がたんがたん。がたんがたん。




懐かしい音と、懐かしい風景。
揺れる車内と、窓の外を過ぎゆく緑を見て思い出す。ああ、そういえばこんなものだったか、と。


昔私が利用していた頃は通勤ラッシュよりやや手前の時間帯だったので、乗り合わせる人は多くも少なくもなかったのだったっけ。
今はお昼。席に座る人影はまばらで、話し声なんて聞こえもしない。




ふぅ、と深呼吸めいたため息をひとつ。




……それは何となく、過ぎ行く窓の外の風景が、かつて私がこの電車を利用していた頃から今までに経った時間を思わせたから。


良いのか悪いのかよく解らなかったので、満足げにため息なんぞ漏らしてみたのだ。




「次だぞ。」




隣に座る彼の言葉にはっとする。物思いに更けるのはここまでか。




「はい。お荷物、お忘れなく」




うん、とどこか固い表情で、遠くを見たままで彼は頷く。
……きっと、彼にも思うところはあるのだろう。ともすれば、私が自分に思うよりもより深く。




電車を降りて改札を過ぎれば、二度懐かしい景色に降り立つ。






そこは、私が高校時代に使っていた駅からの景色で。




この駅の改札前というのは、結婚が決まってから卒業までの半年、彼がちらほら約束もなしに私を待っていた、お決まりの場所だったのだ。












彼と私が二人暮らしを始めたのは高校を卒業してすぐのこと。




ちなみに、彼と初めて顔を会わせたのは高校二年の、夏か秋。
確かご主人様のご友人が私の学校にいらしたとかそんなので、文化祭に来てみたら一人しかメイドがいないメイド喫茶とかいうあからさまな詐欺的商法にまんまと引っ掛かったのが私とあの方の初対面。。四季のご主人様呼びはその名残というか、ネタを未だに引っ張っているものだったりするのである←


……実は四季からはもっと幼い頃から一方的に知っていたのだけど、それはおそらく本当に一方的なので数えないでおく。














「よくここで待ち合わせしてたよな」




何の感情も抱かせない、静かな思い出語りだった。




「あれは待ち合わせとは言いません、待ち伏せです。。今だからぶっちゃけますけど、結構心臓に悪かったんですからね?
四季の数少ない知り合いにも何て説明したら良いやらで。」




友達って言ってやれよ、とか苦笑いでぼそっと呟かれたが、それも何と申しますか。割と孤独系女子だったもので←













「確かここを真っ直ぐだったから……、あぁ、あそこか?ほら、パン屋」




彼がそう言って指差すのは、かつて私が毎日学校のお昼休みに通っていたパン屋さん。というか喫茶店?







この日、ここに来ようと誘ったのは、果たしてどちらだったのか。




あのパン屋行かないか?ほら、駅の近くの』




そんな風にお誘いを受けたのは昨日のこと。




金曜日、お休みの最後の日ですけど、ちょこっとお時間頂いてよろしいですか?』



なんて言って、ここに彼を連れてこようと目論んでいたのがお休みに入った初日のいつだか。




同じ場所に行きたいと思っていたことにときめくべきか、それとも、かつての思い出に頭を溶かすべきなのか。
それとも、もっと別のことを思い出すべきなのか。


どれか一つだけに専心できないのはケモミミさんの悪い癖だ。良いことを考えると、すぐにその逆とか、報復みたいなものを連想してしまう。


食事と生き物の死、殺害が直結するように。幸せには裏を返せば必ずそれを得られなかったモノのなれの果てが張り付いている。でなければ、偶然得られた幸福なんてモノは必ず誰かが壊しに来る……そんな条件反射みたいな恐怖がぬぐえない。


それをただの悪癖だと思って、考えるのをやめようと思えないから始末が悪い。夢見る少女になりきるのにも、冷たい大人になりきるのにも、私は少し耄碌してしまっているらしい。













「カレーパンはやっぱりパン屋の物が旨いな……コンビニとかのとは別物。美味である。あ、半分食べるか?」




「はい!四季はあのお店だとこちらのメロンパンがおすすめなのでー、半分こしちゃいましょう!
あとはやはりあんぱん、あんどーなつなどシンプルなものは違いが出ますねー。
逆に少し凝ってるものはお値段張っちゃって、手が出しずらいなーなんて。。」




昔はこの、菓子パンを半分こするのがあんまりにもはずかしくって、彼の申し出にはビックリしたものだった。


それが今では自然とそんなことをするようになっているのだから解らないものだ。きっと当時はこうなるなんて微塵も思わなかったのだろうな、なんて笑いがこぼれた。
ただ、そんな事にもふと昔の自分を思い出す。




昔の自分を思い出す、なんて言って、それはここに限っては『嫌な思い出を振り返る』に他ならない。
それは別に、ふと思い出してしまうというだけではなく。覚えていなければいけないと思うのだ。自分の至らないところ。自分のした悪いこと。そういう、自分が忘れてしまったら誰の記憶にも残らないものは、自分が許してあげなければ最後までただの悪い思い出で終わってしまう。




