池波正太郎の「剣客商売」をたしなむ~女と男の巻~ | 池波正太郎・三大シリーズをたしなむ

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2020年5月に当ブログを開設しました。

現在は「剣客商売」の本編・16巻の読みどころや魅力を紹介する「剣客商売を極める」シリーズを投稿しています。月1投稿ですが、こちらの記事も是非、チェックしてみてください。

池波正太郎の「剣客商売」をたしなむ

~女と男の巻~

 
みなさん、こんにちは。管理人の佐藤有です。
さて、今回紹介する「女と男」は、小兵衛に窮地を救出された1組の男女の知られざる関係と、小兵衛との関わりを描いた短編です。
 

剣客商売・女と男のあらすじネタバレ

あらすじ1)

秋晴れが心地よいある日の午後。
 
秋山小兵衛・おはる夫妻は、深川の富岡八幡宮の参詣後、熊井町の翁蕎麦を食べ、柾木稲荷下の船着き場から大川を渡り、橋場へ向かっていました。
 
山谷堀を経由して今戸のあたりにさしかかると、左岸の料理茶屋・鳴戸の船着き場にて、1組の男女が侍3人に取り囲まれていました。
 
船着き場には屋形船があり、男は堀へ突き落され、女は侍たちに連れ去られようとしていました。その様子を舟から見ていた小兵衛は、約三間先の船着き場へ飛び上がります。
 
竹杖を武器に2人を堀へ落とし、もう1人には喝を入れて退散させます。一方、男の方は、連れの女を顧みることなく、屋形船の船頭に助けられ、その場を逃げていました。
 
女の方は、24,5歳の町人と見えるも、気品ある佇まいからかつては二本差しの家柄だったと思われました。
 
さきほどの連中の報復を恐れる小兵衛は、女を舟に乗せて橋場の船着き場を目指します。今戸から橋場までは距離が短いため詳しい事情はきけませんでしたが、侍3人から難癖をつけられて絡まれたとのみ話し、お互いに名前を名乗ることなく、橋場で別れました。
 
妖艶な色気を醸すその女性は、小兵衛に救助されてからは妙に落ち着いており、連れの男が逃げたこともまったく気にしていませんでした。
 
女性のあやしい魅力は小兵衛をも惹きつけずにはいられませんでしたが、おはるだけはその女性に対して激しい嫌悪を覚えていました。
 
あらすじ2)
鳴戸の船着き場での出来事から3日後の夕暮れ。
 
おはるは、橋場の道場にて、三冬へ冬に備えた夜具の縫い直しと綿入れを教えに行っていました。
 
一方、小兵衛は、湯島天神下の旧浅野幸右衛門宅に向かい、植村友之助と共に手習いをする子供たちの世話をし、浅草寺を経由して橋場へ向かいます。
 
浅草寺の境内の北面、本堂の裏手にあたる奥山裏は、田園地帯が広がる田舎で、浅草の外れには幕府公認の遊郭・吉原がありました。一方、裏山には、「玉の尾」という料理茶屋があり、お互いに見知らぬ男女の交わりの場として有名な茶屋でした。
 
「玉の尾」は、吉原や接待を伴う茶屋と異なり、女たちは諸事情でお金が必要になった者たちで、娼婦とは異なっていました。そのため、客人の中には身分のある武家がお忍びで訪れることもあり、長治からは「夢の茶屋」とも呼ばれていました。
 
小兵衛も、話には聞いていたものの、茶屋の場所を知ったのは今日が初めてでした。そこで、興味本位で客人の顔を見るべく、物陰に待機していると、先日の女が茶屋から出てきました。
 
見覚えのある女性に居ても立っても居られない小兵衛は、手ぬぐいで顔を隠しながら尾行を始めます。そして、女性は浪人風の男性と合流します。
 
男はやせ衰えてみすぼらしいなりで、女性に何か必死に訴えているようでしたが、女の方では男を煙たがっていました。
 
その後、男女は近くの木立の中へ入り、小兵衛も身を潜めながら2人の様子を伺います。
 
女はお絹、男は高瀬照太郎といい、鳴戸の船着き場で侍に絡まれ、堀に落とされた人物でした。
 
2人は昔、男女の関係にあったものの、2人の関係は昔のことときっぱり跳ね除けるお絹に対して、未練がある高瀬は彼女を諦めきれずにいました。
 
高瀬照太郎は、12年前に四谷道場に通っていた小兵衛の門人で、15歳の夏に入門し、約1年ほど稽古を付けました。
 
色白で岡場所の女性より色っぽいとからかわれたものの、小兵衛は、高瀬が病弱であることを見抜いていました。
 
高瀬は、常州(茨城県)・笠間八万石・牧野越中守貞長の家来・高瀬文之助の長男で、牧野家の江戸藩邸に勤務する井口伴之助の紹介で入門しました。
 
その後、井口は国許・笠間の勤務となり、公用で江戸を訪れた際に小兵衛と再会し、高瀬に関するある事件を聞かされます。
 
江戸屋敷の御長屋に暮らす高瀬は、同じ長屋に住む滝沢嘉四郎の妻女と関係を持ち、その現場を滝沢に目撃されます。滝沢は胸を突かれて死亡し、高瀬とその妻女は江戸屋敷の塀を越えて逃走しました。
 
事件後、高瀬家では両親がすでに病没、滝沢家でも跡取りがいなかったことから、敵討ちとはならず、両家の取り潰しの処分を受けました。
 
一方、遠くから高瀬・お絹の会話を聞いていた小兵衛は、お絹は殺害された滝沢の妻であり、滝沢の死は彼女による指示だったこと推測します。
 
その頃、お絹は我慢の限界に達し、高瀬を突き飛ばしてその場を去っていき、病気持ちの高瀬はその場に倒れ込んでしまいます。
 
すすり泣きを上げる高瀬でしたが、しばらくすると鳴き声がやみ、切腹して果てようとします。しかし、高瀬には腹を切り抜く力が残っておらず、たまりかねた小兵衛は偶然を装って高瀬の介抱に当たります。
 
あたりが夕闇に染まる中、小兵衛は馴染の駕籠かき・駕籠駒へ向かい、高瀬を鐘ヶ淵へ送るように依頼し、宗哲先生宛の手紙を託します。
 
駕籠駒へ運び込むべく高瀬を抱えた小兵衛は、彼の異常な軽さに驚くと共に、死期が迫っていることを悟ります。その後、駕籠と共に鐘ヶ淵に帰った小兵衛でしたが、その後を何者かが付いていきました。
 
あらすじ3)
小兵衛の後を追ったその者は、浅草・山谷の料理茶屋・鳴戸の若い者で、お店の客の迎えの駕籠を頼みに来ていました。
 
先日の小兵衛の仕業も目撃しており、その時の侍3人は、鳴戸の常連客で笠間藩の藩士でした。そして、その3人と馴染のある若い者は、小兵衛の居場所を藩士たちに伝えるべく、尾行を開始しました。
 
その頃、尾行に気が付いていない鐘ヶ淵では、高瀬の治療が施されました。止血処理により大事には至らなかったものの、宗哲先生の診察によると、普段から血が少なく、心臓も弱っていたことや、切腹による出血で体がさらに衰えたとのこと。
 
目覚めた高瀬に話しかけた小兵衛は、偶然、わめき声を聞いて駆け付けたと説明し、お絹のことは詮索せず、安心して養生するようにといたわります。
 
高瀬とお絹の関係は、お絹の方から誘い込み、女の指示で滝沢を殺害し現在に至りました。過去はきっぱり忘れた素振りを見せるお絹に対して高瀬は、まだお絹のことを諦めきれず、死ぬ前にもう一度逢いたいと思います。
 
しかし、実の父親のように付き添ってくれた小兵衛に対する感謝もあり、高瀬はこのまま静かに最期の時を迎えようと決意します。
 
そして、卵入りの重湯を口に出来るほど回復したその日の午後。鐘ヶ淵に三冬が訪ね、小兵衛用の袖無半纏を携えると共に、堤の下の木陰から怪しい気配があったことを報告します。
 
その日は大治郎の帰りが遅いことで、三冬は鐘ヶ淵で夕餉をいただくことにし、小兵衛も高瀬の回復を見込んで、奥の部屋から居間へ移りました。
 
あたりは夕闇が広がり、おはるに灯りを付けるように指示したその時、縁側の障子側から怪しい気配を察します。
 
また、奥の部屋で眠る高瀬の急変を知らされた小兵衛は、曲者の相手を三冬に任せ、高瀬の元に向かいます。
 
曲者は覆面を被った6人組で、居間から飛び出してきた三冬に次々と斬りつけられていきます。
 
そして、居間の騒ぎが静まると同時に、高瀬は息を引き取り、小兵衛・おはるが静かに看取りました。
 
鐘ヶ淵を襲撃した曲者たちは、戦闘不可能な状態にとどめられ、弥七に引き渡された1人の自白により、6人の正体が判明します。
 
曲者6人のうち、3人は笠間藩士であり、鳴戸の船着き場で小兵衛に撃退された侍たちでした。彼らも滝沢の死の真相を知っており、滝沢の妻であったお絹を見つけたからには、捨てておけなかったとのこと。そして、残り3人は金五両で小兵衛の暗殺を依頼された浪人でした。
 
