「はい、それじゃあ」




そう言って升を取った手をこちらに伸ばしながら、彼の目線は私の目を捉えて離さない。




そのやり口に思わず器用だな、なんて思ったりもしたけど、今はとりあえず自分の升を彼の手に近づける。




「……誕生日のお祝い、でいいのかな?」




「ご主人様がお祝いしてくださるのでしたら、ケチをつけることはございませんとも」




「ならそれでいい。……乾杯」




「はい。乾杯、です」




こん、と安っぽいプラスチックな音をならして、心にもないお祝いの酒宴は開かれた。














……すこぶるどうでもいいことなのだけれど。
私はまた性懲りもなく、誕生日なんてものを迎えたらしい。




誕生日。誕生日か。
率直な感想を言うならば、そう聞いて祝うことこそあれ、祝われるのはどうにも気に入らない。




その人が生まれたことをお祝いする。
それはその人への感謝、口にできない敬意や尊敬を形にして渡せるプレミアムデー。

その人への、時にその周りへの感謝の日。
他にもいくらでも祝う口実をつけられる、またとない機会には違いない。




だって、人が生まれたことを祝う人こそあれ、嫌う人は少ないのだから。









単刀直入に言ってしまうと。私は自分が生まれてきて良かったなんて思っていない。




気に入らないのはそういうところだ。単純に、祝われるべきと思わないから他人の言葉を不要に感じる。申し訳ないと思ってしまう。
お祝品なんて頂いた日は、それを他のもっと大切な人にあげられなかったのかと口から出てしまいかねない←




誕生日に限らず、人からの贈り物だとかもそうだ。
どうせならもっと好きな人とか、もっと益を生む人にものを与えてあげてほしいと思ってしまう。
あーだこーだと言いつつも、つまる話が『私が他人に良くされているのが許せない』っていうことなのだろう。






…………そうしてまた一つ、嫌な人間だなぁ、と自己嫌悪。




他人に向ける善意、好意を身で知っておきながら、他人から自分に与えられるものだけは素直に喜べない。


『そんな価値のある人間じゃないのに』


『後で見損なって嫌な思い出になるのに』


と、どうにも最終的に嫌われる前提で考えてしまうのも悪い癖か。。





だって自分が生まれてきた価値なんて、そんなものは小学生の頃に結論を出してしまった。
それが今でも変わっていないあたり始末が悪いけど、不要と思うものは仕方ない。かといって生まれてきてしまったものは仕方がない。




子供心にそんな心情はとても大人に聞かせられないと黙っていたけど、今思えばそれが彼らを誤解させたのだろうか。後悔予告の看板は先に立つことはないのである。。








「四季」




彼の声にはっと現実に立ち返る。




「は、はい。」




「……嫌な顔をするな。何度も言うけど、俺はお前に感謝してる」




それは見ていて不憫に感じるくらい申し訳なさそうに、それでもここだけは譲れないという固い意思を思わせた。
というか何を察しているのか。エスパータイプなのか。サーナイト可愛いですよねサーナイト。




「えっ、うんサーナイトはいいね??」




もう。毒にしかなりませんよ、四季のこと見透かそうったって。
それに、そんな顔をなさらないでください。お言葉もお気持ちも確かに。
四季はあなたにお祝いいただくこと、本当に嬉しく思っておりますよ」




……それはどこまでが本心だったのか。
いや、嘘はついていないからどれも本心なのだろう。




彼は私の言葉を聞いて、そうか、と一言呟いてからお酒を一口。




私も習うように、自分のお酒をぐいっとあおってみた。




……美味しい。




今日のお酒は日本酒。銘柄だとかはよく見てないけど、これがやけに美味しい。


でもどこか独特の、消えない苦味を感じる。
この日のお酒は特別ということのだろうか。中々味わえないもの、ということにしておこう。










……彼はなんていうか、こう、ため息が出るくらい正しい人だ。




『自分が生まれてきたことが気に入らない』なんて人間がいたら、そりゃその考えを改めさせたくもなる。私だってそう考える。
その結果がこれだ。祝われたくもない私に対して、容赦のないお誕生日の祝い酒。




彼の場合はスパルタというか、方法が直接真っ向勝負なだけで、私に自分を誇らせようとするその方向性は善悪で言うなら善に違いない。
それが起こす結果はさておき、彼自身とその行動理念はまごうことなき善人である。
いや、もしかしたら私がそれでひねくれるタイプじゃないからこうしてるのかもしれないけれど。






……彼のそういう努力家なところ、献身的なところは本当どうかと思う。




それが正しい、あるいは客観的に良いと思ってしまうからしてしまうというようなボランティア精神、ないし正義感であればまた別なのだが、彼の場合は単に私を特別扱いしているから解らない。
正直、四季ってばめんどくさいと思うし。。女にしてはお金を浪費しない方ではあるけれど、取り柄(?)といったらそのくらいだし。。。




雑念も邪念も持つくせに、いつも正しい方へと歩いていく。
自棄にならず、むやみに憤らず、挙げ句他人を疎まず嫌わず、不屈の精神で何度倒れてもひたすらに善を通す。




……私が彼を好きになったのはそういうところなのだろう。
パッと見冷めてるようで、その実誰よりも人間らしい貴方だから。












私は私で。どこまでも人間らしいちっぽけなあなた一人を、幸せにしたいのです。















結局ほとんど言葉もないまま、淡々とお酒とおつまみはなくなっていった。




何せ必要なことは始めに口に出した。私も彼も、お酒で陽気になる方でもないので仕方ない。




だけどそれをどう感じていたのか、お酒が回ってきた感触が頭をぐるぐるめぐってきた頃、ふと何の気なしに口から言葉が漏れ出した。




「……お酒は美味しいし、あなたがこうして居てくださるのに。」




これ以上、いったいどうして幸せを許されるでしょうか。




最後のは言葉にしなかったけど、何となくのニュアンスは伝わったのか、彼は大きくため息を漏らして変な目でじーっと見てくる。。。


その目はともかく、お酒を飲んでるときに遠慮なく近くで見られるのが恥ずかしいのであんまりガン見しないでください←




「満足してればそれでいいって訳でもない。少なくとも周りはな」




「えー。良いじゃないですか、今満足できるのなら後のことはほっといたって後のことですし?みたいな?他人は他人でございます、はい」




「どっちだ。そういえば唐突に快楽主義者になるよなお前……そこどういうスイッチの切り替えなのか未だに解らないんだけど」




「いえ、四季は割と徹頭徹尾快楽主義真っ只中ですけどね?」




「………確かに、そうかもな」




最後にそう言ってちょっと笑みを見せてくれた彼につられて、私もほんのちょっとだけ、口許が緩んでいたと思う。















……そういえば、この日のお酒は何ていうものだったろうか。




特別気にしていなかったけれど。
結構美味しかったから、また来年も頂きたいな。