とん、とん、という聞き慣れた控えめな足音。




──帰ってきた。そう確信すると、さっきから落ち着かなかった胸が余計に激しく鳴り出した。




いや、そんな場合ではなくて。
玄関のドアが開いた音を片耳に、PSO2の方でおしゃべりに付き合って頂いていたフレンド様方に『四季はこれで!』とか簡単に別れの挨拶を済ませつつ立ち上がっておく。。




が、焦っても時すでに遅し。
ゲームを切らないうちに、彼は居間の戸を開けて入ってきた。




「ただいま」




「お、おかえりなさいませご主人様!」




言葉を言い切るのと同時に、ぺこり、といつもより余計に仰々しく腰を折っていた。




いや、そんなつもりはなかったのだけど。
何故だかというべきか、素直に緊張しすぎてと言うか。。。




それを見て彼は、え、ああ、とちょっと驚いた風味のリアクションをしてから、ちらりとテレビの方に視線を移す。




のを、咄嗟に身体を盾にして隠してしまった←




「え。。。」




「だ、ダメです。見ないでください!」




今ちょっとご主人様のことを話題に出していたものですからログを見られると恥ずかしいので!!←




必死な私に、そう言うなら、と素直に引き下がってくださるご主人様。
ご主人様がそういうお優しい方で四季は本当に助かっております、はい。。。




と、そんな攻防の後すぐにPSO2もログアウト。
テレビも消して、お互いに身体を向き合わせて、余計な雑音、余計な雑事が何もないことを確認する。




ふう、と一つ深呼吸。






──みっしょん、すたーとと参ります。






「…………え、えっと。」




謎の沈黙に堪えきれなくなったのか、彼は頬を掻きながら私の様子を伺うみたいに目線をちらつかせるアイコンタクトをくりだした。。




うっ。なんですかその愛らしい小動物みたいな。。。思わず野生の本能が目覚めるゼ☆的な感じになりそうなのをグッとこらえる。
落ち着けー。四季のケモミミー。




「……こほん。はい、では」




「では。。」




多分今のは『ではって何だ??』みたいな意味だったと思う。
くっそう余裕ぶりやがってこのご主人様ぁ!()




しかし落ち着け。さっきPSO2の方でもたくさんの助言をいただいたばかり。
四季はやればできる子。だからうまくいかなくても四季のせいじゃない。うまくいかないのは世間が悪い!アク○ズ教並感




猛る気持ちは流れる滝にホールイン。

逸る気持ちは海の彼方へ投げ捨てて。




似合いもしない、未だに慣れないこの気持ちだけは大事に取っておきながら。




私は今ひとたび、彼と向かい合う。






で、顔を見合ったら恥ずかしくなってすぐ目線を反らしてしまった。。。




「おーい、四季さーん」




「ぐっ。。。。。
…………で、では…………!
…………あの、ちょっと、冷蔵庫…………」




ぶんぶん手を揺らしながらかろうじて冷蔵庫の方を指差してみる←




「えっ?あ、俺が取りに行くのね???」




「ちちちちがいます行きますからそこで待ってやがりなさいませ!!」




結局こうなった













で冷蔵庫から例のブツを持ってきて居間に戻ってくると、彼は彼で私の様子を見るなり照れ臭そうにまた頬をポリポリ掻いてはあらぬ方向に目を泳がせていた。




その様子に、少しだけ気持ちを落ち着かせる。
よし、あっちもあっちで緊張してるみたいだし、このまま押しきって余裕かましてマウントを取れば勝ちと見た!
一体何に勝つつもりなのか




「あっ、あの!!」




「おぉうビックリした、はいはい」




そこは頑張って平静を保ちなさいよ四季の喉ぉ!!!




「っっ……………、こ、これ!」




結局顔だけそっぽ向きながらやけくそ気味にお皿を前に突きだすケモミミ。。。




が、彼はそれには動じず、ああ、うん、と素直に受け取ってくれた。




「ありがとう」




声と同時に、四季の手からひょいっとお皿の重みが取り上げられた。








(……あ、あっさりかぁーー!!)四季の心の声







「……い。いいえ。。べつに。。。」




物を渡すなり顔の向いていた方に身体も向けて、ちらちらと横目に彼の様子をうかがってみる。




何がおかしいのか、彼は私から受け取ったそれを、横から上から下からじっくりまじまじと観察している。







…………今更言うまでもないことではあるのだけど。




彼の手に渡ったのは、私が作った手作りチョコ、というやつだ。






具体的には、グラタン用によく使う耐熱容器に詰まったただの生チョコである。。。




上から白い粉みたいな砂糖(名前が解らない)をぶっかけて、
その上にはこれ見よがしに『Happy Valentine』とチョコペン的なもので書かれたハート型の板チョコをぶっ刺してある、いかにもなお手頃調理。簡単チョコ菓子。


ノリと勢いで誰でも作れる、レシピ?なにそれ美味しいの?ないつも通りのケモミミ流がそこにあった。。。






「……た、大したものでなくて、なんなのですけど」




というか、本当ならもう少し奇をてらってというか、笑いどころが欲しかったのだけど。。。


これだとなんていうか、その、本気すぎて真面目になってしまいそうで。四季にはちょっと荷が重い。




「いや、 ありがとう。

んじゃやったーいただきまーす




と、止める間もなく台所の方にフォークなりを取りに行ってしまうご主人様。。。




ちょっと、と言いかけた手と上げかけた手を止め、立ち尽くす。




……その背中を追いかけなかったのは、多分やっぱり緊張から。


いや、油断は禁物。落ち着けるこの一瞬に、今すべきことを考えなくては!




………あ、そういえば。

チョコを渡すのは食後のタイミングにするんだって、さっきシャオリンさんに言われて決めたばっかりだったのに。






はああ、と口から漏れたため息は果てしなく大きかった。










「ご主人様、甘いものだけでお夕食を済ませる覚悟はございますか?体調など、万全ですか?」




台所に行くと、すでにちょっと食べ始めていた彼を見て路線変更を決意した。。




む。俺は全然行けるぞ(キリッ」




「結構でございます。ではこちらも合わせてじゃーん!」




冷蔵庫を開けて中からもう一皿、今度はでっかいチョコケーキ(チョコ控えめ)を取り出した。。




「おぉー。。。」




「はい、こちらに取り出したるは、チョコケーキ(チョコ控えめ)でございます!
今年はチョコの分量を去年比1/5まで減らしておりますゆえ、たくさんのチョコ菓子とは参りませんでしたから。

やっぱりなーんか物足りないなって思っちゃって、気が付いたら焼いてました♪テヘペロ☆」




と、ちょっと調子が出てきたところで自分の言葉にグサッと心を抉られる。。




「すごいな……。コーヒーでもいれようか」




「はい、少々」




ケーキのお皿を渡して、私はコーヒーの準備に取りかかる。




……お夕食用のハンバーグが残っているけど、あれは朝にしていただこう。
実のところ、この可能性も考えて汁物とか副菜にあたるものは用意していなかったのだ。彼の好みからしてこうなる気もしていたから。




数分後、コーヒーも揃えて居間に戻ると今度は食べずに待っていて下さったらしい。
目線で『ありがとう』『どういたしまして』のやりとりをして、私も彼の座るコタツに膝を入れる。




「では、改めて頂きます」




「は、はい!ど、どうぞ。。。」




改めて言われるとまた緊張がぶり返すのでやめてください!←













……心残りがあるとすれば。
今年は量を少なくするつもりだったのに、結局こんなことになってしまったことは頂けない。



何せ去年は1kg、一昨年はそれ以上のチョコを用意した。そして去年に至っては彼の体調を悪くさせてしまった。。。
反省はしているのだ、これでも。というか1kg用意した去年だってそうだった。
我が事ながら、チョコがないならケーキを作ればいいじゃない!という発想に至り実行に移るまでは想定外だったというか。。






