外に出ると、さあっと涼しい夜風が髪を薙いだ。




涼しくはあるものの、ちょっと強い。髪の毛が長くなってくると、こんな風ひとつにも色々気になってきたりする。
………そろそろ切った方がいいだろうか。
最近はもう暑い日がちらほらあったりして、結んでいる時は良いけれど、下ろしている時は堪らない。




髪の毛はそれほど長くしたことはない、というかむしろ昔は短くしていたから、こうして結うようになったのもここに来てからか。


慣れないからだろうか。というかまだ慣れないのか。
やっぱりどうにも、このぴょんぴょん跳ねる後頭部の尻尾に頭を引っ張られる感覚は、違和感がある。




……空を見上げれば、広がる雲。
雨雲ではなさそうなので構いはしないが、どうせなら星月を見せてくれてもいいのだけど。
夏を思わせる虫の鳴き声がせめてもの風情だろうか。いえ、虫とか滅びればいいですけど←




「涼しいのでとりあえず快適ではあるのですけど、ロマンスの解らない夜ですね。。
どうせなら綺麗に静かにいてほしいものです」




空と風に文句を言う私をどう思ったのか、彼は、そうか、と笑いだした。
ちょっと、何ですかその笑い。




「詩人かと思う所なのかもしれないけど、お前はナチュラルに文句言ってるだけそうだからなぁ」




む。まぁ詩人ではないですけど。




「確かに、お空と対等の目線で文句を垂れるお馬鹿は中々いないでしょうね。。。」




「……うん、それは中々いないだろうな」




「おいこら!雲どけろってんです星やら月やらが見えないじゃないですか!」←空に指差しながら




「じゃあ俺は買い物行ってるから、喧嘩はほどほどになー」




「あっちょっ!?置いてかないで下さいよー!」








実のところ、たまにするこの『深夜の買い物デート』は、彼と私が二人で外に出るほとんど唯一の機会だったりする。




二人で外に出る用事なんて作らなければなければ一つもないし、恐らく普通の人が言うようなデートなんてものはしたこともない、特別したいとも思わない。




憧れがないわけではないけれど、それと本当にするのかは別の話だ。
私が彼の休日の過ごし方とかに口を出すことはないし、そもそも私も彼も人がいる場所を好まない。


よく知らないけれど、デートというとほら、ネズミーランド(←)とか、遊園地?みたいなのに行くらしいですし?ちょっと縁遠いってゆーか、なんてゆーか。。。




娯楽や幸福っていうのは、その機微を解ってから味わって飲み込まないといけない気がする。




美味しいよと言われて高級なお料理屋さんに連れていかれても、貧乏舌には『旨い』とか『甘い』とかそんな抽象的な区分しかできないし、感想も出てこない。テーブルマナーなんて言われた日にはどうしようもない。。
それでは勧めてくれた人があんまりにも不憫じゃないか。




私から言わせれば、二人きりの時に他人の痕跡なんてものはお酒だけで十分だし。


何せお酒というのは良いもので、季節やその夜、その場の雰囲気で味が化ける。
季節を巡るほど生きていれば、その時その時で話題もある。転がる話も、咲く無駄話も摘みきれないほどあるものだ。
私は彼からの報酬みたいな形でしかお酒は頂かないけど、それはまた別のこだわり。
言葉で感謝を示せない男子への妻の配慮なのですよ、ええ。決してお酒が呑みたいだけではなく。。。




とは言ったものの、それが二人きりのデートというものなら、二人の関係で内容が変わるのは当然か。
そう思えば、ことデートコースにおいて鉄板なんてのは無いものかもしれない。






「今夜はどうする?そろそろ甘いものとか食べたくなってきた頃じゃないのか?」




隣を歩く彼は、前を向いたまま訊ねてきた。


意訳すると、
『甘いもの食べたいのでそっちも同じような物を選んでくれると気兼ねなく食べれるんだがどうだろう』
でおそらく間違いない←




こういう時、お夕飯は買って帰るのがいつものお決まりなのだ。
菓子パンとかだと帰り道に食べたりする。お行儀悪いとかそういうのは言わない約束。。。




「ふふ、甘いもので攻めたい気分ですか?




ひょいっと横顔を覗き込んでみると、彼は優しく笑い返してくれた。




「そうだな。いいか?」




おや素直。




「はい、そう仰るのでしたら。」




今日はそういうノリか。なら私も、少し気安くしてみるべきか。
そんな考え事をしていると、ふと彼がこちらを見ていることに気がついて思わずその目と視線を交わしてしまった。




でも彼はすぐには目をそらさなくって、むしろ気付かれたからと開き直ったようにこちらをじろじろと見つめてくる。。




「え、えっと、なにか???」




彼は、いや、と前置きして、




「髪、伸びたな。」




神妙な顔付きでそんなことを言い出した。




「へっ!?は、はいそうですね……!
そろそろ切ろうかにゃーとか思ったり思わなかったりしてるところだワン」




そうなのか、と彼はふいっと前に向き直した。あっにゃーからワンへの渾身のネタはスルーですかそうですか




「………人を見る目はあるつもりなのですけど、ご主人様のことは未だに計りきれませんね。
どうしてそんなにするするっとスルーするんですかするするっと。
スルーだけに。するするっと!スルーだけに!!はい笑え!」




「ぶはっ………、笑え!でダメだった………。。。
ちょっと無理やりすぎなんだが!勢いだけで笑わせるとかそれでも芸人か!」




「芸人じゃねーです!!自分の嫁を芸人呼ばわりとか主人としてそれはどうかと!
つーかご主人様までげーにん言わないで下さいよこんちくしょう!」




「え、悪い、言われてるのか??」




「四季が自分で言いましたからね………」




「あ、さいで………」




あはは、と苦笑い。
んーイケメン。思わずご主人様の好かない食材ってなんだろうなーとか考えちゃったじゃありませんか。。。




「何だろうな、嫌いなもの……美味しく食べれるものなら好きだからなぁ……。」




なぜ嫌いなものから好きなものの話に切り替わったのか。そんなに嫌いなものが無さすぎるのか。。




「好き嫌いの話といえば。
俺は、お前の髪は、長い方が好きだな」










………………突然何を言い出すのか。四季を殺す気なのか。




彼は彼でやっぱり今の発言は恥ずかしかったのか、前を向いたままこちらを見ないように努めているようだった。




なんてリアクションするべきか考えて、いやでも、とすぐまた考え直してを繰り返すこと数秒。




突然何を仰るんですか、四季に死ねと?


↑結局思い付かなかった




「どうしてそうなった。。。」