るす。
そうしてそこに書かれたその願い事をもう一度確認して、自分で書いたくせに笑ってしまった。
「……はい。皆さんが仲良くなれますように」
そんな思いついたばかりの願いを込めて、両手を合わせて空にお辞儀の真似をしてみた。