鬼平犯科帳 座頭と猿~池波正太郎の三大シリーズをたしなむ~ | 池波正太郎・三大シリーズをたしなむ

池波正太郎・三大シリーズをたしなむ

小説家・池波正太郎の代表作「剣客商売」「鬼平犯科帳」「仕掛人・藤枝梅安」(三大シリーズ)の原作の解説や見どころを紹介しています。
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座頭と猿~池波正太郎の鬼平犯科帳をたしなむ~

 

蓑火の喜右衛門のつとめを手伝うべく、盲目の按摩師をよそおって三徳屋に出入りしていた彦の市。しかし、蓑火一味の自滅によって三徳屋でのつとめも白紙になりました(詳しくは「老盗の夢」を参照)。

 

今回は鬼平犯科帳の1巻第7話「座頭と猿」は、蓑火一味の残党(?)、彦の市に焦点を当てたエピソードです。

 

あらすじ1)

蓑火の喜右衛門と配下3人が相討ちで果てた頃、彦の市は三徳屋で彼らが来る時をじっと待っていた。

 

しかし、何も知らされないまま朝を迎え、後日、喜右衛門たちの真相を知った。

 

ちなみに、相討ちとなった現場には長谷川平蔵がみずから出向き、蓑火の喜右衛門の身元を判明させた。こうなれば、いずれは彦の市にも火の粉がかかりかねない。さいわい、彦の市は目をつけられておらず、春には三徳屋の姉が嫁いだ牧野家への出入りするようになった。

 

牧野家は、愛宕下に屋敷を構える御城医師であり、当主の牧野正庵の妻が三徳屋の亭主の姉・お沢であった。座頭と偽りながら、按摩の腕はかなりの彦の市。牧野家からもすっかり気に入られた。

 

また、愛宕下の茶店でおそのという茶汲女と知り合い、彦の市は夢中になった。薄幸な身の上であるおそのは彦の市の口車にまんまと乗せられ、茶汲女をやめて彦の市の囲いものとなった。

 

彦の市の麹町横丁に移り住んだおそのであったが、一緒に暮らすうちに違和感を覚えるようになった。最初こそ人の好い感じであったものの、3か月が経った頃には彦の市の欲望の深さに気味悪さを感じていた。さらに、彦の市はおそのが1人で外出することを許さず、離れて暮らす父親の見舞いにすら行かせたがらない。

 

お金も使わせてもらえず、父親の見舞いすら許されない不自由な暮らしを強いられるおその。同時に、彦の市はただの座頭ではないと察し、彼の巧妙な手わざに溺れる自分にぞっとしていた。

 

ある日、父親の長屋の隣に住む青年・徳太郎がやってきた。徳太郎は上総の生まれで、身寄りもなく、1年前に長屋に越してきた小間物商だった。おとなしいが人柄が良く、おその父親の面倒もよく見てくれる。

 

また、徳太郎はおそのの事が気になるようであり、彦の市のもとを出て行こうか迷うおそのに対して、そっけない返事をする。外は五月雨が降る中、おそのと徳次郎は抱き合い、その後も父親の見舞いを口実にあいびきを重ねるようになった。

 

柴井町の蕎麦屋・東向庵の二階の小座敷で落ちあい、時にはおそのの身体へ痕が残ることもあった。しかし、彦の市が盲目だと信じて疑わないおそのは「どうせ見えやしない」とばかりに安心しきっていた。

 

あらすじ2)

夏になり、小間物商に出ていた徳太郎は浅草・鳥越にいた。松寿院門前で花屋を営む前砂の捨三を「とっつあん」と呼び、べらんめえ口調を使っていた。

 

実は、徳太郎の正体は大盗賊・夜兎の角右衛門の配下であり、頭のはからいで江戸に残ることになった。夜兎一味は中国すじにおり、江戸に戻ってくるのは来春とのこと。話の話題はお園が囲われた座頭・彦の市だった。

 

徳太郎は彦の市を見たことがなく、顔を拝みたいと願うも捨蔵に厳しく止められた。同時に、おそのからは手を引くように言われるも、徳太郎は本気にしない。

 

