「今夜は冷えますね。ちゃんと暖かくできてますか?」
数歩分だけ前をいくその背中は少しも足を止めることをしなかったが、ああ、と小さくも確かな返事で答えてくれた。
雑音のない深夜の町並みは、彼の囁くような声もちゃんとこちらの耳に届けてくれる。
それを解っているか、彼の声はいつもより静かで淡白なものだった。
しんとした家々。人気のない道路。
ふと、それが何故だか初詣に行こうとする年始の夜を思い出させる。
不変という言葉を連想させるあの静寂。
夢のような、絵画のような現実味のなさ。
それでいて現実味を感じさせる、引き締まった空気の色。
ああいう厳かなものに近い、なにかを待ち受けるような静けさが、今のこの場所にはあった気がした。
「マフラー着けてきて正解だった。お前は平気か」
「ご心配なく。寒さには強いのです!」
根拠もなにもない適当な返答に、そうだったな、と返してくれる小さな背中。
この間、一切こちらに振り向こうともしないのがなんとなく彼らしい。。
「四季」
「はい」
「……隣を歩いてくれるか。」
唐突な申し出に、少しだけ意表を突かれた。
いつもならそうしてほしくても、私がしなければ彼からは言ってきたりしないものだが。
それとも、彼なりに今日は特別なのだろうか。
どちらにせよ、私にそれを断る理由はないわけだが。
「……では、失礼して」
私はちょっと早足で彼に追い付いて、言われた通りに隣に並ぶ。
……何故、とかそんな問答はどちらにもない。
ただ、望まれるのなら応えるタイプなのだ。
家の近所に、大きな公園がある。
そこは多分有名なお花見スポットで、この時期には遠くからも車でお客がくるらしい。
今は深夜だが、それにもかかわらず遠くからは人の集団の笑い声が聞こえてくる。邪魔
多用な桜の木が歩く先々に咲くその大きな公園には、『特別良いスポット』というものこそあるにせよ、だだっ広いこの敷地のどこもが良いお花見スペースに相違ない。
私や彼がこうして毎年見に来るのも、人の目につかないところでも十分だからというのは大きいと思う。
「昨日とか、やたらと風が強かったから心配してたけど」
途中で言葉を切って、彼はひときわ太くて大きい木の前に立ち止まった。
その枝から咲く白い花を無遠慮にじーっと見つめていたかと思えば、ふと興味を失ったように踵を返して歩き出す。
「タイミングを逃したという程でもないらしいのは良かったな」
アテもなく歩く小さな背中。
視界の天井を覆う暗い空。
その縁を飾る白い桜と、舞うは雅な桜吹雪。
……綺麗、というのはこういうことをいうのだろう。
ほう、と小さくて深いため息がもれた。
「明日もお仕事がお早いのに、無理したかいがありました?」
笑ってみせると、不意にこちらに振り向かれるご主人様。
「……え、あっ、はい。すみません。。」
とたたっと隣まで小走りで向かう。
さっき隣を歩いてほしいって言われたばかりだったのに、つい忘れて待ってしまっていた。。
「普段から隣を歩くこともあるのに、どうしてこういう時にそうしないんだ。。」
「こ、こういう時だからです。。。こういう時はほら、シラフでないとってゆーか。。。」
「……重すぎる……。逆だろ普通……」
「い、い、今重いって言いましたね!?
思っても言わない方が良いこととかあると思うんですけどちょっと!?」
ちょっと気にしてるところだったのでついそう詰め寄ると、突然可笑しそうに笑いだしたご主人様。。。
「ナンデスカ」
「いや、ほんと趣味があわないよなぁって。その癖よく一緒にいられるものだなと思うと、つい。。」
「同じだったら惹かれませんしね。
方向は同じでないと困りますが、細かいところは違わないと関心がなくなっちゃいます。」
「さすが四季。期待通りの客観的な意見でした」
「四季をなんだとお思いなんです???」
「…………何なんだ???」
「ちょっと」
と、ぐいっと手を引かれる。
え、とか何とか声を出したか否か。
私の手は、いつの間にやら彼の手にガッチリと繋がれていた。
「────え。
い、いやちょっと、あの…………!」
「すぐ下がるから対処として。甘んじて受けろ」
「い、いやバカですか!?バカじゃないですか!?←
ひ、人に見られますから……!!」
ぶんぶん手を振り回してみるけどほどいてはくれないご主人様。。。
今日はなんだろう、どういう心境の変化なのか。何が彼をいつもよりちょっと積極的にさせ、ここまで強引にさせるのか。
それともあれですか、私を恥ずかしがらせて遊んでらっしゃるんですか!?
