「人にものを教えるとき、どうしたら良いと思う」




飲み物をいれたポッドとグラスを両手に居間に帰ると、彼は呟くように、だけど私に向かって明確に尋ねてきていた。




ふむ、と考えながらテーブルに両手の荷物を置く。
きっとそういう機会があったのだろう。別にそれは珍しいことでもないと思うけど、だとすればそれでなにかに迷ったか。




その可愛げについ笑みをこぼしていると、彼はじとっとした目でこちらを睨み付けていた。。。




「あ、あははは、すみません。。。
それはどうするのが良いと思うか、というお話ですか?
それとも、四季ならどうするのか、というのをお尋ねなのですか?」




「違うのか、それ」




「違いますね、はい」




そう答えると、むぅ、と思案顔で暫しうつむくご主人様。
むしろ同じだと思ったのか。だって四季ですよ?←




「いや、割とひねくれてるのは知ってるが最終的に良いと思う方を取るだろお前。それともそういう話じゃないのか?」




「失敬な。ていうか別にひねくれてませんー。。
でもまぁ、『良い』という言葉が曖昧ですよね。四季が取るのは『したい』と思える方ですよ」




彼は、あー……、と納得したのかいかないのかよく解らない苦笑いで返してきた。




ぽつぽつ、と外から道路に水の弾ける音が聞こえてくる。




蒸し暑い夜らしい、小振りな雨音。
次第に強くなっていくその音が、彼の声を逃がすまいとしてくれる。




だけど彼はそれ以降口を閉ざしてしまって、話は真っ先に逸れたままなんの解決も生まずに途切れてしまっていた。




「……それで、物の教え方、ですか。
四季なら大抵の場合、伝えられる全部を初めっから伝えちゃいます」




仕方ないのでとりあえずそう答えてみた。


彼はちょっと驚いたように目を丸くして私と目線を合わせてから、すぐにふいっと顔を背けてしまう。




「……なるほど。それは何て言うか、不快感というか、嫌われそうだな」




挙げ句出た感想がこれ↑である。。。




まぁそれ自体は事実かもしれないけど、なぜそう思ったのかは尋ねておくべきか。




「何故って……。理解されないんじゃしょうがない」




理解できないっていうのはそれだけで悪だろう。




そう、彼にしては珍しく毒を吐いたことに今度はこっちが驚かされた。




一応補足しておくと、今のは自分を含めてではなく、『多くの人間にとってはそうだろう』という、見も知らない他人を侮蔑する意味の言葉だ。


彼はあんまり他人を無下にしない方なので、今のような発言は珍しい。




……いや、その考えは別に珍しくもないのか。
言わないだけで、この人は基本他人のことなんてどうでも良いと思っているか、蔑んでいたり憎んでいる節すらある。




そう極端でいるくせにそのことが自分で許せないところが彼の笑いどころで、その頑張りが人の一番大事なところ。




それと、こんな風に上から目線で彼を大事に思ってしまうのが私の悪癖でもある。
いや、私の話は関係ないんだけど。




さぁぁ、と勢いを増した雨音が外に漏れる声を止めてくれている。
なんだか雰囲気に似合わないけど、そろそろポッドにいれた、れもねーど、なるレモンっぽい粉を溶かしたジュースをグラスに注いで、ご主人様に差し出した。




「あ、ありがと」




ころん、とポッドの中で氷のぶつかる音が鈍く響く。


温かい飲み物の温度を冷まさないためのこのコーヒーポッドだが、その需要はここにもある。
なにげに好きです、この氷のぶつかる鈍い音。いえ、とっても個人的な趣味なのですけどね。。。




「ご主人様は?どうなさるんですか?」




グラスを渡すとすぐにぐいっあおるように飲み干してしまうご主人様。。
ことん、と小さく音を立ててテーブルに置かれたグラスにとりあえずもう一杯注いでおいた。




「……そうだな。相手に解る範囲の、一歩上を教えていく。
つもりなんだが、そううまくはいかないんだよな、これが」




「わーお結局解らない範囲なんじゃないですかこのスパルタ。。。それで、詰まってきたので四季の助言が欲しかった、的な?」




「そんなとこだがお前は最後っていうか、結局どうなるのかを重視するからな。聞く相手を間違えたかもな」




悪いな、となぜか謝られてしまった。まぁ、その言い方は何かこう、気に入りませんけど←




だけど確かに、私が最後を重視するというのは間違っていない。事情は知らないけど、私に聞くのが間違いだったというのはおそらく即戦力が欲しいのだということだろう。




「……ま、仰る通りですね。ちぇ。。」




「ちぇってなんだ。。。何事もテンプレじゃないと安心できないんだよ、昨今。
お前みたいに誰彼構わず他人だと思える人は少ない」




「それは誉められてます?貶されてます?」




「褒めてるよ。他人を自分と同じ価値だと思える奴は少ないって意味だ」




素直にそう言われるとは思わなくって、変にたじろいでしまった。
てゆーかなんか誤解されてる気がするけど、まぁ大差はないし黙っとこ←




「……ま、確かに他人様を見下すようなできた教育は受けておりませんけど。
ですから、四季のお話はよくって!それで、当初の他人に対するものの教え方のお話は!?」




「え?いや、お前の意見が聞きたかっただけだから、それだけだぞ?」




「え?は、はぁ……?」




不思議そうにしていると余計に不思議そうに首をかしげ返されてしまった。。




……なるほど。意見を聞いてみたくはあるが参考にするとは言ってないと。太くなりましたね、ご主人様。。。




私のリアクションの何が可笑しかったのか、彼はくつくつと悪役っぽい噛み殺すような笑い声を漏らしながらポッドをとり、黄色っぽい中身をグラスに注いでこちらに渡してくる。
いやあの、それご主人様用のグラスですが。。




「ってあれ、私自分用のコップ持ってきてないですね!?」




「ようやく気づいたか。。。まぁいいじゃんか、一つのコップで回し飲み」




と、立ち上がろうとした私の肩にポンと手を置いて制止してきた。。。




「え?えぇぇえ………??」




き、今日はなんのサービスなのか。むしろいじめなのか。。うむむむ。。。




いや、私だって別に、そんな間接キスで恥ずかしがるほどウブではないけれど。
でも、なんか、それにしたって急に遠慮なくとはいかないというか。。。




ころん、と鳴るのはテーブルに置かれたコーヒーポット。
その音がなんだか、『野暮ったいのは止せよ(イケボ』と言ってるようで。




「…………こーゆうのは、こう、お酒でやりたいです」




仕方なく腰を下ろすと、「俺も思った」と今更恥ずかしそうにするご主人様でした。。。