鬼平犯科帳 老盗の夢 | 池波正太郎・三大シリーズをたしなむ

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老盗の夢~池波正太郎の鬼平犯科帳をたしなむ~

 

鬼平犯科帳・1巻第5話にあたる「老盗の夢」。今回は、血頭の丹兵衛の終盤で登場した蓑火の喜之助にまつわるエピソードです。

 

東海道で小房の粂八と再会し、京都に眠る情婦の墓参りに向かった喜之助。ある女性との出会いをきっかけに運命が大きく変わっていきます。年甲斐もない夢を持ってしまった老盗はつとめを再開することとなり……。

 

あらすじ1)

東海道で小房の粂八と再会した蓑火の喜之助。

 

京へ向かう道中、江戸をにぎわせた血頭の丹兵衛の末路を知り、彼の没落ぶりに胸を痛めながら京へ辿り着いた。

 

五条橋・東詰にある藤やで寝泊まりをしながら、瓜生山のすそにある情婦・お千代の墓参りを日課にしていた。

 

お千代は、伊賀の音五郎という盗賊の女房であり、喜之助との出会いは亭主が処刑された後だった。大坂・千日前の刑場で火あぶりに処された音五郎。生前、残されていくお千代へ喜之助を頼るようにいいつけ、音五郎の処刑後、お千代は喜之助が営む宿屋をおとずれた。

 

宿屋は藤やといい、盗人宿としても機能していた。しかし、8年前に喜之助が盗賊界から足を洗った際、幹部の源吉に譲った。亭主となった源吉も頭の後を追って足を洗い、堅気として宿屋を営んでいる。

 

お千代が亡くなって20年、67歳となった喜之助は今でも情婦を忘れることができない。年のせいもあり、涙もろくなった自分に情けなさを感じつつ、気が付くと夕暮れになった。

 

藤やに戻ろうとした矢先、お千代に瓜二つの女性と見かけた喜之助。人違いだと思いつつ、あまりにもそっくりなことに驚き、尻餅をついてしまった。喜之助がころんだとこを見かけ、介抱にあたった女性。彼女は、このあたりの坂の上にある不動産へ参詣した帰りだった。

 

その晩、喜之助は藤やに戻らなかった。また、この日を境に、喜之助は一日置きに出かけるようになり、外泊も多くなった。源吉は、最初こそ頭の新たなつとめを予感したものの、よそに女が出来たと直感した。

 

喜之助の相手の女性はおとよといい、お千代の墓参りの帰りに偶然であった女性であった。おとよは、愛宕郡・山端の茶屋・杉野やの茶汲女であり、亡きお千代と同じく、ふくよかな体形だった。

 

その日は、杉野やで夕食を食べて帰るつもりだったものの、楽しいひと時を過ごして酔いつぶれてしまった。もちろん、おとよとは関係を持っていないものの、藤やに戻ってからはおとよの事が気になってしたかがない。

 

杉野やに通い、おとよの接待を受けるうちに、胸の内で抑えていたものが一気にはじけた。年甲斐のないことと思いつつ、死ぬ前に夢をみようとおとよに夢中になった。

 

この年になって20歳のおとよと巡り合ったとも何かの縁。おとよを江戸へ連れて行き、贅沢をさせたいとの思うも、まずはお金が必要だった。おとよにしばしの別れを告げ、秋までには戻ると約束した喜之助。一方、源吉には置手紙だけをのこして藤やを後にした。

 

あらすじ2)

京都から江戸までの道のりは、東海道は百二十五里二十丁もある。今回は、つとめのための資金調達もしなければならなかった。道中、立ち寄った宿屋で盗みを働き、江戸に着いた時には百十ニ両に達した。

 

かつて大盗賊として名を馳せた喜之助にとって、鼠働きと呼ばれるせこいやり方は好ましくない。しかし、老年となった今では昔のようなつとめはできず、そんな自分に恥じながらも真の盗賊としてのモラルは貫き通す喜之助であった。

 

江戸では、むかしなじみである日本橋・十軒店の宿屋・丸屋仙太郎方に入り、翌日には浅草・鳥越にある松寿院の門前の花屋へ入った。花屋の亭主は前砂の捨蔵といい、大盗賊・夜兎の角右衛門の配下だった。今回のつとめを夜兎に頼もうとした喜之助。しかし、夜兎一味は、芸州・広島城下のつとめに出てしまい、不在だった。

 

先代の角右衛門も本格つとめの盗賊であり、喜之助とも親交があった。また、捨蔵も喜之助に対して好意を持っていた。そこで、喜之助がつとめを再開したいきさつを聞き、夜兎の下で働きたいと申し出てきた腕利き3人を紹介することにした。

 

その3人は大盗賊・蛇(くちなわ)の平十郎を通じて捨蔵に口聞きがあり、喜之助も平十郎とは2度ほど顔を合わせたことがあった。ちなみに、平十郎が紹介した3人は、野槌の弥平一味の残党であり、喜之助にとってあまり好ましくない人材だった。

 

しかし、長谷川平蔵が火付盗賊改方に就任して以来、血頭の丹兵衛のような大物の盗賊ですらいお縄にかかる世の中。盗賊界では、鬼平が健在のうちは江戸のつとめは控えた方が身のためともささやかれる。

 

鬼平の凄さは噂で聞いていた喜之助。同時に、鬼平と張り合ってみるのも面白いと考え、捨蔵を通じて例の3人を紹介してもらうことにした。

 

後日、前砂の捨蔵によって喜之助に引き合わされた3人。名は、印代の庄助、火前坊権七、岩坂の茂太郎。また、蛇の平十郎から座頭の彦の市も差し向けられ、喜之助によるつとめがはじまろうとしていた。

 

今回は、四谷御門外にある蝋燭問屋・三徳屋治兵衛方の金蔵に目をつけた。三徳屋は、江戸城への出入りを許された由緒ある大店であった。また、喜之助が武州・蕨で同棲していた女性・お幸の夫が、三徳屋の通い番頭だったこともあり、生前のお幸から内情を聞いていた。

 

三徳屋は大店であるものの、こじんまりとした構えであり、奉公人の数も少ないことで有名だ。また、近くで按摩業をはじめた彦の市の評判を聞きつけ、三徳屋の主人が彦の市を呼ぶことが多くなり、泊る日も出てきた。

 

彦の市からの情報を元に計画を練る中、月日はもう師走となった。年内に京へ戻ることが難しくなった喜之助は、正月明けには戻るとおとよに手紙をしたためた。そんな中、彦の市が三徳屋へ泊りがけで按摩をほどこす日が決まり、一味はその日を押し入り当日と定めた。

 

あらすじ3)

十二月十三日。

 

四谷・天馬町一丁目にある貸座敷・玉やへ蓑火の喜之助一味が入った。玉やは、あの野槌の弥平一味の盗人宿であり、一味にとって都合の良い場所だ。押し込みを明日に控え、最後の打ち合わせに取り掛かる喜之助たち。

 

蓑火の喜之助の一味として、野槌一味がしていた手荒な真似はするなと念を押す喜之助。しかし、計画に加担する盗賊たちの様子がどうもおかしい。かすかな違和感を覚えた直後、喜之助は庄助、権七、茂太郎に襲われた。

 

気が付くとさるぐつわを噛まされ、手足を縛られていた。実は、喜之助を利用して、三徳屋の金品を奪う計画だったのだ。かつて盗賊界で腕を鳴らした蓑火の喜之助。三徳屋を通じて、3人に真の盗(まことのつとめ)を知らしめたかった。しかし、庄助たちに利用される側になってしまい、老いぼれとなった喜之助を始末するつもりだ。

 

気絶したふりをしながら、4人の話に耳を傾けていた喜之助。彼らの侮辱的なものいいに激しい怒りを覚えながらも、ここはじっと耐えることにした。

 

一方、4人の話題は小房の粂八に変わった。鬼平のはからいで盗賊改めの密偵になった粂八。しかし、庄助たちにとって、粂八は仲間を売り、組織を壊滅させた狗なのだ。粂八に対する憎悪はいまだ消えない。また、粂八の居所をつきとめ、彼も共に始末するつもりだ。

 

庄助、権七、茂太郎が玉やを後にし、喜之助はひとまず玉やの小屋で監禁されることになった。見張り役の若い者が寒さにふるえる中、喜之助は自力で手足の縄をほどいた。彼は「縄抜けの喜之助」という異名でも知られ、やわらかい関節をうまく動かしてするするとほどいてしまう。

 

手が自由になったことで足の縄と猿ぐつわを外した喜之助。わざと不気味なうなり声をあげると、若い者が小屋の戸を開けた。その瞬間、若い者に当て身を食らわせ、彼を小屋に閉じ込めると喜之助は玉やを後にした。

 

喜之助にはもう三徳屋への押し入りなど念頭になかった。ただ、庄助たちの血なまぐさいやり方が許せず、彼らを生かしておくわけにいかない、真の盗賊としてのプライドがあった。

 

庄助たちへの激しい怒りと、玉やから追っ手がかかる前にやらねばならないという焦りが、67歳の喜之助を10歳も20歳も若返らせた。老齢とは思えないすさまじい馬力で駆けだし、九段坂の上のあたりでおいついた。

 

時刻は五ツ(午後8時)、月のない闇夜に雪がちらつく中、喜之助は3人の提灯明かりを頼りに尾行した。九段坂を下りきった先にある居酒屋へ3人が入ったのを確認し、自身は向かい側の武家屋敷の塀ぎわに身をよせた。

 

店には3人の他、客人はおらず、亭主が1人で切り盛りしていた。玉やからの追っ手を心配しつつ、3人が出てくる時をじっと待つ喜之助。しかし、3人が出てくる気配はなく、しびれをきらした喜之助はみずから出向くことにした。

 

店に入るなり、庄助と権七を刺した喜之助。最後に残った茂太郎も逃げ場を失い、いままで見くびっていた老盗のすさまじさに怯えるしかなかった。亭主は恐ろしさのあまり裏口から逃げ出した後、店内では喜之助と茂太郎がお互いに短刀を刺し合い、絶叫をあげて絶命した。

 

あらすじ4)

その頃、庄助たちに命を狙われていた小房の粂八は、鎌倉河岸でおでん屋台を切り盛りしていた。今夜は雪が降っているため一段と寒い。客も味噌おでんをむさぼるように食べている。

 

客足がひと段落したことろへ、頭巾を被った中年の侍がやってきた。見回り中の長谷川平蔵であり、雪が降るのに笠をささず、1人で鎌倉河岸を見回っていた。

 

一方、麹町横丁の長屋に暮らす彦の市は、喜之助と庄助たちとの間に起きたことを知る由もなく、明日の押し入りで得られる大金に夢を膨らませていた。

 

京の杉野やでは、おとよは別の中年男性の相手をしていた。かつて喜之助に抱かれた際に放った言葉を口ずさみ、相手の男を本気にさせていた。実は、おとよは瓜生山中の不動堂にいる若い山伏に熱をあげていた。

 

喜之助からもらった金二十両を山伏にみつぎ、そのお金は不動堂の修理に使われるはずだった。しかし、不動堂は修理されることなく、山伏は大金をもって行方をくらませた。山伏に惚れ込んでいたおとよは、ひどく落胆した。

 

-鬼平犯科帳 老盗の夢 終わり-

 

鬼平犯科帳・老盗の夢の登場人物

蓑火の喜之助:真の盗賊として名を馳せた大物であり、年齢は67歳。武州・蕨で隠居生活を送っていたものの、ある女性との出会いをきかっけにおつとめを思い立つ。

 

京都

おとよ:茶店・杉野やの茶汲女。喜之助の亡き情婦に瓜二つだったことから、彼に惚れられる。おとよ自身も喜之助との関係にまんざらではなかったものの、その理由は……。

 

源吉:京の宿屋・藤やの亭主。もとは蓑火の喜之助の配下であったものの、頭の引退を機に足を洗い、堅気となった。喜之助が江戸でつとめを再開した事実は知らない。

 

お千代:喜之助の情婦であり、伊賀の音五郎の女房。亭主の死後、喜之助を頼った。本編の20年前に亡くなり、喜之助が墓参りに来ている。

 

江戸

夜兎の角右衛門:喜之助と親交のあった大盗賊であり、現在は二代目が継いでいる。作中では、芸州・広島城下へ向かったため、江戸には不在だった。

 

前砂の捨蔵:角右衛門配下の盗賊。江戸で花屋をいとなみつつ、夜兎の盗人宿も務めている。喜之助の話を聞き、庄助たちを紹介した。

 

印代の庄助、火前坊権七、岩坂の茂太郎

喜之助のおつとめを手伝うことになった盗賊。野槌の弥平の残党であり、お頭や小川や梅吉を盗賊改めに売った小房の粂八に激しい憎悪を抱く。

 

蛇の平十郎

庄助たちを夜兎の配下にするために仲介に入った大盗賊。本編は未登場。喜之助とは2度ほど席を共にしたことがある。

 

座頭の彦の市:盲目をよそおう按摩師で、その腕前は評判が良い。喜之助の計画に加担し、ターゲットとなった三徳屋のさぐりや一味を引き入れる役を担う。

 

鬼平犯科帳・老盗の夢の見どころ

見どころ1)蓑火の喜之助が見た最後の夢とは

闇夜、道に打ち捨てられた蓑や笠から自然に発火し、メラメラと燃えていく様を「蓑火」といい、魑魅魍魎な怪火がゆらいとなった蓑火の喜之助。

 

彼がおつとめに思い立った動機は、おとよと夢のような日々を楽しむためだった。亡き情婦に瓜二つであり、自身も先が長くないことから、おとよを江戸に連れ出し、彼女を喜ばせようと考えたのでしょう。

 

しかし、彼の夢は仲間の裏切りによって壊されてしまいます。また、おとよ自身も熱をあげていた若い山伏に貢ぐために喜之助に近づいた経緯がありました。

 

蓑火の喜之助の夢は、見方を変えれば残酷にも思えるも、おとよの真実を知らぬまま死んだことがせめての救いとなったでしょう。

 

見どころ2)血頭の丹兵衛の現在を知り…

喜之助と同じく、真の盗賊として盗人たちから尊敬のまなざしを向けられていた血頭の丹兵衛。しかし、時代の変化に逆らいきれず、丹兵衛自身もむごたらしいやり方を容認するようになりました。

 

もちろん、丹兵衛を知る者の中には、彼の変貌ぶりを信じない者もおり、蓑火の喜之助もその1人でした。「血頭の丹兵衛」では、本物のわざを見せつけるべく、しゃれたことをやってのけた喜之助。終盤では、東海道を西に向かう道中、江戸に護送される丹兵衛一味とすれ違ったことが示唆されています。

 

そして、「老盗の夢」では、護送中の丹兵衛一味を見かけ、江戸でのむごたらしい真似をした盗賊が丹兵衛本人だと確信します。同時に、小房の粂八が狗(密偵)になったことも見抜きます。

 

このような形で「血頭の丹兵衛」の伏線を回収した「老盗の夢」。鬼平犯科帳では、名前のみの登場人物が次のエピソードで主役となるパターンも多いです。1話完結であるものの、次のエピソードとつながりを持たせた展開もまた、鬼平の面白い魅力でしょう。

 

見どころ3)真の盗賊としての意地を貫き通した蓑火の喜之助

年甲斐のない夢を持ってしまったばかりに、窮地に立たされた喜之助。しかし、盗みのためにむごたらしいまねをするようになった盗賊界への失望と、裏切りを働いた庄助たちへの怒りが、喜之助に火をつけました。

 

すでに盗賊界を引退したものの、真の盗賊としての誇りだけは持ち続けていた喜之助。これ以上、盗賊界を血で汚したくないという強い思いを糧に、庄助たちを討ち取りました。茂太郎と相打ちによる絶命と、盗賊として壮絶な死に様となった喜之助。もし、おつとめを思い立たなければ、畳の上で穏やかに最期を迎えることが出来たでしょう。

 

しかし、喜之助自身は、盗賊たちが理想とする穏やかな死に際を望んでいたでしょうか。時代が変わろうと、真の盗賊としての掟を守り続け、血に染まりつつある盗賊界を正しい道に戻そうとした喜之助。

 

死の間際まで真の盗賊としての意地を貫き通した、蓑火の喜之助らしい最期だったでしょう。

 

鬼平犯科帳・老盗の夢まとめ

かつて真の盗賊と呼ばれた盗人たちが血なまぐさいやり方を容認する中、盗賊の掟を守り抜いた蓑火の喜之助。

 

本エピソードのタイトルである老盗の夢とは何だったのか。1つはおとよとの幸せなひととき、もう1つは盗賊界を正当な方向へ戻すことだったではないでしょうか。

 

次回の投稿は、7月10日(水)を予定しています。

 

長谷川平蔵が主人公なのに、鬼平の以外のキャラが主役級として書かれることが多い鬼平犯科帳。盗賊改めだけでなく、盗賊視点からもストーリーが展開されることも、本作品の面白い見どころです。

 

最後までお付き合いいただき、ありがとうございましたニコニコ