「な、ないではないけど、たまにはいいだろ。「あるんかーい!!」
手を繋いで外を歩くとか、したことほとんどないし」
ちょっと口ごもりながら言う辺り、やっぱり彼も恥ずかしいらしい。
そんなことならしなければいいのに、何をおかしなことを思い付いちゃってるのかこのご主人様。。
手は、指の間に指を絡まれて、しっかり握られるとちょっとキツくて無理のある感じに繋がれている。
握手みたいに手のひらを掴み合うような形の方が楽じゃないのか、これ。こういうつかみ方あるんですか???
「…………酔ってますね。お酒も呑んでないのに酔っ払ってるんですね??」
「酔わいでか。今日は花見に来てるんだからな」
多分『酔わないでいられるか』という意味で言ったのだろうけど、多分それ通じる方少ないですよ。。。
…………私の覚えている限りではだけど。
こんな風に手を繋いで外を歩いたことなんて、ほとんどない。
それを彼がどう思っていたのかは知らないけど、もしかして気にしていたのだろうか。
「大丈夫、この時間だしあんまりいないってほら、」
と、歩く先から見える人影。
どうやらこちらに向かってきている様子。
それを見てしんと静まる四季とご主人様。。
そしてそこからその人が通りすぎるまで、いや、通りすぎてからもしばらく沈黙は続いた。。。
「………………………」
「……………あんまり?」
「……………い、いないことも、ない、けど、な…………。。。」
「じゃあもう離しましょうよーー!!」
数歩分だけ前をいくその背中は少しも足を止めることをしなかったが、ああ、と小さくも確かな返事で答えてくれた。
雑音のない深夜の町並みは、彼の囁くような声もちゃんとこちらの耳に届けてくれる。
それを解っているか、彼の声はいつもより静かで淡白なものだった。
しんとした家々。人気のない道路。
ふと、それが何故だか初詣に行こうとする年始の夜を思い出させる。
不変という言葉を連想させるあの静寂。
夢のような、絵画のような現実味のなさ。
それでいて現実味を感じさせる、引き締まった空気の色。
ああいう厳かなものに近い、なにかを待ち受けるような静けさが、今のこの場所にはあった気がした。
「マフラー着けてきて正解だった。お前は平気か」
「ご心配なく。寒さには強いのです!」
根拠もなにもない適当な返答に、そうだったな、と返してくれる小さな背中。
この間、一切こちらに振り向こうともしないのがなんとなく彼らしい。。
「四季」
「はい」
「……隣を歩いてくれるか。」
唐突な申し出に、少しだけ意表を突かれた。
いつもならそうしてほしくても、私がしなければ彼からは言ってきたりしないものだが。
それとも、彼なりに今日は特別なのだろうか。
どちらにせよ、私にそれを断る理由はないわけだが。
「……では、失礼して」
私はちょっと早足で彼に追い付いて、言われた通りに隣に並ぶ。
……何故、とかそんな問答はどちらにもない。
ただ、望まれるのなら応えるタイプなのだ。
家の近所に、大きな公園がある。
そこは多分有名なお花見スポットで、この時期には遠くからも車でお客がくるらしい。
今は深夜だが、それにもかかわらず遠くからは人の集団の笑い声が聞こえてくる。
多用な桜の木が歩く先々に咲くその大きな公園には、『特別良いスポット』というものこそあるにせよ、だだっ広いこの敷地のどこもが良いお花見スペースに相違ない。
私や彼がこうして毎年見に来るのも、人の目につかないところでも十分だからというのは大きいと思う。
「昨日とか、やたらと風が強かったから心配してたけど」
途中で言葉を切って、彼はひときわ太くて大きい木の前に立ち止まった。
