池波正太郎の「剣客商売」をたしなむ~特別長編 暗殺者~その1・浪人・浪川周蔵の巻 | 池波正太郎・三大シリーズをたしなむ

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小説家・池波正太郎の代表作「剣客商売」「鬼平犯科帳」「仕掛人・藤枝梅安」(三大シリーズ)の原作の解説や見どころを紹介しています。
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池波正太郎の「剣客商売」をたしなむ

~特別長編 暗殺者~

その1・浪人・浪川周蔵の巻

 
みなさん、こんにちは。管理人の佐藤有です。
さて、本日からはシリーズ2作目となる特別長編、第14巻「暗殺者」に突入します。今回は、「暗殺者」の第1編で、物語の鍵を握る凄腕の浪人剣客・浪川周蔵と、浪川の腕前を目の当たりにして以来、彼に興味を持ち始めた小兵衛の動向を描いた「浪人・浪川周蔵」を紹介します。
 

剣客商売 暗殺者・浪人・浪川周蔵のあらすじネタバレ

あらすじ1)
盟友・内山文太の死後、もぬけの殻となってしまった小兵衛は、家に閉じこもる日が多くなり、しまいには夢枕に内山が現れたことで、自分もあの世へ旅立つ日が近くなったのではと、冗談とも思えない口調でぼやき、おはるや大治郎夫妻を心配させていました。
 
そして、季節は師走に入り、ようやく気持ちの整理がついた小兵衛は、内山の孫娘・お直と夫婦になった町医者・横山正元の元へ泊りがけで遊びに向かいました。
 
横山の女房となったお直は、見違えるほど健康的な姿をみせており、いずれは正元との子供も産めると安心した小兵衛は、あの世に旅立った内山へ語りかけながら鐘ヶ淵に帰ります。
 
翌日、遅い朝食を御馳走後、横山宅を後にした小兵衛は、雑司ヶ谷の鬼子母神へ参詣に向かうべく、穴八幡から高田馬場の西側の坂道を北へ下っていきます。そして、下りきった先の姿見橋からさらに坂道を北へのぼった先が雑木林でした。
 
高田馬場はかつて果し合いに訪れた場所であり、昔と変わらない周囲の様子に心を和ませながら、坂道の左側にある日蓮宗の亮朝院に立ち寄ったその時、境内の枯木立から浪人風の男3人が飛び出し、刀を引き抜いた2人が、素手で戦うもう1人の浪人をはさむように攻めます。
 
いつも調子に戻った小兵衛は、木陰に隠れながら3人の様子を伺います。素手で戦う浪人は、左の小鼻に黒子があり、小兵衛にとって見覚えのある顔でした。
 
一方、黒子のある浪人は、相手が刀をふりかざすと同時に、刀をひきぬき、抜き打ちに右のふちももを斬り裂きます。2人は、浪人をかなわないと思い、じりじりと後退するとどこかへ去っていき、残された浪人も彼らを追うことせず、周囲を警戒しながらどこかへ去っていきます
 
3人の一部始終を見ていた小兵衛は、黒子の浪人のことを思い出します。彼とは、今年の春と夏、それぞれ1度ほど、真崎稲荷神社のあたりで見かけていました。小兵衛は孫・小太郎を抱き、浪人の方は娘と思われる4,5歳ほどの子供を連れており、お互いに軽く会釈をかわしたことがありました。
 
浪人は、年少の頃から研鑚を重ね、真剣の試合を何度も戦ったと見えた一方、その大刀には何人ものの血がついていたと察します。
 
小兵衛の推測は当たっており、浪人はこれより前に、「元締」と呼ぶ町人風の中年男から金五十両である人物の暗殺を依頼されていました。元締曰く、標的は稼業の掟で詳しい事情が話せないものの、世のため人のために生かしておいてはいけない人物油断の隙もないほど強い人物のため、剣術の腕のある
先生(黒子の浪人)にしか頼めないとのこと。
 
しかし、浪人は、今はお金に困っていない、別の場所に引越し、別人になったような心境でいるから等と、元締の必死の頼みを断わっていました。今回の頼みは、急ぎを要するらしく、是が非でも仕掛けを成功させたい元締は、なんとしてでもこの浪人に受けて欲しいと願っていました。
 
元締が信頼を寄せる浪人の名は浪川周蔵といい、現在は高田の馬場の南面にある無人となった農家を借り受け、妻・静と4歳になる娘・八重と暮らしていました。それ以前は、本所・三ツ目や浅草・新鳥越の永久寺の裏手にあった先代住職の隠居所に住んでおり、ある理由から引っ越しを繰り返していました。
 
そして、浅草から高田に引き移って2ヶ月しか立っていないにも関わらず、浪川は再び引っ越しをすることを妻に打ち明けます。静は、夫なりに何か考えがあるのではと察し、その理由を尋ねることなく、夫の考えに従いました。
 
その頃、浪川周蔵を目撃した後、橋場に立ち寄った小兵衛は、大治郎に浪川の容姿や童女の事などを打ち明け心あたりはないかと聞きます。しかし、大治郎はもちろん、三冬も浪川に対して心当りはありませんでした。
 
高田の馬場で浪川の剣さばきを目撃して以来、小兵衛は浪川のことが頭から離れずにいました。
 
あらすじ2)
浪川周蔵を見かけてから5日後の午後遅く、浅草の料亭「不二楼」の亭主・与兵衛の招きを受け、小兵衛とおはるは、自家用の舟で橋場へ向かい、船宿「鯉屋」で陸に上がりました。
 
不二楼とは、「妖怪小雨坊」にて焼失した鐘ヶ淵の隠宅の再建中の借り住まいとして、離れに住んでいたこともあったものの、ここ半年の間、忙しさから不二楼へ足が遠のいてしまい、与兵衛が心配して元長へ相談に来たことがありました。
 
そして、元長の亭主夫妻から話を聞いた小兵衛は、この機会に不二楼でもてなしを受けようと足を運び、小兵衛が不二楼に行く日には、元長の亭主夫妻も、不二楼の料理人・座敷女中として小兵衛をもてなすことになりました。
 
鯉屋の女あるじ・お峰とも久しぶりに顔を合わせ、そこで小兵衛は、この近くに住んでいるとみられる浪川の顔の特徴と幼子について聞き出します。
 
お峰の話から、高田の馬場でみかけた剣客の名が浪川周蔵で、以前に何度かここから舟を出していたこと、夫婦ともに良い人柄であったこと、近くの永久寺の裏手に住んでいたものの、秋ごろに引っ越していったことを聞き出します。
 
不二楼に到着した小兵衛夫妻は、庭に枇杷の花が咲いた離れ屋に案内され、あるじの与兵衛の挨拶を受け、与兵衛が部屋を後にしようとしたその時、渡り廊下から蘭の間へ案内される2人連れの客人が目に留まります。
 
蘭の間がお気に入りという2人組のうち、1人は羽織・袴を身に着けた立派な出で立ちの中年の侍で、彼に付き従うように歩くもう1人は、先日、高田の馬場で浪川に成敗された浪人の1人でした。
 
浪川について何か手掛かりが掴めつると見込んだ小兵衛は、与兵衛に頼み、蘭の間の隠し部屋に入れさせてもらいます。
 
あらすじ3)
鯉屋などの料理屋に設けられている隠し部屋は、怪しい客や何やら深い事情がありそうだと看た場合、その客人を隠し部屋のある座敷に案内し、店のものに監視させ、場合によってはお上に通報するためのものです。
 
隠し部屋の利点は、これから起きる危険や変異を未然に防げることで、町奉行所でも業者に対して隠し部屋を設けることを推奨しています。
 
そして、ここ不二楼でも蘭の間を含めた2つの座敷に隠し部屋を設け、蘭の間の裏手の物置小屋の一部に隠し部屋を作りました。
 
隠し部屋ののぞき穴は、普段は板などで塞ぎ、利用時には板をはずして穴から座敷の様子を伺います。また、のぞき穴は客人からは見えないように細工され、蘭の間の客人2人も、密談が小兵衛に盗み聞きされていることなど、知る由もありませんでした。
 
のぞき穴を背にして座る中年の侍は、酒肴の仕度を運んできた座敷女中に半刻(約1時間)過ぎたら料理を運ぶように指示します。
 
中年の侍は小田切といい、剣術の先生をしているとのこと。不二楼へは、麹町六丁目に住む煙管師・宮田政四郎の紹介で、今年の春から不二楼を利用していました。
 
そのため、小兵衛が小田切のことが気になったことを受け与兵衛は動揺するも、小兵衛の目的は小田切の連れの浪人の方だと説明し、与兵衛を安心させます。
 
蘭の間の2人は、高田の馬場での浪川修蔵との一件について話し込んでおり、小田切と話している浪人は平山と呼ばれ、浪川に斬りつけられた方は松崎と言いました。
 
浪川襲撃は、小田切の命令によって平山・松崎が実行に移したものの、その目的は浪川の腕試しでありました。小田切の最終的な目的は、浪川の剣である強敵を倒すことでしたが、その強敵の正体は明かされませんでした。
 
外が夕闇に包まれる中、波川とまだみぬ強敵との決闘にすっかり興味をそそられてしまった小兵衛は、寒さを忘れて2人の話に聞き入っていました。
 
その頃、浪川周蔵夫妻は、高田の百姓家からどこかへ引っ越していきました。
 
-特別長編 暗殺者 その2に続く-
 

剣客商売・暗殺者の登場人物 その1

浪川周蔵:ある目的から浪人2人に腕試しをされた浪人 36歳。また、別の人物から金五十両で仕掛けの
       依頼を頼まれた。小兵衛曰く、かなりの遣い手であり、かつ何人ものの血を大刀に浴びせてき
       たとのこと。左の小鼻に黒子がある。
 
      出自は不明で、祖先は戦国時代に土佐・高岡の小さな城の主とのこと。泊りがけで剣術を教え
      に行くことがあり、また、生活に追われている様子もない。自分のことを多く語らない無口な性格
      であり、私生活では妻と娘の3人で暮らしている。
 
静:浪川周蔵の妻、30歳。父は、信州松本六万石・戸田家の家来だったが、ある不祥事の責任を負わさ
  れ、戸田家から身を引いた経歴を持つ。生活は、旧主家・戸田家からの手当てが出ていて生活には
  困らなかったが、父親の死を持って戸田家との縁が切れた。
 
  浪川とは、本所・三つ目の家が隣同士で浪川とは父親と共に近所付き合いがあり、父親の葬儀も浪
  川が取り仕切ってくれた。一度は、国許の縁を頼ることを考えるも、浪川の提案を受け夫婦となった。
  夫婦共々無口であったが、心で通じ合っているような不思議な夫婦関係を築いている。
 
八重:浪川夫妻の1人娘で、4歳。両親の結婚後、引っ越し先である浅草・新鳥越で生まれ、父・浪川と真
    崎稲荷を散策するところを、同じく孫を抱いた小兵衛に目撃されている。
 
元締:目黒不動・門前の料理屋「山の井」にて、浪川に金五十両で仕掛けの依頼を持ちかけた人物。本
    名は、現時点で不明。裏稼業の掟から、浪川に持ち掛けた依頼の詳しいいきさつについては口を
    割れない。
 
小田切:不二楼・蘭の間を愛用する客人で、表向きは剣術の先生と名乗る。高田の馬場での浪川周蔵
     襲撃事件を計画、その目的はある強敵を倒すべく、浪川の腕前を試すためであり、彼を味方に引
     き入れるべく次の手を打つ。
 
平山・松崎:高田の馬場で浪川周蔵に襲いかかった浪人2人組。松崎は、浪川に脚を斬られるも軽傷で済
       み、相手が手加減しなければ、切断されていたとのこと。平山は、小田切と共に蘭の間に入
       り、次の計画を打ち合わせする。
 

剣客商売・暗殺者の読みどころ

シリーズ2作目の特別長編
前回の特別長編・10巻「春の嵐」は、老中・田沼意次と彼の政敵・松平定信を陥れるべく、一橋治斉による陰謀を主軸とする物語で、秋山大治郎を名乗る頭巾の侍・戸羽平九郎による辻斬りが、江戸を震撼させました。
 
しかし、今回の「暗殺者」は、秋山小兵衛・大治郎の敵となりうる存在が明確にされておらず、浪川周蔵に対しても、秋山家との関係が示唆されていません。
 
元締は、この世に生かしてはためにならない悪人の成敗、小田切はある強敵を倒すために浪川の腕を試していた、ここまで「剣客商売」を読み進めてきた方であれば、やはり今回も、田沼老中に絡んで秋山大治郎を狙った事件ではないかと思われるでしょう。
 
以下は、「暗殺者」のネタバレになってしまいますが、実は元締と小田切の標的は秋山大治郎ではありません。そして、「剣客商売」の敵役と言えば、田沼老中の暗殺を計画したこともある宿敵・一橋治斉ですが、今回の事件に一橋家は一切関与していません。
 
さて、「暗殺者」とは誰を指しているのか、そして、暗殺者が命を狙う人物は誰なのか、そもそも暗殺を計画した人物蔵やその動機も全く明かされていません。それは小兵衛についても同じことであり、一方では目的が見えず退屈に思えますが、物語を追うごとに見えてくる「暗殺者」の本当の意味を知った時の爽快感は、気持ちの良いものですよ。
 
浪川周蔵に焦点をあてた長編
「浪人・浪川周蔵」の題名のように、今回の特別長編は、小兵衛も気になった浪川周蔵にも注目しながら読み進める作風となっています。
 
これまでにも、新たな登場人物が主人公となって物語が展開する短編がいつくか執筆されましたが、「暗殺者」では、冒頭から浪川の一場面から始まり、小兵衛はどちらかと言えば、浪川の物語の登場人物の1人に過ぎないように感じます。
 
現時点では、仕掛け人と呼ばれる裏稼業を匂わせている浪川ですが、どうやら自分の意思に反して手を血に染めたような雰囲気があり、元締からの依頼も、彼がさらに血に染まることを示唆しています。
 
大切な家族を守るため、何とか裏稼業から手を引こうとする浪川ですが、一度、その世界に入ってしまうと二度と抜け出すことはできないとされています。(その理由は、「必殺仕掛け人・藤枝梅安」シリーズ」にて言及されています)
 
命の危機こそないものの、窮地に立たされた浪川周蔵が下した決断や、秋山小兵衛との関係が今度どのように進展していくのか、「暗殺者」最大の読みどころとなっています。
 

剣客商売~特別長編 暗殺者~

その1・浪人・浪川周蔵のまとめ

小兵衛と波川の接点は、真崎稲荷にてお互いに孫・娘を連れながらすれ違うだけで、お互いの素性を知らない状況ですが、次回紹介するその2「蘭の間・隠し部屋」では、浪川と親交のある小兵衛の知人の登場や、浪川に仕掛けを頼んだ元締の正体が明かされます。
 
特別長編「暗殺者」は、当ブログを含めて計7回にわけて紹介し、時系列を分かりやすくするため、各題名の前には「そのO」と数字を記しました。
 
今回は、いつもの半分の量となりましたが、次回からは、いつもの倍の量を長々と書き連ねることもあるでしょう。あまりにも長いと読む気が失せることもありましょうが、どうぞ「暗殺者」の最終編・その7までお付き合いください。
 
本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございましたほっこり