池波正太郎の「剣客商売」をたしなむ~特別長編 浮沈~その6・霞の剣 | 池波正太郎・三大シリーズをたしなむ

池波正太郎・三大シリーズをたしなむ

2020年5月に当ブログを開設しました。

現在は「剣客商売」の本編・16巻の読みどころや魅力を紹介する「剣客商売を極める」シリーズを投稿しています。月1投稿ですが、こちらの記事も是非、チェックしてみてください。

池波正太郎の「剣客商売」をたしなむ

~特別長編 浮沈~

その6・霞の剣

 
みなさん、こんにちは。管理人の佐藤有です。
ここまで計16巻にわたって紹介してきた「剣客商売」も、本日の投稿をもって完結を迎えることができました。
 

はじめは、何か自分の自信になるものを作りたいと思い、軽い気持ちで始めましたが、実際にやってみると想像以上に大変な作業であり、8巻以降からは時折、やる気も失せていましたね・・・。

 

さて、まずは「剣客商売」の最終巻・16巻の結末であり、剣客商売の完結編にあたる、「特別長編 浮沈・その6・霞の剣」を紹介します。

 

剣客商売 浮沈・その6・霞の剣あらすじネタバレ

あらすじ1)
年は、天明五年(1785年)に改まり、秋山小兵衛67歳、おはる27歳、大治郎32歳、三冬27歳、孫の小太郎は4歳になりました。
 
昨年は、老中・田沼意次のお忍びの外出を狙った暗殺未遂事件から、大身旗本の跡目争い、そして、小兵衛が26年に助太刀として参戦した滝久蔵の敵討ちにまつわる人々との再会・出会いがあわただしく繰り広げられ、あっという間に一年が過ぎてしまいました。
 
今年こそはゆっくりと余生をと言いたいけれど、小兵衛にはまだ最後の戦いが残っており、それは26年前の敵討ちにて、相手方の助太刀として参戦し、小兵衛に敗れた剣士の遺児・山本勘之介にまつわるもので、道場の跡目争いに敗れ、勘之介を逆恨みする旗本・木下家の刺客との戦いでした。
 
昨年の秋に、木下家の刺客の襲撃を受け、脚を負傷した勘之介でしたが、偶然通りかかった小兵衛に助けられ、今は亡き父や剣術の師と親交のあった大身旗本・生駒筑後守の屋敷に身を寄せていました。しかし、木下家では勘之介の行方を血眼になって探しており、目星をつけた鐘ヶ淵の隠宅にいないと知ると、勘之介の治療に通う町医者・小川宗哲先生に狙いを定めます。
 
木下家の目的は、宗哲先生を拉致・拷問にかけることで勘之介の居場所を吐かせようとするもので、木下家の怪しい動きを知った小兵衛は、宗哲先生に被害が及ぶ前に事を終息させるべく、四谷の弥七・傘徳の手を借り、まずは宗哲宅周辺をうろつく曲者たちの動向を探ることにしました。
 
御用聞きの中でも顔の広い弥七は、宗哲宅のある本所・亀沢町周辺をなわばりとする御用聞きたちにも声をかけ、本所・緑町三丁目の御用聞き・金五郎が協力を申し出ました。
 
今のところ、曲者たちに怪しい動きはなく、勘之介が生駒家に匿われれていることを曲者たちは把握していないように見えるも、彼らの本命は凄腕の剣士・伊丹又十郎の方でした。
 
金五郎の報告によると、伊丹はここのところ本所に姿をみせていないらしいものの、実は、ひそかに船で大川を渡り、船の上から鐘ヶ淵の動向を探っていました。伊丹の目的は、秋山小兵衛であり、武家の任官をかけた試合で小兵衛に敗北した過去がありました。
 
しかし、それは昔のことであり、伊丹は木下家に雇われて、勘之介の命を狙っていたので、小兵衛とは関係がないため無視してもよいことでした。けれど、他人へ迷惑をかける危険から、やはり伊丹のことも捨ててけず、今回は宗哲先生の身の危険もあり、油断ができない状況でした。
 
そんな中、勘之介の命を狙う旗本・木下主計が1月の末頃に病死しました。
 
次男坊ゆえに何とか道場主として独立させたいと考える主計の願いは、同じく後継者候補に浮上した勘之介との真剣勝負での敗北により打ち砕かれ、当事者間ではお互いに遺恨を残さない約束を交わしたにも関わらず、思わぬところで木下求馬の遺恨が残っていました。
 
