目を覚ますと、身体の先が冷えていた。




手足に力を入れて動きを確認するも、やけにギシギシと軋んでしまって敵わない。
もう冬も近いのかな、なんて感慨に浸りつつ、時計を見る。




時刻は7時。




やはり、どうにも寝坊気味だった。













寝室にいなかった時点で解ってはいたのだが、彼はとっくに居間で私の起床を待っているらしい。




我が家の朝は、おそらく普通の家庭よりやや遅い。
だけどたまにこうして、気まぐれに早く起きてしまうのが彼の癖みたいなものだった。


特別その事に文句はないけど、不意を突かれるというのはそれだけでちょっとシャクだ。なんかこう、一本とられたみたいな、負けたような気持ちになる。




『彼より早く起きて遅く寝る』




それはいつか私が決めた、私の心構えのようなもの。あるいは戒めのひとつ。




それを不意打ちで破らされることにちょっとだけ異議を唱えたいけど、彼にそんな事は言えないので異議を唱えられないこのジレンマ。
なんだかんだ言って、結局この敗北感の理由は自身にあると決着したは、はー、と負け犬の遠吠えじみたため息をつくのだった。




そうこうと身と心の支度を済んでから、いざゆかんと居間へ繋がる戸を引いた。








私が部屋に入ってきたことに気がつくと、彼は椅子に腰かけたまままずは無言の笑顔で挨拶してくれた。




テーブルには、貰い物のやたらと高そうなティーカップと、おそらくティーポット替わりの……、あの……、保温機能の高いコーヒー用のポット名前がわからないです


手元のティーカップの中になみなみと注がれた紅茶の様はとてもお上品とはいえなくて、それが変なところで男の子らしさを思わせた。




「ご主人様、おはようございます。あの、申し訳ございません。。」




『早く起きたのなら、起こしてくれていいのに』という抗議も込めていつもより堅苦しく謝罪する。




「おはよう。今日は早く目が覚めただけだよ、気にしないでいい」




対してあちらの言葉は額面通り、『たまにできた早起きだから、多目に見てくれ』という意味だったのだと思う。




もちろんそんなことに、私が彼を責める道理も、彼が私に謝る道理もないことなので、言葉のうえではこうなったのだが。


それでも内心は察しているのか、彼は付け足すように、悪いな、と別の笑いを見せてきた。




「いえ、お手間をとらせてしまいました。
それにしても紅茶なんて珍しいですね!




上機嫌な部屋のムードにさっそく気を取り直して、私はすぐにいつもの笑顔になっていた。




彼は、昨日の夜から寒いからな、と窓の外を眺めてなにやら呟くように理由になってない返事をしてくれた。




「早いな。驚くことに、もう10月になったらしい。」




「それ去年も10月に仰ってましたよね?何か気に留める事とかおありでしたっけ?」




「え、そうだったか??特にないけど。。
強いて言うなら、9月までは夏ってイメージじゃないか。10月になるともう夏ではないよなーと思うから、季節を感じる境目なのかもな。」




そう気真面目に無意味な考察を言葉にしてみる辺り、彼も色んなことへの機微に頓着しだしたんだな、とちょっとした成長を感じる←




「ええ、長生きの秘訣はどんなことにも興味を持とうとする努力でございます。」




「そうだな、ところで何の話をしてたんだっけ?」




「ボケ老人!?」




「ツッコんだのにボケ扱い!?ボケ違いだから!」




「ふふ、朝イチ漫才とかご主人様も勤勉ですね。。。感服いたします。しみじみ。」




「どうしてそうなった……」





軽く笑いあってから、失礼します、と言ってテーブルを挟んで向かいの椅子に腰かける。




すると彼は手元においてあった使っていないもう一角のティーカップに控えめに紅茶をついで、それをこちらに渡してくれた。




「ありがとうございます、頂きます。」




「ああ。」




うながされるままに、くい、と一口。




……甘い。いや、砂糖も何も入ってないストレートティーだから、その表現は違うのかもしれないけど。あと多分このストレートがいい感じな味はダージリン。




「紅茶なんて、買い置きがありましたっけ。。」




「ああ、密閉してあれば意外と長持ちするものだな。
多分去年から開けてないからもうだめだろうなーと思ったんだが、案外味も悪くないよな?」




……開いてたんだ。でも確かに味は悪くないので、苦笑いで返すしかない。
本格的に寒くなる前に消費してしまおうと小さく決意するのだった。。




「何でしたっけ……寝起きの一杯は、あーりーって言うんでしたっけ?ぶれっくふぁーすと?」




「え、知らない……。。。」




「あは、四季も知りません。。。西洋のノリはどうにも」




肌に合わない、と言いかけてそれはやめておいた。






と、レンジのチーン、という声がしたと思うと、私を座らせておくためか、彼はすぐに席を立った。




「お手伝いすること、ありますかー?」




「いや、待っててくれ」




やはりそういう感じか、と紅茶をぐいっと一口。




先に起きられるとこうなのだ。いつものお返しとでも言うつもりなのか、1から10まで手を回してくれてしまう。


それも感謝こそすれ不満はないけど、でもやっぱり慣れないものは慣れない。なんていうか、むずむずしてしまう。




だけど彼の好意は嬉しく思うし、尊重すべきだし。イケメン属性はこれだから困るのだけど、とりあえず紅茶はテーブルからどかしておこう。。。






鳥の鳴く声は朝の挨拶のように。
近くを通る車の音は、仕事の時間だ、と思考を現実に覚まさせる。


台所からはおたまが小鍋を小突く音が聞こえてくる。
珍しい朝に合わせてか、朝食にはパンのほかにスープもすでに用意してあったようで、つまりどうやらもう少し遅くまでベッドにいたら起こしてもらえたようである。


それはそれでもったいないことをしたな、なんて思ってしまったりしたのは内緒。乙女の秘密というやつだ。うんなんかそれは違う()




「おまたせ。」




そう彼はお盆にパンとスープを乗せて居間に戻ってきて、コトコトとお皿を並べる。





「えへへ、ありがとうございます。。。
この執事プレイ、四季は何プレイで対応すべきでしょう?




「いや、お前はお前のままでいい。」




何かくさい台詞風にガンスルーされ、しかもそれを何でもないことかのように席につくご主人様。。。




「今のは口説き文句ですか?それとも天然で口説いてるだけのアレですか?まさか四季以外にそんな「言わない言わない言わないからパンを凶器みたいに持ち上げるのやめようね!!パンが死因とか笑え過ぎるからほんと!」




「あ、はい。。。」




パンで殺すとか難しすぎると思うんだけど、と思わず反応が端的になってしまった。。




こほん、とわざとらしく咳払いをしてから、改めて彼と目を合わせる。んー、今日もイケメンで生きるのが辛い





「ありがとうございます。頂きますね。」




「はい、召し上がれ。」