人付き合いについて特にそうなのだが、四季は何事にも『終わり』を重要視する。


別れ際が嘘いつわりなく綺麗であれば、内容が多少反発してたりネジ曲がっていてもお互いの気持ちはさっぱりとしているもの。後腐れもないし、後悔もない。  


逆に、別れを惜しむばかりに何も残せずにただ会えなくなってしまうとかはタチが悪い。離れた側も残された側も、仲が良かったはずのその人を思い出した時、その最後の心残りが真っ先に脳裏をよぎる。
良い思い出を残した親友のイメージが、そんな陰りひとつで帳消しになってしまう。




人と関わるときは、まずその人との別れ際を想像する。そしてイメージしながらお話しする。それだけは、四季の人付き合いにおける絶対条件だ。
別れ際は思い出に直結するもの。それは多分、四季でなくてもそうだろうから。
良い別れ際を何となくイメージしながらお話ししていれば、間違ったことは言えなくなる、という寸法なのである。





そんな考えだから、少し時間のあるときに、こうして昔の記憶を彼と一緒になぞってみたかったのだ。
今の私が、どれだけあの頃の自分を許せているのか、知りたくて。




……だから、誘ったのはどちらだったのか。言葉にせずとも何となく、四季がどこに行こうと言いだすのか伝わってしまっていたのなら。
それは結局、四季の気持ちを汲んでくださっただけじゃないか、とか思ったりしてしまったのだ。









「あー……たい焼き屋、無くなったのか。まぁ、あんまり人気なかったしなぁ」




そこはたしか、たまに一緒に買って食べたりしたたい焼き屋さん。今は屋台ごと無くなって、その後ろに何やらお花屋さんが出来ていた。




「当然ですが、変わっていくものですね。お好きでしたか?ここ。」




「いや。思い出の場所、みたいなものだったから。残念だっただけだよ。」




「ふふ、可愛らしいことを仰いますね。でもほら、残念がっては今あるお花屋さんに悪いですし。」




実際は私も残念だったのだけど、彼が残念がってくれたのでそれとは違うことを言っておく。




納得したのかしないのか、彼は何も言わなかった。









それから、帰りは歩いて帰った。




距離はよくわからないけど、駅にして4つの距離。かかった時間で言うなら、2、3時間ほどか。




何せ色んな寄り道をした。ここではこんなことをした、ここにはこんなのがあった、なんて、彼と私が一年間で共有した学生時代の思い出を全部振り返って見ようとするかのように。




……思えばあの頃から、きっと彼は私を心配して、守ろうとしてくれていたのだと思う。




そんな自覚はなかったけど、もしかしたら落ち込んで見えたのかもしれない。どちらかと言えば荒んでいた気もするけど、彼にそうさせる何かがあったのかもと、今では思う。


……ああ、なら、それも貸しだろうか。これ以上負債で背中が重くなるのは、さすがの四季も肩が凝ってくるというものなのですが。





「悪い、付き合わせる。足は疲れてないか?」




「大丈夫です!最後までお供しますよ。」




付き合っているのはそちらなんだし。




自販機でジュースとか買ったりして、歩きデートの醍醐味ですね!とか言ってみたり。



変わっていく町並みを見て憂いてみたり。セミの声に怖がってみたり←




色んなことを思い出した。色んな思い出を口にした。……もしかしたら昔の嫌なことで頭が一杯になるんじゃないかとか思ったりもしたけど、実際にはそんなことはなくて、ちょっとだけほっとしたのは内緒のお話。









月並みですが。あなたと一緒なら、それだけで私は幸せみたいです。




……なんて。幸せでいる瞬間っていうのが、実のところ、一番怖いんですけどね。















「ただいま。」




「はい。お帰りなさいませ、ご主人様。お疲れさまでした」




そんな風に、気がつけばもう帰ってきていた。




あれ?もう??早すぎません???とか脳内ツッコミもままならないうちにお飲み物の用意とか無意識にしだしてて、自分の嫁力に感心しつつ『あっ、デート終わった』と悟り。。。




そうして、もう一度その日の出来事を振り返ってみた。




「……ご主人様。こう、お訊ねするのは野暮なのかもしれませんが。
本日の、デートスポット?にあの辺りを選ばれたのは、何か理由があったりとか……?」




「………散歩がしたかったから、じゃだめか?」




「いえ、ダメでは……ありませんけど。」    



「じゃあ、楽しかったか?」




「そ、それは、はい。もちろん、感謝いたしますというか、何と申しましょうか……、」




と、ぽすっとちょっと強めに頭に手を置かれて(いてぇ)




「ならいい。俺も楽しかったよ」




不意打ちと共にこちらを見下ろす、いつも通りの不器用な笑顔。




……その優しい笑顔が、未だに慣れない。近くで見てしまうと、困ってしまう。




でもすぐにそっちから目をそらしてしまううぶさ加減がおかしくって、つい、笑ってしまった。




「ふふ、イケメン度大幅アップのチャンスだったんですけどね。そーゆうときはもう少しちゃんと笑うものだと思いますよ。」




「別に無表情って訳じゃないと思うんだけどおかしいな……。。」