次男坊を失った木下主計は、病に侵される身体に鞭を討ち、是が非でも息子の敵を取る執念に燃えるも、それらが寿命を縮める結果となったでしょうか。
 
また、田沼家では、長男・意知の死に意気消沈する田沼意次へ、河内・三河を合わせた五万七千石の加増が行われ、田沼家が歓喜に沸く中、田沼老中と小兵衛だけは、加増を喜べずにいました。2人ともこの先に起きる悲劇を予感してのことでしたが、不吉なこととあえて口には出しませんでした。
 
一方、御徒士組・小村家の養子に入った滝久蔵は、卑劣な手で平松多四郎を陥れ、無実の罪で刑死させた事実を小兵衛に知られた挙句、多四郎の遺児・伊太郎の助太刀をすることを匂わされ、釘をさされました。
 
助太刀の件は、小兵衛の嘘でしたが、この脅しを真に受けてしまった久蔵は、いつ伊太郎・小兵衛に命を狙われるかもしれないとの恐怖から、病気と称してお上の勤務を怠るようになり、事情を知らない小村家の女中は、布団の中で震える久蔵を不思議に思っていました。
 
伊太郎は、小塚原刑場でさらし首にされた父親の首を奪い、市ヶ谷の道林寺に父親の首を預けた後、江戸を離れていました。さいわい、滝久蔵・平松多四郎の件は、お上の取調で不手際があったらしく、それゆえに伊太郎を行方を探す動きはありませんでした。
 
あらすじ2)
小兵衛が大治郎道場に移ってから3日後。
 
夜更けにも関わらず、橋場の大治郎宅に駆け込んだ弥七は、宗哲先生が外出先からまだ帰ってこないことを小兵衛に伝えます。
 
宗哲宅をうろつく怪しい人影を警戒して、宗哲先生には外出時には必ず駕籠駒を使うように念を入れてました。駕籠駒は、小兵衛がよく利用する町駕籠屋で、事件の折には、贔屓する駕籠舁きにも協力をしてもらい、犯人を別な場所に運んでもらっていました。
 
宗哲先生も、小兵衛の言い付けを守り、生駒邸に向かう際には必ず駕籠駒に乗っていましたが、その日は、川向うまで行ってくると1人で目的地に行ってしまい、宗哲先生の周辺を見張る金五郎の手先も、この時ばかりは目を離してしまい、午後に出て行ったきり帰ってくる様子はありませんでした。
 
夜になっても宗哲先生は帰ってこず、心配した医生の佐久間要が、金五郎に知らせを入れて今に至ります。
 
犯人は伊丹又十郎であり、宗哲先生の窮地を救うべく、小兵衛・弥七に大治郎を加え、ある作戦を立てます。
 
勘之助を狙って鐘ヶ淵を襲撃した時から、小兵衛は伊丹又十郎との再戦をそれとなく予感し、十数年前に小兵衛に敗北後、相当な修行をこなしてきたと見られる伊丹を侮ることができず、ここ3日間、大治郎を相手に稽古をしていました。
 
そして、三冬が用意した嫁菜の入った粥に卵をおとし込んだのを2椀食べ終えると、駕籠駒から町駕籠二挺が到着しました。
 
小兵衛は、久しぶりにひきだした粟田口国綱を腰に差して外に出ると、空一面には星空が広がっており、その美しさに見とれている中、大治郎も仕度を整えて外に出ます。
 
2人を乗せた駕籠は、大川沿いの道をゆっくり進み、上野から湯島の切通しを上ると、本郷通りを北に進み、駒込の肴町のあたりで駕籠を降りました。
 
あらすじ3)
駕籠駒を返した小兵衛一行は、弥七の案内で駒込・片町の細い道を右へ曲がり、突き当りの道を更に左へ向かいます。
 
竹藪と木立に挟まれた道には、前庭を広くとった藁屋根の植木屋があり、道の先では伊丹たちの見張りについていた傘徳が待っていました。道の先は、左手に畑が広がっており、畑の中の雑木林に覆われた藁屋根に伊丹又十郎とその手下たちが潜んでいました。
 