その枝から咲く白い花を無遠慮にじーっと見つめていたかと思えば、ふと興味を失ったように踵を返して歩き出す。
「タイミングを逃したという程でもないらしいのは良かったな」
アテもなく歩く小さな背中。
視界の天井を覆う暗い空。
その縁を飾る白い桜と、舞うは雅な桜吹雪。
……綺麗、というのはこういうことをいうのだろう。
ほう、と小さくて深いため息がもれた。
「明日もお仕事がお早いのに、無理したかいがありました?」
笑ってみせると、不意にこちらに振り向かれるご主人様。
「……え、あっ、はい。すみません。。」
とたたっと隣まで小走りで向かう。
さっき隣を歩いてほしいって言われたばかりだったのに、つい忘れて待ってしまっていた。。
「普段から隣を歩くこともあるのに、どうしてこういう時にそうしないんだ。。」
「こ、こういう時だからです。。。こういう時はほら、シラフでないとってゆーか。。。」
「……重すぎる……。逆だろ普通……」
「い、い、今重いって言いましたね!?
思っても言わない方が良いこととかあると思うんですけどちょっと!?」
ちょっと気にしてるところだったのでついそう詰め寄ると、突然可笑しそうに笑いだしたご主人様。。。
「ナンデスカ」
「いや、ほんと趣味があわないよなぁって。その癖よく一緒にいられるものだなと思うと、つい。。」
「同じだったら惹かれませんしね。
方向は同じでないと困りますが、細かいところは違わないと関心がなくなっちゃいます。」
「さすが四季。期待通りの客観的な意見でした」
「四季をなんだとお思いなんです???」
「…………何なんだ???」
「ちょっと」
と、ぐいっと手を引かれる。
え、とか何とか声を出したか否か。
私の手は、いつの間にやら彼の手にガッチリと繋がれていた。
「────え。
い、いやちょっと、あの…………!」
「すぐ下がるから対処として。甘んじて受けろ」
「い、いやバカですか!?バカじゃないですか!?←
ひ、人に見られますから……!!」
ぶんぶん手を振り回してみるけどほどいてはくれないご主人様。。。
今日はなんだろう、どういう心境の変化なのか。何が彼をいつもよりちょっと積極的にさせ、ここまで強引にさせるのか。
それともあれですか、私を恥ずかしがらせて遊んでらっしゃるんですか!?
「な、ないではないけど、たまにはいいだろ。
手を繋いで外を歩くとか、したことほとんどないし」
ちょっと口ごもりながら言う辺り、やっぱり彼も恥ずかしいらしい。
そんなことならしなければいいのに、何をおかしなことを思い付いちゃってるのかこのご主人様。。
手は、指の間に指を絡まれて、しっかり握られるとちょっとキツくて無理のある感じに繋がれている。
握手みたいに手のひらを掴み合うような形の方が楽じゃないのか、これ。こういうつかみ方あるんですか???
「…………酔ってますね。お酒も呑んでないのに酔っ払ってるんですね??」
「酔わいでか。今日は花見に来てるんだからな」
多分『酔わないでいられるか』という意味で言ったのだろうけど、多分それ通じる方少ないですよ。。。
…………私の覚えている限りではだけど。
こんな風に手を繋いで外を歩いたことなんて、ほとんどない。
それを彼がどう思っていたのかは知らないけど、もしかして気にしていたのだろうか。
「大丈夫、この時間だしあんまりいないってほら、」
と、歩く先から見える人影。
どうやらこちらに向かってきている様子。
それを見てしんと静まる四季とご主人様。。
そしてそこからその人が通りすぎるまで、いや、通りすぎてからもしばらく沈黙は続いた。。。
「………………………」
「……………あんまり?」
「……………い、いないことも、ない、けど、な…………。。。」
「じゃあもう離しましょうよーー!!」