がちゃり、と玄関のドアが開く音がした。




その落ち着いた音に、まずは安堵の溜め息。
飲み会というから心配していたけど、どうやら足取りはちゃんとしているらしい。




ぱたん、と潜めたドアを閉める音に、続いて迷いなく近寄ってくる足音。
すーっと寝室の戸が開かれれば、そこにいるのはもはや見慣れたはずの顔。




「ただいま。遅くなって悪い」




「とんでもございません。お帰りなさいませ。
遅くまでお疲れさまでございました。」




遅いお帰りだし、頭を下げるよりは笑顔でお迎えする。
嫁なりの可愛さアピールでもあったりするのだ←




彼も私に、お疲れさま、と返してから部屋に入ろうとして、ふと立ち止まった。




「……………とりあえず、荷物を置いて着替えてきます。」




やっぱり少しは酔っているのかもしれない。









前にも書いた気がするが。


私は、彼が時折漂わせてくる『外で飲んできた酒の臭い』が嫌いだ。




物や人を真っ正直に嫌いーだなんて滅多に思わない私なのだけど、あればっかりは気に入らない。




何故、と言われると困ってしまうのだが。
親が年中漂わせていたからだろうか。。。
言ってしまえば独占欲みたいなものもあるのだろうし、
素直に臭いが苦手なので、近くで嫌な顔をしたくないのもある。




仮に、あんまりの臭いに思わず彼に向かって嫌な顔をしてしまったりでもしたら一週間は凹む。くっころモードに突入する。くっころ。
あるいは「ごめんなさい許してください何でもしますから!」ばっかり言うようになる。。。




そうなりたくなくて、いつか彼に冗談めかしてそんなことをお伝えしたのだが、
それ以来、彼が飲みに行かれた日の帰りでも、その臭いはしんと身を潜めるようになった。




我が主人ながら律儀なものだと恐れ入る。
女の言うことを素直に受けとるのはどうかと思うが。
騙されやすかったりするんじゃないだろうか。というか嫌な大人に遊ばれたりしないか。
なんか想像してたら職場の人間を片っ端から呪ってやりたくなってきました。。。
くっ、四季の呪われし右腕がうずくぜ←





少し待っていれば彼は寝巻きに着替えて寝室に戻って来て、




「とうっ」




と、ダイブするみたいにベッドに倒れ込んだ。




「…………………………」




「…………………………」




夜は3時。早朝も間近の深夜である。
だからあまりの眠さにベッドに飛び込むのも、おかしなテンションになるのも仕方ないのかもしれない。そう思ってスルーすることにした。




……今日もお酒の臭いはやっぱりほんの少しするものの、嫌な臭いはなくて、ただのアルコールの名残。




四季の言う、『外の酒の嫌な臭い』はまるでしない。どういう違いなのかよくわからないけど。。




「故意的なスルーは無視っていうんだぞ?それだけで傷付く俺みたいな奴もいるんだぞ?」


↑枕に顔を埋めながら。




追い討ちをかけようと無言を貫いていると、彼はツッコミの口を止めて、不意に真面目な声で私を呼んだ。




「………………カラオケにいこう」


↑枕に顔を埋めながら




「ほわっ!?な、何故そうなったんですか!?」




思わず素で驚いてしまった。。。
だって、そんなの四季が行ったのはお仕事してるときに付き合いで一度行って以来だ。
あ、いや、学生の時に数回呼ばれた気もするかな???
少なくとも慣れてる場所ではない。




彼は返事をためらっていたが、私が無言で返答を待っているのを察してやむなしと諦めたのか、




「……今日仕事の連中と行ってきたから。
他の奴と行って、お前と行かないのは嫌だしさ。」




「そろそろ枕からお顔を上げてください、聞き取りづらいです。。。」




「あっはい」


↑四季の反対側に顔を向けながら。わざわざそっぽ向くなし




……そういえば、先日も似たようなことを言って外食にお誘いくださったっけ。




彼の言い分が嬉しい反面、私が彼を縛っているという点だけは、どうにも困ってしまう。


だけどそんなことは解っているのだろう。
だから彼もこう言って、そのあり方を譲らない。




……そういう自分ルールみたいなのは、私みたいなのだけがやっていればいいのに。




「……まぁ、カラオケでもなんでも、お望みとあれば。
喉を使う機会とか最近ありませんでしたからね!」




そう答えると安心したのか、彼は長い息を吐きだした。




「付き合わせる。」




「どこへなりと。」




「まぁ俺もお前も歌とかほとんど聞かないから大分昔のアニソンとかしか歌えないんだけどな!」




「それは言わない約束です。。。」