だけど、ほら。仕方ないんです。

伝えたいだけの気持ちに足りない気がしちゃうんですもの。






それに、手抜きにも思われたくない。
間違っても飽きてきたのかな、とか、冷めてきたのかな、みたいに思ってほしくないのだ。




そう思うとどうしても本気度をというか、何か凝ってたり目を引くものでないといけない気がして、どうにもハードルが上がってしまう。


結果、一人では食べきれないくらいの量を作ってしまう。
彼が甘党で良かったと心の底からほんとーに思う。。




……正直な話をしてしまうと、この気持ちが今は名残惜しい。




この熱意が。この盲信めいた夢心地が。
枯れることはなくともいずれは冷めてしまうのかと思うと、少し怖い。




その様を彼に見られて、徐々に失望させてしまうのが恐ろしい。







……ま、そんな焦燥も贅沢ってものですね。




……うん。そうやって一蹴できる今、きっと問題ないのだろう。













「美味しいよ。ありがとな」




いえ!と何度目か解らない同じやりとりをする四季とご主人様。。。




……というか。彼が帰ってこられてからというもの、胸がどっきどっきして敵わない。




締まって、苦しくて、でも嫌じゃない。


自分で言うのもどうかと思うけど乙女か!みたいな心境で、彼がチョコを食べるのを視界の隅に追いやっている。
なんというか、直視できなくて。。。




……しかし、生チョコももう食べ終わる頃。
シャオリンさん直伝流れであーんしてもらう作戦はさすがにうまくいかないか、と内心でため息を漏らしていると、彼は唐突に私の名を呼んだ。




「はっ、い、いかが。。」




「いや、ほら。あーん」




と、彼はチョコを刺したフォークをこっちに向けてきた!?




「えっ!?し、四季の心を読みましたか!?」




「ほう。では受け取りたまえ。あーん」




やだ、いつになく攻めっ気なご主人様イケメン……いやいや、ちょっと心の準備がっ!!




「……………め、目を…………いえ、こっち見ないで!…………ください…………」




「ん。」




↑チョコをこっちに向けたまま顔を横に向けるご主人様。してくれるんだ。。




それはともかく今のうちにと、ぱくっとチョコをくわえてフォークから勢いよくむしりとった←




「……そうなるのか??」




それは勢いの話だろうか。それとも見ないでくださいの方だろうか。多分見ないでの方かな。




「……………………」




彼を見ていると余計にドキドキしてしまってかなわないので、今度はこっちがそっぽを向く。
んー、思ったより甘いなーこれ。。。




「悪いな。夕飯、別に用意してあったろ」




あ、見られてましたか。




「い、いえ。ご主人様がよろしかったのなら、四季はこれで問題ありません」




「お前がこんな風にチョコくれるようになったのはいつからだったかなぁ。3年……4年くらい前からか?」




「お、覚えてなくてよろしいんですそんなことは!!
というかあげてはいましたー!ただ昔は板チョコの欠片一個とかみたいな、こう、手抜きだっただけで!」




そうだっけ?と割とマジで忘れてる風のご主人様。。。
まぁ、正直四季も四季でしたからその辺りは仕方ないのかもしれない。ちゃんと作るようにしてからは覚えているのだからそれでよしとするべきだろう。










……いつか覚めてしまうのだろうか。




この鼓動の音。この胸の窮屈な感触も、いつか無くなってしまうのだろうか。
そうしたら、嫌われてしまわないだろうか。




待っていた間はそんな不安もあったけれど、今はいっぱいいっぱいでそれどころじゃないので置いておける。
不安を打ち消す温かいこの気持ちを、私はもう知っている。




だって、これ書いてるの翌日なのに未だにちょっとドキドキしてますし。。。
もう2○才だってゆーのに、もーバカみたいなんですけどどうしてくれるんですか!←








……うん。余計なお話を突っ込んでも、言葉を着飾ってもらちが明かない。




あんまり直接的なことはどーせ口では言えませんから、単刀直入にここでこっそり呟いときますね。












四季は今、幸せですよ。











それともう一つ。




ご主人様、大好きです。