藩士たちの目的は小兵衛であり、高瀬が鐘ヶ淵にいることや、彼の死を知らなかったと思えました。
 
牧野家では、今回の騒ぎから町奉行所の手が入り、もめごとが起きていました。そこで、弥七を通じて小兵衛と高瀬の関係等を奉行所に知らせるも、牧野家から高瀬照太郎とは関係ないとの報告を受けたことで、事件はうやむやにされました。
 
あらすじ4)
高瀬照太郎の死から1年近くたった初夏の夕暮れ。
 
小兵衛が、おはるの女船頭で大川を渡っている中、行き交う船の中からお絹の姿を見つめます。
 
隣には、大店の主人と思われる人物がおり、その仲睦まじい様子に、おはるは怒りを覚えていました。高瀬の死を知らないどころか、高瀬のことをすっかり忘れ、平然と別の男とくっつくお絹の神経が許せませんでした。
 
また、お絹は後ろの舟が小兵衛・おはるだと気づいておらず、両者は大川橋を下っていきます。
 
その時、小兵衛はあることを思いつき、おはるは竿を小兵衛に渡し、魯でお絹の船に近づきます。
 
左岸に見える浅草寺の大屋根は夕日に照らされ、行き交う船も少なくなった頃、一艘の舟がお絹の方をすりぬけようとした瞬間、小兵衛はお絹に声をかけ、高瀬の死を知らせます。
 
お絹が驚いた顔を見せると同時に、小兵衛の竿がお絹の胸をはらい、仰向けに大川へ落とされてしまいます。
 
船頭と連れの男が動揺するのをよそに、おはるの舟はどんどん遠ざかっていきました。
 
高瀬の敵討ちを受け、おはるの機嫌はすっかり直り、表情もすがすがしいものとなっていました。
 
一方、高瀬照太郎は、小兵衛の菩提所・本性寺で静かな眠りについています。
 
-終-
 

剣客商売・女と男の読みどころ

お絹は魔性の女?
「恐い女」と言っても、その人物像は人それぞれであり、あの小兵衛も最近では、おはるのことを恐いと称しています。小兵衛の場合は、亭主が女房に頭が上がらない意味合いが強いでしょうが。
 
さて、剣客商売ではこれまで数多くの女性が登場し、中には男性陣をふるえあがらせた恐い女性も何人かいます。しかし、今回登場したお絹は、これまでの女性とは異なる精神的な恐さを秘めています。
 
自分から高瀬に寄ってきて、愛想を尽かした亭主の殺害を指示しておきながら、江戸屋敷逃亡後は、高瀬との関係をきっぱりと断っています。そして、高瀬の死後も、何事もなかったかのように他の男と親しくする様子に、小兵衛はこのように称しています。
 
「女という生きものはな、むかしのことなぞ、すぐに忘れてしまうものさ、お前(おはる)だって、わしが死んだら一年もたたぬうちに、若くて活きのいい男をこしらえて、今日の酒はうまいとか何とか、うれしそうにやっているにちがいないさ」
 
お絹を快く思わないおはるは、自分の女房に向けた冗談ではないとすっかりご立腹でしたが、高瀬の敵討ちと称して、お絹を堀へ突き落した後にはすっかり機嫌を直していました。
 
些細なことでやきもちを焼いたかと思えば、いつの間にか機嫌を直している、そこがおはるにあって、お絹にはない、小兵衛を惹きつける魅力でしょうか。
 
三冬の髪型について
「女の男」の後半では、三冬の髪型について小兵衛が女髷を結ってみたらどうだと提案しています。
 
大治郎と結婚して1年が経過した三冬の髪型は、髪を後ろで束ねて毛先を紫縮緬でまとめたもので、女髷が結えるまで伸びた今でも、おはる考案の髪型を貫いています。三冬がこの髪型を気に入っていることはもちろん、肝心の夫・大治郎も三冬らしくて良いと、あえて髪型を変えさせないようにしている模様です。
 
また、今回は小兵衛に代わり、戦力として活躍した三冬は、結婚後も剣術の稽古を続けており、女武芸者時代より、さらに腕を上げています。女性の恰好で、刀を馴れた手つきで振り下げる三冬の姿は、男装時代以上の脅威を感じるでしょう。
 

剣客商売~女と男~まとめ

妖艶な女性・お絹は、男たちを振り向かせずにはいられない、あらしい魅力をはらんだ女性でしたが、小兵衛にだけは、彼女の魔力は通用しなかったでしょう。
 
さて、次回の「剣客商売」をたしなむは、もう1人の女武芸者・杉原秀の再登場と、彼女が保護した男の子を巡る騒動を描いた「秋の炬燵」を紹介します。
 
本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございましたほっこり