空を見上げれば、見渡す限りの曇り空。




暗い夜をより暗く彩るのは、ちょっと色味がかった一面の雲。満遍なく空に広がるその様は、まるで本来、空とはこうであるかのよう。




……それも言い過ぎだけれど。




「ほぁぁ……寒いですねー」




「明日は雪が降るらしい。まぁ、実際にどうなるかはわからないけどな。
何せまだ11月だ、降る方が珍しいんだし




彼はそう言って、ふと私の首のマフラーに手を伸ばしてきた。




「へっ??あの……」




右肩から左肩から、マフラーを優しく叩くようにひとしきり触れて回る。あるいは引っ張る。




「………よし。ちゃんと巻いてるな。」




「え。あ………。えっと。」




お母さんですか、とかツッコもうかとふと考えたが、それを言う前に彼はくるりと踵を返して行ってしまう。




「行こう。」




多分、「寒いから早く行って済ませよう」という意味。




「は、はい。行きましょうか。」




止まっていたら置いていっちゃいそうなその背中を、私は慌てて追いかけた。













「体調には気を付けろよ。近頃、インフルエンザが流行ってるなんて聞いた。俺がもって帰ってくるかもしれないからな」




二、三歩先を行く彼は振り向きもせずにそんなことを言ったが、夜も更けているからか、割としっかり耳に届いた。




「はい。努めます。」




それはそれで悪くないシチュエーションかな、とか妄想が捗りそうだったけどやめておく。。。






ちなみに今さらだけど、こんな夜更けに外に出ているのは、家にあったお酒が思ったより少なかったからだ。




ご主人様も割と呑める方だが呑む方ではないので、足りるかと思っていたのだけど。
お帰りになったあと残りの量を見ていただくと、「酔う前に買い足すか」、と来たのだ。




異論はないけれど、それは何のお酒なのか。そう訊ねると、こう返してきた。




「明日は雪が降るらしい。
それを見るときに、素面でいたら恥ずかしくってはしゃげないだろ」






………便宜上、「明日の雪の前祝い」的なものと解釈しておくけど。
可愛らしいというか、冗談じみているというか。相変わらず、この方の考えというのは、四季の範疇の外にあるようだった。










おでんというのを自作したのは今年が初めてで緊張したけど、好評だったので今日のおつまみはその第二段。




あと湯豆腐と肉じゃが。………あれ?今思うと、何か汁汁しいような?シルシルしいってなんぞそれ。




お酒には、四季からの注文で、梅酒in桜の葉(というかリキュール?)を。
酔ってしまいたいということなら、飲みやすいのにちゃんと度があるこの辺りのお酒が良いだろう。
それに、軽い気持ちで呑むアルコールなら日本酒よりはそっちの方が気が楽だし。




「はい。それでは……、明日の雪に、ですか?」




ワイングラスとかみたいなのは持ち合わせがなかったので、半透明なとってのないコップ?的なものにその桜色のリキュールを注いでお渡しする。




「そんなんかな。あと明日の俺の休みに。」




「はい。乾杯、です。」




ちん、と小さな音を鳴らして、そのあと優しく目を交わす。




………臆面もなしに私を直視するその目も、やはり私には解らない。


男なら目があったら恥ずかしがるとかなんとかするものだと思うのだけど、この方はあまりそういう風にはされない。




多分単純に、「目を見て話す」ってことを大事にされてるんだと思うけど。
それを恥ずかしいとか、そういう気持ちより大事に保っていられるその生真面目さにちょっとだけ感心しつつ、でも悔しいというかなんとゆーか。。。




「………全然、酒の感じがしないな。度数は………、低くないのか。へえ。
いや、こういうのも、たまには悪くない。」




ちょっとおつまみの量が多いですから、残ってたのとこれも呑みきっちゃいますか。
ふふふ、飲み比べです!勝負です!」




「お前は日によって弱かったりツヨカッタリガ激しいからなぁ………、今日はどうだ?調子は。身体の。」




「あ、はい、それは、平気です、けど。
むぅ……。よくご存じで。そうですよ、四季は弱いとき弱いですー。」




ちょっと気にしてたところだったのでふてくされてみると、いや、拗ねないでくれ、と普通に謝られた。




「まぁ、でも酔ったお前にも興味はあるな。寝ちゃうくらいは見たことあるが、たまには酔っぱらいじみた言動も見てみたい。
先に言っておくと動画にして保存してしまったら許してくれ。」




「うんマジ許さねぇ☆」




……お酔っぱらいじみたこと、なんてのはちょっと四季にはハードルが高い。




お酒をやたらと畏まって頂くようにしている四季的にはそもそも無縁である。だから、下手に間違わない限りはそもそも酔いが身体に回る前に止めてしまうし。






桜色のそれは、ちょこっとだけ炭酸っぽくて、甘くって。




ジュースだと言われたら間違って飲んじゃいそうなその口当たりに、つい器を空にするペースは早く、数が多かったかもしれない。




「四季。明日の予定は?」




「………いえ。明日は寒いです。ゆっくり屋根の下で暖をとる、っと洒落混みましょう」




そうだな、と彼もお酒を進めていく。




……本当は、見たい景色があった。




中々アルコールが回った気がしない頭に浮かんでいたのは、青暗い朝を飾る綺麗な雪景色。




それはなんて優しくて、儚いのだろう。




シラフでははしゃげない、なんて彼は言っていたけれど。私はそうでもないのです。




だって、あなたといる今は四季にとっては夢物語。現実感にかける毎日は、いつも酔っぱらってるようなものなのですから。




だから寒い季節を迎えては、寂しい夜空に儚く散る雪を見上げては、おかしな方向に安心してしまうのです。




ああ、おとぎ話のようだ、と。




……深いところを掘り下げすぎた。らしくもなく酔ってるのかな、なんて思いながら、しばらく黙ってお酒をいただいた。






























窓を開ければ、雪が降っていた。









青暗い、日の見えない空を、いや辺りを目一杯に飾る白い大粒。




降りゆくそれに手を伸ばすと、ふと、その手を後ろから伸びてきた手に掴まれた。




「冷えるぞ。よしておけ」




「………おはようございます、ご主人様。
もう、ちゃんとシラフじゃありませんか」




彼はここでは私に目を会わせず、いや、どうかな、と呟いた。




「……どちらにせよ、雪を前に喜ぶのは子供だよ。その点、俺もお前も合格だ。何せ別段大人にこだわる変なプライドも持ち合わせてないだろ」




子供扱いされるのはシャクですけど。




「それで構わないのでしたら。」




「構うもんか。綺麗なものは綺麗なんだから仕方ない。」





それが儚いものだとしても?




それとも、それが儚く消えることなんて関係なく?




そんな問いはできるはずもなく。私はもう一度、窓の外に振り返った。




彼も合わせて窓の外に目をやった隙に、その肩に横から寄りかかってみる。




「お、おい。」




「………ちょっとだけ、このままで。いけませんか。」




「…………いや。いいけどさ。」




諦めたようなため息を漏らして、彼は外にまた目を移す。












「……綺麗ですね。」




「え、あー、えー、お、お前の方が綺麗だけどな、きりっ…………とか…………?」




「朝一番からそんな面白可笑しいフリとかしませんから!!」