付近には、本所の金五郎と手先・5名ほども駆けつけており、伊丹又十郎は小兵衛が、浪人たちは弥七・金五郎たちに任せることにします。
 
伊丹の家は、周囲を垣根で覆った植木屋の造りであったが、広くとった前庭は空き地となり、裏手に石井戸があるだけでした。
 
そして、小兵衛の合図と同時に、金五郎一行が行動を開始、裏手にまわると手製の板木を叩きながら「火事だ、火事だあ」と大声を上げます。
 
内部で寝静まっていた浪人たちも外の異変に気が付きはじめ、表の戸から外へ飛び出すと、家の前近くで身を潜めていた大治郎に次々と峰打ちされ、本命の伊丹又十郎が姿を表します。
 
弥七と金五郎たちが家の内部へ侵入し、浪人たちが慌てふためく中、伊丹と対面した小兵衛は、左手で鯉口を切りながら声をかけるも、刀を引き抜くことはしませんでした。小兵衛の不可解な行動に、伊丹は一瞬戸惑い、大刀を抜いて相手をにらみつけるも、小兵衛の意図を読み取ると大刀を鞘に収めます。
 
この勝負は、2人が極めた無外流の居合を使うこととなり、凄まじい殺気を吹き出しながら一歩ずつ間合いを詰めていき、伊丹の気合い声と同時に、刃が一瞬光ります。
 
しかし、居合が決まらなかったのか、小兵衛は刀を鞘に収め、伊丹は正眼に構える姿勢をみせ、再び沈黙のにらみ合いに突入します。
 
大治郎が静かに見守る中、小兵衛は居合の時よりさらに腰を沈めながら間合いを詰めていき、伊丹も覚悟を決めて間合いを詰め始めます。
 
そして、小兵衛のかすかなうなり声と同時に刃が光り、後ろへ引き下がろうとする伊丹の右手首を切り落とします。
 
うめき声をあげながら左手で短剣を引き抜こうとする伊丹をよそに、小兵衛は大刀についた血を懐紙でぬぐい、鞘に収めました。
 
2人の一部始終を固唾をのんで見守っていた大治郎は、無外流の居合・霞の一手に圧倒され、声も出せずにいました。
 
その頃、弥七たちの手入れも終わり、浪人3人と伊丹はお縄をかけられ、伊丹たちに攫われた小川宗哲先生も無事に救助されました。
 
あらすじ4)
天明五年の夏ごろ。
 
脚の傷もだいぶ癒えてきた山崎勘之介は、生駒筑後守の説得や小兵衛のすすめを受けて、生駒家の中小姓として任官することが決まりました。
 
また、その年の秋には、橋場・不二楼にて、又六・杉原秀の婚礼が執り行われ、小兵衛が夫妻の晩酌を務め、式には弥七・傘徳も招かれました。
 
天明六年(1786年)。
 
将軍・家治は重い病にかかり、床から起き上がれない状態となっていました。
 
家治の世話は、漢方医師の大八木伝庵があたっていましたが、オランダの文化や知識を積極的に受け入れていた田沼老中は、蘭方医師の起用を思いたち、家治の診察や薬の調合・服用を任せました。
 
しかし、その日の夜から家治の病状は急変し、反田沼派はここぞとばかりに田沼老中が推薦した蘭方医師を退け、将軍の危篤状態にも田沼老中の入室を許しませんでした。
 
そして、8月20日に将軍・徳川家治は病により死去、表向きは9月7日とされ、後ろ盾を失った田沼意次も同月の27日に老中を罷免させられました。
 
また、蘭方医師の起用と同時に家治の容態が悪化したことを受け、巷では、将軍は田沼に毒殺されたのではと、根拠のない噂も浮上しました。
 
新将軍は、一橋家から養子に入った家斉が就任するも、政治の実権は、家斉の実父で田沼の政敵の1人・一橋治斉に握られました。
 
そして、翌天明七年10月。
 
隠居を命じられた田沼意次は、所領・三万七千石を没収され、老中首座には、松平越中守定信が就任し、後の寛政の改革へつながっていきます。
 
翌年の8月、失意の中、田沼意次は死去、田沼家の没落は小兵衛にも大きな衝撃を与えました。
 
意次の死去、田沼家は孫の意明が継ぐことになるも、長男・意知が刃傷事件で命を落としたことを皮切りに田沼家は衰退の一途を辿ります。
 
しかし、意次の四男・意正の代に田沼再興の兆しがみえ、将軍・家斉に気に入られた意正は、若年寄りから側用人への昇格を果たし、更には父・意次の失脚により没収された遠州相良藩への復帰も許されました。
 
この頃、田沼家の政敵であった一橋治斉や、松平定信はすでにこの世を去ったものの、長寿が約束された小兵衛はまだ生きていました。
 
さて、話は平松多四郎の息子・伊太郎へ変わり、父親の首を小塚原刑場から盗み出した後、小兵衛の指示に従い江戸を離れた伊太郎は、上州の山の中にあった小さな宿に身を潜めていました。
 
一方、滝久蔵は、伊太郎が父親の敵討ちに現れることへの不安と恐怖に苛まれ、小兵衛の助太刀が加わることを知ってしまった以上、居ても立ってもいられず、伊太郎が江戸に戻る半年前に、組屋敷を出ていきました。
 
ある日、ふらっと鐘ヶ淵の隠宅を訪れた伊太郎は、1年ぶりに小兵衛と再会し、お上の追っ手が無いことを知り安心します。
 
1年前と変わらず、伊太郎は父親の敵討ちをする気はなく、同時に亡き父の跡を継いで金貸しになる決意も揺らぐことはありませんでした。
 
そこで小兵衛は、伊太郎が金貸しを始める際の資金として、あらかじめ用意しておいた金五十両を与えます。伊太郎は、泣き崩れながら小兵衛にお礼を述べ、それから1年後には、元手の倍にあたる百余両に増やして小兵衛に返済しました。
 
伊太郎曰く、金貸は割に儲かる仕事である一方、その世界の裏表を知ってしまった以上、その仕事に飽きを感じてしまった伊太郎は、また夢中になって取り組める新しいものを求めて、再び江戸を離れることとなりました。
 
時は流れ、寛政五年(1793年)の夏。
 
鐘ヶ淵の隠宅へ町人風の男とその女房と思われる女性が小兵衛を訪ねます。
 
男の正体は、あの平松伊太郎であり、今は京の寺町四条下ルの筆問屋・中村忠兵衛を名乗っていました。頭に白いものが混じった伊太郎は、貫禄のある身なりの良い町人姿をしており、今回は、父親の墓詣りのため、妻・八重を伴って江戸に来ました。
 
8年前のあの日。危険を承知で、平松多四郎の首を預かってくれた市ヶ谷・道林寺の天栄和尚は今も元気でいるとのこと。
 
一方の小兵衛は75歳を迎え、身体も一回りも小さくなり、口数も少なくなってしまったものの、おはるを相手に静かな余生を送っていました。
 
はじめて会った頃は、岡場所の妓に熱を上げ、父・平松多四郎もから何かと心配されていた伊太郎でしたが、今では一商人として立派に成長した平松伊太郎改め中村忠兵衛に対し、小兵衛はこのような声をかけました。
 
「伊太さんが、心をひかれたのは筆ではあるまい。そこのお八重さんじゃな」
 
-連作小説 剣客商売・完-
 

剣客商売・浮沈の登場人物

主要人物
滝久蔵:越中・富山十万石・前田出雲守の家来で、勘定方・滝源右衛門の息子。26年前に父親の敵を討
     つべく、小兵衛に助太刀を依頼する。現在は、国許での不祥事から浪人となってしまい、小兵衛
     のこともすっかり忘れていた。
 
     卑劣な手口で多四郎を死に至らしめるも、その件を小兵衛に知られた挙句、今度は自分が敵持
     ちの身となり、不安と恐怖に苛まれた末、江戸を離れた。
 
山崎勘之介:山崎勘介の息子で、佐々木道場の跡目争いに巻き込まれ、木下家に命を狙われる。小兵
        衛は、父親の敵であるが、亡き師の教えにより小兵衛を恨むことはない。伊丹又十郎率いる
        一味の襲撃を受けた際、小兵衛に窮地を救われ、後に、父や恩師と親交のあった生駒家の
        家来・中小姓に取りたてられた。
 
平松多四郎:四谷道場の改築の際に、小兵衛が借り入れた金貸で、現在は本郷・春木町に住む。いわ
        ゆる見た目で損する醜い顔であるが、きちんと返済する者に対しては丁寧な態度で接して
        おり、小兵衛から好意をもたれていた。
 
        滝久蔵にお金を貸しており、何かと理由をつけて返済しようとしない久蔵に手を焼き、最後
        は、久蔵の罠に嵌り、滝家の印形の偽造の罪で打ち首となった。死後、小塚原の刑場でさら
        し首にされるも、息子・伊太郎の手で妻の墓がある道林寺へ運ばれた。
 
平松伊太郎:多四郎の1人息子で27歳。母親似の美形であり、何かに夢中になると他のことに目がいか
         なくなる性格。父の死の真相を知るも、敵討ちは望まず、小兵衛の協力を経て、父親の首
         を刑場から持ち去ることに成功する。
 
         その後は、父と同じく金貸の道に進むも、新たな事を始めたいとの思いから京へ旅立ち、
         筆問屋・中村忠兵衛として小兵衛と再会した。妻・八重との間に一人娘がいる。
 
伊丹又十郎:木下家に雇われた無外流の遣い手で、山崎勘之介の行方を追う。小兵衛とは、藤堂家へ
        の任官をかけた試合で敗北した因縁を持つ。後に小兵衛たちに居所を掴まれ、小兵衛との
        一騎打ちで右手首を切り落とされる。
 
過去の人物
木村平八郎:滝久蔵の敵討ちの相手で、26年前、深川・十万坪を舞台に、前田家の立ち合いのもと、久
         蔵の手で討たれた。久蔵の敵討ちは、江戸の評判を呼び、久蔵の国許での出世をもたらし
         た。
 
山崎勘介:木村の助太刀で、勘之介の実父。小兵衛に七カ所の切り傷をつけるなど、凄腕の剣術遣い
       で、小兵衛の剣客としての人生に大きな影響を与えた。
 
佐々木勇造:巣鴨に一刀流の道場を構える剣術遣い。名声とは程遠い人生であったが、剣術の腕は江
         戸で五本の指に入ると評された。勘之介の師・育ての親であり、勘之介の人格に影響を与
         えた。生前は、山崎勘介や生駒筑後守が道場に通っていた。
 
滝久蔵の関係者
小村米蔵:本郷・春木町に住む徒士目付。本編の一カ月前に死去し、跡継ぎとなる男児がいなかったた
       め、滝久蔵を養子に迎える。
 
山口宗平:小村の妻・さわの伯父で、徒士目付の組頭。小村家の存続をかけて、滝久蔵を養子に迎える
       べく奔走する。
 
水谷織部・吉良大学:評定所にて、久蔵・平松多四郎の取調を担当した目付。2人とも、久蔵の策にはま
              り、平松多四郎を悪者に仕立てる。後に、評定所の取調がずさんだったことが判明
              する。
 
山崎勘之介の関係者
生駒筑後守信勝:下谷・御徒町に屋敷を構える七千石の大身旗本。佐々木勇造道場の元門人で、山崎
            勘介の旧友だった縁から、勘之介を庇護している。後に、勘之介を中小姓として家来
            に迎えた。
 
木下求馬:大身旗本の次男坊で、佐々木道場の後継者候補に名乗りを上げた門人。師亡き後、道場の
       跡目を巡って、勘之介派と対立、最終的には勘之介との真剣勝負で決着を付けることに同意
       し、お互いに遺恨を残さないことを条件に戦い、命を落とした。
 
木下主計:麻布・永坂に住む千二百石の大身旗本。家督を継げない次男・求馬のため、次期道場主に
       据えることを望むも、息子を勘之介に殺されたと思い込み、刺客を雇って勘之介を執拗に追
       い込む。
 
牛窪為八:木下家に雇われた槍の遣い手で、勘之介を負傷させた人物。後に、伊丹と共に鐘ヶ淵を襲撃
       するも、勘之介の身代わりになった大治郎に倒された。
 
秋山小兵衛の関係者
神谷新左衛門:辻平右衛門道場の高弟で、小兵衛の兄弟子・69歳。出自は、六百石の旗本で現在は家
          督を息子に譲っている。滝久蔵の国許での異変や、生駒筑後守の人となりを小兵衛に教
          えた。
 
小川宗哲:本所・亀沢町に住む町医者で、勘之介の治療にあたる。後に、伊丹一派に誘拐されるも、小
       兵衛たちに救われ、事なきを得た。
 
三島房五郎:本所・石原町に住む五十俵二人扶持の御家人。小川宗哲の元患者・碁敵であり、負傷した
         勘之介を自宅に引き入れ、治療の場を提供した。
 
豊次郎:弥七の手先で、陽岳寺の裏手に住む滝久蔵の動向を探る
 
仙台堀の政吉:深川を縄張りとする御用聞きで、弥七と仲が良い。弥七から事情を聞き、滝久蔵につい
          て調査にあたった。
 
金五郎:本所・緑町三丁目に住む御用聞きで、弥七と仲が良い。手先と共に伊丹又十郎の居所を見張
     り、浪人たちをお縄にかけた。
 
剣客商売・浮沈の読みどころ
それぞれの「浮沈」
16巻の題名「浮沈」の通り、これ以上、浮き沈みの激しい人生を送った人々はいないのではと思われるほど、波乱の半生を送った人々が登場しました。
 
「浮」から「沈」への人生を送った人物は、滝久蔵や平松多四郎、史実の人物・田沼意次が該当し、反対に、「沈」から「浮」へ人生を変えた人物は、山崎勘之介と平松伊太郎、そして、意次の死後の田沼家でしょうか。
 
久蔵に関しては、どれも自業自得としか言いようがありませんが、多四郎に関してはあまりにも非業すぎる最後だったでしょう。久蔵の罠に嵌った挙句、無実の罪で打ち首となって果てるほど、ここまで剣客商売を読んできて、もっとも残酷すぎる結末でした・・・。
 
「浮沈」の終盤では、山崎勘之介や平松伊太郎のその後が語られ、それぞれにとってより良い人生を歩み始めていることは嬉しいことでしたが、ここで意次失脚後の田沼家の再興について触れられていることも、この巻の注目すべき点でしょう。
 
近年は、テレビの歴史教養番組でも取り上げられる機会が多くなった田沼意次ですが、主に語られるのは意次の晩年までで、意次の死後の田沼家について触れられることは、ほとんどなかったでしょうし、私自身も、「浮沈」を読むまで、田沼家のその後についてはまったくの無関心で、意次の次に語られる松平定信の方が興味がありましたね(地元の名君なので)。
 
出る杭は打たれるとの言葉の通り、没落後の田沼家は、陸奥・下村一万石に改易され厳しい生活を余儀なくされるも、宗家を継いだ意次の四男・意正の代に転機が訪れ、相良藩への復帰を認められました。田沼意次は史実の人物なので、巻を追うごとに意次が追い詰められていく展開は避けて通れませんが、田沼家の再興までが語られていることが、救いとなったでしょう。
 
小兵衛を取り巻く人々の死
「剣客商売」では珍しく主人公の寿命が早い段階から言及されており、秋山小兵衛は93歳まで生きることが約束されています。
 
小兵衛の晩年は、2巻・「兎と熊」の回にてすでに言及されており、大治郎と小川宗哲先生の孫弟子・2代目村岡道歩に看取られて息を引き取る、穏やかな最期となっていますが、そこには本来いるべきの妻・おはるの姿はありませんでした。
 
その理由は何故か。
 
答えは、16巻・20ページに記されており、健康そのものであったおはるの方が小兵衛より先に亡くなってしまうことが語られています。おはるの死因や享年は、シリーズの完結に伴い、知ることは出来ませんが、前妻・お貞が風邪をこじらせたことによる肺炎で亡くなっているので、もしかしたら、おはるも流行り病が原因でしょうか。
 
一方で、小兵衛が93歳の時、おはるはすでに53歳であり、当時の平均寿命が50歳前後だったことから、小兵衛より少し先にあの世へ旅立つ展開もありうるでしょう。ともあれ、小兵衛よりおはるの方が先に逝く運命が決まっているとは、その場面こそ執筆されることはありませんでしたが、やはり、自分より若い人達が先に逝ってしまうことは、いつの時代も悲しいことですね。
 