中国すじのつとめにいけず、暇を持て余す中、蛇の平十郎から徳太郎を借りたいとの依頼があった。もちろん、平十郎の噂は徳太郎も耳にしていたし、どんなしかけをするのか楽しみだった。

 

一方、おそのは泊りがけで父親の見舞いに行くこととなった。万事にはケチな彦の市でも、おそのが着飾ることにはお金を惜しまない。表面では快くおそのを送り出す彦の市。しかし、内心ではおそのと通じている男への憎悪がみなぎっていた。

 

男の正体を掴んで殺してやろうと、おそのの尾行に出た彦の市。もうすぐ大きなつとめが舞い込んでくると読み、つとめが終われば江戸を離れなければならない。来年の春にはおそのとも別れなければならず、その間、おそのに他の男の指が触れるのが許せなかった。

 

大仕事を控えていながら、色事で人を殺めることは仲間内で禁止されていたものの、彦の市には掟よりもおそのの方が大事だった。まあ、仲間内にバレなければよいとの考えから、情夫も殺すつもりだ。

 

父親の見舞いを終え、あいびき場所の東向庵に入ったおその。その後、徳太郎もやってきて、彦の市は物陰からその姿を確認した。一方、彦の市に怪しまれているとは梅雨知らず、おそのは徳太郎に夢中だった。

 

しかし、徳太郎は蛇の平十郎とのつとめで頭がいっぱいだった。前日には、砂の捨蔵の紹介で紋蔵と対面した。つとめを終えればおそのと別れなければならない、その前に彦の市と病気の父親を殺し、おそのを楽にさせようとも考えていた。

 

彦の市が蛇の平十郎の一味であることは承知の上である徳太郎。彼もまた、夜兎の角右衛門の配下で、尾君子小僧の異名を持つ軽わざで知られる腕利きなのだ。

 

それから5日後、長谷川平蔵によって盗賊・五十海(いかるみ)の権平が逮捕された。凶悪な犯罪ゆえに翌日は、一味八名が品川の刑場で磔刑となった。

 

平蔵の凄まじいやり方は盗賊界の警戒心を高め、平蔵の目が光っている今、江戸でのつとめを控えるべきとの考えを持つ者もいる。前砂の捨蔵もその1人であり、このタイミングで江戸のつとめに出る蛇の平十郎を苦々しく思っていた。

 

また、平十郎が助っ人を雇うことを決めた背景には、腕利きの配下がいなくなったことを意味し、お頭の衰退をそれとなく感じていた。同時に、徳太郎には盗賊の掟に背くような真似をするくらいなら手を引くように忠告した。

 

あらすじ3)

徳太郎が長屋に戻ると、おそのの父親の住むあたりに人だかりができていた。実は、父親が突然亡くなってしまい、麹町長屋からおそのも駆けつけた。思わぬ形で父親が亡くなり、残りは彦の市だけになった徳太郎。やるなら今しかないと思い立ち、短刀を懐に忍ばせると麹町長屋へ向かった。

 

同じころ、彦の市のところへ、紋蔵の使いの者が伝言を持ってきた。大事な知らせがあると思い、紋蔵が営む白玉堂へ向かう道中、内心ではおそのと徳太郎のことで頭がいっぱいだった。

 

紋蔵から浜松堀の千賀道有宅に出入りするように命じられた彦の市。千賀家は、将軍の脈とりを許された医者であり、広大な敷地を有していた。また、当主の道有は牧野家の内儀とはいとこ同士であった。

 

三徳屋と同様、千賀家に入り込んで内情を一味に知らせる役目を担った彦の市。ひとまず来春までに探りを入れてほしいとの命令で、大きな仕事を予感させた。

 

彦の市が長屋に戻ったのは五ツ(午後8時)だった。風のない蒸し暑い夜であり、井戸水を使おうと向かうと塀におかれた鯵切り包丁が目についた。危ないとばかりに包丁を手に取ると、自身の長屋の内側から何者かが出てくる気配がした。

 

月明りでお互いの顔を見ることができ、相手が目指す相手だと知った2人。徳太郎が短刀を引き抜こうした瞬間、すでに包丁を握っていた彦の市の刃が食い込んだ。絶叫をあげて息絶える徳太郎。

 

ふと、我に返った彦の市は、徳太郎の悲鳴が長屋の人々に聞こえたと警戒してその場を去った。その後、徳太郎の死体は長屋の人々に発見され、盗賊改めの取調べを受けることになった。

 

あらすじ4)

麹町長屋の人々は徳太郎の顔を見たことがなく、土地の御用聞きなども調査にあたったが手がかりが掴めない。しかし、現場が彦の市宅の前だったことから、おそのに確かめてもらうことにした。

 

おそのの反応から死体は徳太郎と判明し、彦の市を含めた3人の関係がおおよそ分かった。しかし、徳太郎と彦の市がそれぞれ盗賊であった事実を、おそのは知る由もなかった。

 

一方、徳太郎を殺した犯人について彦の市が浮上したものの、彼が出入りしていた家を調べても有力な手掛かりは掴めず、犯人と断定できずにいる。ついには奉行所も投げやりになってしまったが、平蔵だけは違っていた。

 

どうも彦の市が怪しいとにらみ、調査を続けた。聞き込みの結果、飯倉町三丁目の唐物屋白玉堂の主人との関係が浮上したものの、白玉堂を見つけ出すまでに時間がかかってしまった。また、盗賊改めの手入れが決行された時には、すでに白玉堂は主人公・奉公人の全てが去った後だった。

 

同じころ、花屋を営む前砂の捨蔵も店をたたんで江戸を離れ、この事件の真相を知る者は誰もいなくなった。

 

おそのは以前、身を置いていた茶店で茶汲み女として働いていた。おそのはもう、昔の男のことはすっかり忘れており、その日を懸命に生きていた。

 

-鬼平犯科帳 座頭と猿 終わり-

 

鬼平犯科帳 座頭と猿の登場人物

盗賊

彦の市:蛇の平十郎の配下であり、一味の中では下層にあたる。盲目を偽りながら按摩師をしており、一味ではターゲットとなった屋敷の内情を探ったり、仲間を内部に引き込む役目を担う

 

徳太郎:おそのの父親の隣に住む小間物屋の青年。その正体は、夜兎の角右衛門の配下であり、尾君子小僧の異名を持つ。「尾君子」とは猿のこと。

 

前砂の捨蔵:夜兎の角右衛門の配下であり、先代から使える古株。江戸のつなぎを担っており、天寿院門前で花屋を営んでいる。「老盗の夢」では、蓑火の喜右衛門に配下を紹介する。

 

紋蔵:蛇の平十郎の配下。飯倉町で唐物となった

 

その他

おその:愛宕下の茶店で茶汲み女をしていたところ、彦の市に見初められる。麹町長屋に移り住んでからは、徳太郎と恋仲になるが…。

 

三徳屋:蓑火の喜右衛門一味が押し込みを計画した商家。一味の自滅後も彦の市は出入りを続けている。

 

牧野正庵:御城医師を務める人物で、愛宕下に屋敷をかまえる。三徳屋は妻の実家であり、彦の市も出入りするようになる。

本日の捕物

五十海の権平一味

今年の正月ごろから江戸市中で七か所の盗みばたらきをやる。被害者は男女ふくめて18名。

 

長谷川平蔵に逮捕され、取り調べも受けないまま翌日には一味8名が磔刑となった。

 

鬼平犯科帳 座頭と猿の見どころ

見どころ1)自滅を免れた彦の市のその後は?

助っ人を引き入れたために、壮絶な最期を迎えた蓑火の喜右衛門。一方、三徳屋で仲間がくる時を待っていた彦の市は、その後どうしていたのか気になった方もいるでしょう。

 

喜右衛門の死によって三徳屋のつとめは白紙に戻ってしまったものの、彦の市は蛇の平十郎の配下であり、彼にとっては蛇一味のつとめの方が重要です。

 

蓑火のつとめが無くなったその後も、三徳屋に出入りしていた彦の市。その目的は、蛇一味の新たなつとめに向けた伏線を張るためであり、三徳屋とのつながりで千賀道有宅に出入りさせるためでした。

 

しかし、彦の市のある不始末が原因でおつとめは計画倒れになり、一味は江戸を離れることを余儀なくされました。もちろん、彦の市も江戸を去ったものの、彼が蛇一味と行動を共にしているかは怪しいでしょう。

 

あらすじ2)1人の女に翻弄された2人の男

おのれの欲情をみたすためにおそのを引き取った彦の市。おそのを自由にさせることを良しとせず、父親の見舞いにすら自由に行かせない束縛ぶりだった。かといって、おそのに愛情があったわけでもなく、単なる執着とも呼べそうだ。

 

もちろん、おそのだって束縛が強い彦の市に嫌気を覚えるのも無理はないし、はかなげな美青年・徳太郎と恋仲になってしまうのも無理はないでしょう。しかし、おそのが恋焦がれた徳太郎は偽りの姿であり、盗賊らしい気性の持ち主だった。

 

おそのに執着する彦の市、徳太郎との恋に溺れるおその、一方、徳太郎はおそのに対して愛情はあったのでしょうか。私はあったと考えています。恋心とは少し違うものの、おそのを不幸な身の上から解放してあげたいという愛情でしょう。

 

徳太郎が蛇一味の助っ人として加わり、彦の市とも協力関係になった2人。しかし、2人が顔を合わせることはなく、おそのを巡る敵対関係が出来上がっていました。もちろん、2人の間に何かが起きると察して忠告する者もいたものの、最後は徳太郎が殺される悲惨な結果を招きました。

 

この一件は、蛇の平十郎一味が夜兎の角右衛門一味を裏切ったことを意味し、情婦をめぐる争いとなればなおさら。盗賊界ほど裏切りに対する粛清はすさまじく、彦の市もただでは済まされないでしょう。

 

あらすじ3)勢いを増す鬼平と盗賊改め

火付盗賊改め方の長官が長谷川平蔵に変わって以降、凶悪な盗賊が次々と逮捕され、江戸市中はつかの間の平穏が訪れたでしょう。同時に、盗賊界にとっては生きづらい世の中になってしまい、鬼平が生きているうちは江戸でのつとめは控えた方が賢明だと考える者も…。

 

今回も鬼平がメインのエピソードではなかったものの、本編の裏では盗賊の逮捕に精を出しています。盗賊界も大きく変わり、むごたらしい盗みばたらきが増えると同時に、鬼平の腕も冴えわたります。

 

逮捕後まもなく刑を執行することで、盗賊へのみせしめをする鬼平。一方で、鬼平へ挑むようにあえて江戸でつとめをする盗賊たちもいます。

 

現時点で盗賊改めが狙っているのは蛇の平十郎一味。徳太郎の事件は詳しい取調べこそ行われなかったものの、鬼平の直感により彦の市が関係者に浮上しました。彦の市は傍から見れば盲目に見えるも、鬼平の目は誤魔化しきれないでしょう。

 

彦の市はおつとめの裏方であり、彼が怪しまれることはないと安心している蛇一味。しかし、鬼平に目をつけられた以上、蛇の平十郎が捕まる日はもうすぐでしょうか。

 

鬼平犯科帳 座頭と猿まとめ

「老盗の夢」の後日談として、彦の市の身に起きた出来事を描いた「座頭と猿」。1人の女を巡る他盗賊の若手との色事のあらそいは、蛇の平十郎と夜兎の角右衛門の関係を悪化させたに違いありません。

 

盗賊改めだけでなく、夜兎一味の恨みを買う羽目になった彦の市。何かを失うことや命を奪われることへの恐怖が、すさまじい執着を生み出しているでしょう。

 

さて、6月に投稿を開始した鬼平犯科帳。原作1巻のエピソードも残り1話となりました。

 

次回の投稿は、7月24日(水)を予定しています。

 

最後までお付き合いいただき、ありがとうございましたニコニコ