また、「浮沈」ではおはると共に、天明五年で45歳になった四谷の弥七の晩年に関しても示唆されており、小兵衛とこのような会話を交わしています。
 
 
小兵衛 「(略称) のう弥七。一年の早さが、ほんとうにわかるのは六十を過ぎてからじゃ。まだ十
      五年もある」
 
弥 七 「十五年・・・・・・」
 
小兵衛 「そのときのお前がどんなになっているか、見たいものだな」
 
弥 七 「もう、あの世へ行っているかも知れません」
 
小兵衛 「いや、わしのほうが一足早く先に行き、待っていようよ」
 
小兵衛はそう信じていたのだが、十五年たってみると、弥七はこの世にいなかった。そして、秋山小兵衛は、まだ、生きていたのである。
 
引用:「16巻 浮沈」252~253ページより
 
小兵衛を取り巻く人々の死が語られた16巻、やはりこの巻だけは、いつ読んでも他15巻とは異なる雰囲気を感じますね。
 
連作小説・剣客商売は未完だった?
2020年5月に開始した、わたくし佐藤有の「剣客商売をたしなむ」シリーズは、本日の回をもって本編・全16巻収録の短編83編・長編4本の紹介を制覇することが出来ました。
 
本日まで、「剣客商売をたしなむシリーズ」を読んでくださった皆さま及びフォロワーの皆さま、本当にありがとうございます。
 
当初は、「剣客商売」の作品紹介という名目から、あまりネタバレをしてはいけないと思い、内容もかなり簡素でしたが、今ではしっかりとネタバレをしており、初期の2倍の量に膨れ上がってしまいましたが。
 
当ブログでは、剣客商売シリーズと称していますが、正式には「連作小説・剣客商売」と呼びます。
 
池波正太郎先生の代表作の1つである「剣客商売」は、「小説新潮」の昭和47年1月号~平成元年7月号にかけて連載され、昭和48年1月に新潮社から第1巻が刊行されました。
 
平成14年には、新装版の刊行が開始され、それから6年後に、私は地元の書店で「剣客商売」を見つけるのですが、そのあたりの話は次の機会にでも、お話しましょう。
 
平成元年に池波正太郎先生の逝去により、剣客商売も16巻をもって完結となりましたが、池波先生自身は、剣客商売の完結を明言しておらず、連作小説としては未完となっています。
 
未完に終わったシリーズは、「鬼平犯科帳」と「必殺仕掛人・藤枝梅安」も該当し、両作品は最終巻の執筆途中で絶筆となってしまいました。「鬼平」や「仕掛人シリーズ」は、物語の途中で終わっているので、このシリーズは未完なのかと実感が沸きますがね。
 
本来ならば、「剣客商売」も未完に終わったと言うべきでしょうが、私自身は、最終巻・浮沈のエピソードが最後まで執筆されたことや、前15巻までを読んできて、明かにこれまでの物語とは異なる結末だったことから、3つの代表作の中で唯一完結を迎えることができたと言いたいです。
 
まあ、欲を言えば、小兵衛の最期まで読んでみたかったですが、シリーズ最終巻にして、登場人物たちの死に触れられ、69歳から突然75歳にまで年を取った小兵衛が書かれるなど、少し違和感も覚えましたが、この違和感こそが、私の中の剣客商売・完結になったでしょう。
 
「剣客商売」を16巻を持って完結とみなすか、小兵衛たちの物語はまだまだ続くのだから、未完というべきだと、読者によって判断が別れますが、何度読み返しても面白いという点だけは、すべての読者に共通する認識でしょうか。
 

剣客商売 特別長編・浮沈まとめ

本日をもって剣客商売・本編16巻の各エピソードを紹介し終えましたが、初期の投稿記事の中には、中身が簡素なものや、登場人物欄が入っていないものもあります。今年に入り、1巻から記事の再編集・加筆を行っていましたが、「雨の鈴鹿川」以降は手を付けていないので、まずは、ここからですね。
 
また、過去の記事の再編集と並行して、これまでに紹介した各短編を単行本ごとに紹介する「剣客商売を極める」シリーズもやっていきたいと考えています。
 
極めるシリーズでは、各巻に収録された短編の簡単なあらすじや時系列、新装版の表紙カバーに描かれた場面の解説など、これまでのたしなむシリーズにて紹介できなかった内容を予定しています。
 
次回の投稿からは、1巻収録の「雨の鈴鹿川」 「まゆ墨の金ちゃん」 「御老中毒殺」の3編の再編集から開始し、それらの修正が完了次第、「剣客商売1巻を極める(仮)」の投稿も行っていきます。
 
それでは、ここまで「池波正太郎の剣客商売をたしなむ」シリーズを読んでくださった皆様、本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございましたほっこり