池波正太郎の「剣客商売」をたしなむ~梅雨の柚の花の巻~ | 池波正太郎・三大シリーズをたしなむ

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現在は「剣客商売」の本編・16巻の読みどころや魅力を紹介する「剣客商売を極める」シリーズを投稿しています。月1投稿ですが、こちらの記事も是非、チェックしてみてください。

池波正太郎の「剣客商売」をたしなむ~梅雨の柚の花の巻~

みなさん、こんにちは。管理人の佐藤有です。
 
さて、今回紹介する「梅雨の柚の花」は、秋山大治郎待望の2人目の入門者・笹野新五郎に焦点を当て、放蕩生活から再び剣の道に進み始めた新五郎の決意と、彼の出生の秘密に迫った短編です。
 

剣客商売・梅雨の柚の花あらすじネタバレ

あらすじ1)
初夏の日差しが江戸を照らす頃、鐘ヶ淵では三冬がおはるから針仕事を習っており、橋場の道場では大治郎の指導の元、門人・2人による真剣を用いた無外流の型の稽古が繰り広げられていました。
 
大治郎の一番弟子・飯田粂太郎と組む2人目の入門者は、笹野新五郎といい、神田・裏猿楽町に屋敷を構える六百石の旗本・笹野忠左衛門の長男、年は25歳です。以前は、一刀流・朝倉平太夫道場に通い詰めていたものの、3年前に師匠・平太夫の死を機に道場は閉鎖され、新五郎は剣を断ち、放蕩の日々を送っていました。
 
しかし、父・忠左衛門が、田沼意次の側用人・生島次郎太夫と親しい仲であったことから、生島用人を通じて大治郎の評判や田沼屋敷での稽古の様子を目の当たりにし、新たな師の元で剣術に励むことを決意しました。
 
新五郎が再び稽古に通い始めたことは、忠左衛門は勿論、生島用人にも嬉しい出来事でした。一方、生島用人は、何かにつけて大治郎に新五郎のことを頼みにしており、三冬によると生島用人には実子がおらず、それゆえに、新五郎の親代わりになったつもりで気に掛けているのではと、夫に打ち明けます。
 
放蕩の日々から心を入れ替えた新五郎の鍛錬は、まず、基礎体力を付ける振棒を振る稽古から始まりました。しばらく稽古から離れていた新五郎でしたが、半月前から1人で体を整えていたとみえ、二百貫の振棒を五百回振り続けても安定した姿勢を貫き、大治郎・三冬も彼の成長を温かく見守っていました。
 
一時は、振棒から凄まじいばかりの殺気が見えたものの、入門から2ヶ月が過ぎた頃には邪念が消え、剣に没入するようになりました。
 
橋場での稽古を終え、橋場の町筋へ入っていく新五郎を、編笠を被った侍2人が目撃し、彼の変容ぶりに動揺します。そして、新五郎を見届けた2人組は、彼の後を追うように神田へ向かい、笹野忠左衛門屋敷の南隣、旗本・飯塚左内の屋敷へ入っていきます。彼は、飯塚家の嫡男・釜之助であり、3年前、新五郎の師・朝倉平太夫を殺害した犯人の1人でした。
 
事件当時、釜之助は、同じ道場の門人と共に犯行に及びましたが、偶然、平太夫道場の下男・為八に目撃される失態を犯した挙句、口封じもままならず逃げられてしまいました。そして、放蕩息子と聞いていた新五郎の変わり様から、道場時代に親しかった為八から事件の真相をきかされ、自分たちの復讐を計画しているのではと考えます。
 
その頃、屋敷に戻った新五郎は、亡き師の形見である貝原益軒の「諸国巡覧記」を読みながら、師匠の最期を思い出していました。
 
事件直後、厠で血まみれの状態で発見された師匠は、その傷跡から用をたしている隙に外部から突きさされ死亡、奉行所の調べでは、下男が盗賊を手引きしたとされています。一方、為八を可愛がっていた新五郎は、自分が知る限り為八が大それたことをするはずはないと思いつつも、彼が出身地を偽っていたことを突き止めてからは、複雑な感情を芽生えさせていました。
 
一方、笹野家の居間では、父・忠左衛門と、後妻、弟・数馬がにぎわいを見せており、厠へ立った新五郎は彼らに対しても複雑な感情を抱いていました。
 
新五郎は、病没した前妻の子供とされましたが、18年前に病没し、数馬の母が後妻として入りました。しかし、数馬の誕生を皮切りに、父や継母が次第に他人行儀な態度をとりはじめ、実の親と信じ切っていた父親のよそよそしい態度はやがて笹野家の奉公人へも波及し、彼らのささやきから、自分は忠左衛門の実子ではないと、おぼろげながら感じ取るようになります。
 
そして、自分がいない所で家族のだんらんを楽しむ父・継母・弟の笑い声を聞くたびに、新五郎の心には、絶望と不安、やり場のない怒りがこみあげるようになりました。以前は、剣術に打ち込むことでそれらを発散させていましたが、師・平太夫の亡き後はその吐け口を放蕩に向けていました。
 
しかし、今は秋山大治郎という新たな師との出会いが、新五郎に一筋の光を差し、心を入れ替えると共に、おかたを死に追いやったある剣客との戦いに闘志を燃やします。
 
あらすじ2)
翌日。稽古を終えた新五郎が屋敷に戻った頃、市ヶ谷八幡宮の境内にある料亭「万屋」には、笹野家の南隣に住む飯塚釜之助と、松平鎌太郎、そして、2人の剣術の師である直心影流・加藤勇右衛門が何やら語り合っていました。
 
師匠と弟子とは思えない様子を見せる3人は、朝倉平太夫の愛弟子・笹野新五郎の近況を探っており、彼が笹野家で継子扱いされていることや、2ヶ月前から秋山大治郎道場に通い詰めていることを突き止めていました。新五郎の変化を共有した3人は、平太夫の下男・為八が密告をし、新五郎が自分たちに復讐を目論んでいると一方的に思い込んでいました。
 
加藤ら3人と朝倉平太夫の因縁は、3年前の春までさかのぼり、王子稲荷前の料亭「吉野屋」の奥座敷に入った3人は、酒の酔いに任せて担当の奥女中にいたずらを仕掛けようとします。しかし、偶然、廊下を渡っていた平太夫に騒ぎを聞かれ、女中への乱暴をとがめられます。3人は怒りに任せて刀を抜くも、泥酔状態で足元がおぼつかなく、平太夫に叩き倒された挙句、鎌太郎は髷を切り落とされてしまいます。一方、師の加藤は、立ち合うどころが門人を置いて真っ先に逃げてしまい、道場主としてあるまじき失態を犯してしまいます。
 
料亭での出来事は、剣客としても恥ずべき行為であり、万が一、平太夫がこの事を噂しようものなら、加藤道場の面目も丸つぶれでした。そこで、噂が広まる前に平太夫を始末するべく、ある晩、厠に入った平太夫の隙を狙い、厠を挟み撃ちするように槍を突き入れて殺害します。しかし、その時の様子は、下男の為八に目撃されるも、事件後に為八は失踪、奉行所も盗賊の仕業と断定したため、真相は闇に葬られました。
 
一方、新五郎は、為八と親しい関係にありましたが、事件後は為八の姿を見かけておらず、加藤達が犯人であることは知る由もありませんでした。しかし、為八との関係や彼の失踪、2ヶ月前から剣術を再開した新五郎を見た釜之助は、彼が事件の真相を知り、自分たちに復讐を企てていると思い込みました。
 
そして、身の危険を察した加藤たちは、事件の発覚と復讐を逃れるべく、笹野新五郎を殺害する計画を立て始めます。
 
あらすじ3)
大治郎・三冬が午後から田沼屋敷に赴くことになり、新五郎は道場の留守居を任され、道場主夫妻の外出後、道場の掃除を始めます。
 
一方、不二楼に近い山谷堀の料亭「網彦」の奥座敷では、加藤勇右衛門と、飯塚釜之助、松平鎌太郎が打ち合わせを行ない、新五郎の帰りを見計らって、石浜神明宮と真崎稲荷社の西側の小高い丘を目指して歩みを進めます。
 
このあたりは大治郎の道場に近く、かの朝倉平太夫の高弟だった新五郎と剣で立ち合ったところで、勝ち目がないと判断した加藤は、を得意とする松平鎌太郎に息を根を止めさせようと画策します。しかし、道場を見張っていた飯塚鎌之助の報告により、大治郎夫妻が早く帰ってきたことで、3人は計画を練り直し、新五郎が橋場を出ないうちに仕留めようと別の場所に移ります。
 
その頃、久しぶりに暇が取れた田沼老中との団らんを楽しんできた大治郎・三冬は、新五郎の帰宅後、隅から隅まできれいに磨き上げられた道場に目を細めていました。一方、提灯を片手に笹野家に戻る新五郎は、明日の帰りにおたかのお墓まいりに行くことや、彼女を死に追いやった小出源蔵への復讐心、良き師を紹介してくれた父の知人・生島用人への感謝を心に秘めながら、橋場の町へ入ろうとした矢先、一筋の矢が新五郎を襲います。
 
矢は、新五郎の左肩に突き刺さるも、瞬時に異変を察し、左肩の傷をものとせず応戦する姿勢を構えます。周囲の畑に身を潜めていた釜之助の襲撃も交わし、加藤勇右衛門とのせめぎ合いとなるも、怪我の影響で新五郎は加藤に押され気味でした。一方、加藤はこれでもかと押しながら、鎌太郎に二の矢を射込むように指示します。
 
その時、背後から声をかけられた鎌太郎は、油断した隙に左腕を斬られ、背後にいた男は、新五郎・加藤の目の前に提灯を掲げ、問いただします。その男の正体は、大先生こと秋山小兵衛でした。
 
小兵衛の登場により勇気がわいてきた新五郎は加藤を突き放し、今にも逃げ出そうとする加藤を背後から峰打ちにします。一方、その場にいた釜之助は小兵衛の登場と同時に、一目散に去っていきました。
 
事件から数刻前。またには台所から離れたいというおはるの要望から、小兵衛夫妻は橋場の料亭「不二楼」に足を運んでいました。当初は、大治郎夫妻も呼び寄せる予定でしたが、2人が田沼屋敷に赴いていると聞き、おはるを舟で先に帰らせて、自分は不二楼の料理を大治郎の元に届けるべく向かっていた途中で、新五郎の闇討ちに遭遇しました。
 
あらすじ4)
盗賊による仕業とされてきた朝倉平太夫の事件は、加藤の白状により真相が明るみとなりました。また、一連の事件に関わった飯塚釜之助・松平鎌太郎も、加藤の証言により言い逃れが出来ない状況となり、れきっとした旗本という身分から、課される罪も重いと見られました。
 
一方、釜之助の勘違いにより、師匠・朝倉平太夫の仇を討った新五郎は、おたかの墓まいりに訪れていました。
 
おたかの仇を討ったら、腹を切り自ら命を絶つことを決めていた新五郎でしたが、朝倉平太夫を彷彿させる新たな師・秋山大治郎との出会いを機に、もっと剣を極めたいという思いから、笹野家の家督を弟・数馬にゆずり、自由の身となりました。
 
おたかは、笹野家がひいきにする船宿「三吉屋」の女中をしており、師・平太夫の死後、新五郎は、三吉屋を根城に遊蕩に溺れていました。その時の遊び金の大半は、三吉屋の主・伊兵衛が出してくれていましたが、実は、生島次郎太夫が密かに三吉屋へお金を預けていたものでした。
 
新五郎の実の父親は、時の老中・田沼意次に仕える生島次郎太夫その人であり、彼がまだ若かりし頃に、ある料理茶屋の座敷女中との間に生まれたのが、新五郎でした。そして、当時の笹野家では、忠左衛門の前妻の病気により後継ぎに恵まれなかったことから、新五郎が養子として引き取られました。しかし、実の母と思っていた前妻の病死と、弟・数馬の誕生により、新五郎は次第に笹野家に居づらくなっていました。
 
笹野家に対する不満や怒りは、全て朝倉道場での稽古で発散することができたものの、師匠の死を機に道場は閉鎖され、新五郎の吐き口は次第に遊蕩へと傾きはじめ、その時に出会ったのがおたかでした。
 
亭主を亡くしたおたかは、5歳になる息子を実家に預けて三吉屋で働きはじめ、年は30を1,2つ越えていたそうな。色白の美人とは言い難いものの、温かく包容力のあるおたかとの触れ合いは、新五郎に安らぎを与えていました。
 
しかし、今年の2月末。二階の座敷へお酒を運んでいたおかたは、何かの拍子につまづいてしまい、偶然、座敷から出てきた2人組の侍の袴にお酒が飛び散ってしまいます。この出来事に起こった侍は、おかたを階段へと突き落としてしまい、そのまま息を引き取りました。
 
その侍は、小出源蔵と言い、三吉屋に近い木挽町七丁目に屋敷を構える豊前中津十万石奥平家の武具奉行・剣術指南役を務める者であり、三吉屋とは奥平家の家臣もひいきにするほどの馴染がありました。そのため、三吉屋は奥平家からの大金と引き換えに、おかたの死を泣き寝入りせざるを得ませんでした。
 
この出来事が、新五郎に再び刀を握らせるきっかけとなり、生島用人へはおかたのことを隠しながら稽古の再開を相談をし、大治郎道場に入門を果たしました。
 
江戸は梅雨に入り雨が降りしきる中、おたかの墓の後ろの木立の中に咲く、可憐に咲き残る花をみつけた新五郎は、かつての自分の姿と重ねて見入った後、傘を差してその場を後にしました。
 
その寂しげな花の名が、柚(ゆ)の花と知ることなく。
 
-終-
 

剣客商売・梅雨の柚の花の作品解説

大治郎の2番弟子・笹野新五郎
「梅雨の柚の花」で本格的な登場を果たした笹野新五郎は、表向きは、六百石の旗本・笹野忠左衛門の長男とされ、母親は病死した前妻との子供とされていました。
 
しかし、実の両親とされてきた忠左衛門夫妻とは養子関係にあり、実父は生島次郎太夫であることが、作中で語られています。しかし、新五郎の出生の秘密を知る者は、生島用人と養父・忠左衛門のみとされ、事情を知らない笹野家では新五郎の血筋を疑い、新五郎自身も忠左衛門との血縁関係に疑問を持っていました。同時に、笹野家でも自分の血を分けた息子を跡継ぎに据えたいことが実情であり、それらが新五郎の継子扱いにつながったでしょう。
 
そのため、新五郎自ら家督を弟に譲ると言い出したことは、忠左衛門夫妻にとって嬉しいことであり、それ以降の新五郎に対する態度も一変しました。傍から見れば、笹野夫妻の豹変ぶりに怒りを覚える方もいるでしょうが、その選択によって新五郎の悩みの種が消えたと思えば、腹立しさも収まるでしょう。
 
一刀流・朝倉平太夫
新五郎のかつての師匠である朝倉平太夫は、小石川に道場を構えた一刀流の使い手で、道場は平太夫の死後閉鎖されました。規模は小さく、門人も10人程度とこじんまりした道場でしたが、新五郎の稽古ぶりから良き指導者であったことがうかがえます。年齢は、新五郎が10歳で入門した時点で、今の新五郎(25歳)くらいの年齢と推測され、亡くなった時には、まだ40歳に満たないかったでしょう。
 
朝倉平太夫の名は、小兵衛もその名を聞いたことがあり、とにかく派手に打ち合い、それなりに型はそれなりに仕上がれば良いという剣術方針が流行(?)している中、質を重視した新五郎の剣さばきや彼の真面目な姿勢から、生前の平太夫の指導方針をかいま見ています。
 
親子名乗りができなくても
生島次郎太夫は、田沼意次の側用人(秘書)であり、主・田沼老中からの絶大な信頼やその手腕から、「懐刀」の異名が付けられており、秋山親子の窮地の際には、主に代わって彼らの手助けを行っています。
 
敏腕として知られる生島用人は、妾腹生まれの三冬に対しても、彼女の幼少期から何かと世話を焼いていた一方、体に血が通っているのかとおもうほど感情を表に出さない、三冬曰く生き人形のように、主の命ずるまま働いているという印象が持たれていました。
 
そのため、新五郎が大治郎道場へ入門した際も、養父・忠左衛門以上に熱心に新五郎のことを頼み、大治郎・三冬夫妻も始めこそ、生島用人の変貌ぶりに困惑しつつも、生島用人に子供がいないことから、親代わりになったつもりでと解釈していました。
 
しかし、生島用人の行き届いた行動は、親代わりではなく、実子ゆえに思い入れが強く、陰ながら彼の行く末を見守っていきたいという、生島用人の父親らしい一面が現れているでしょう。また、新五郎自身は、生島用人が実父であることは、知る由もありません。
 
一方、新五郎は、最愛の女性・おたかの死後、残された彼女の1人息子を行く末を気に掛けていました。今は、母方の祖父の家で育てられていますが、成長し何か商売を始めあかつきには、笹野家から支払われた大金をその準備金に充ててあげようと考えていました。
 
新五郎とおかたの息子は、おそらく面識はないと思われますが、親代わりとしておかたの息子を見守る新五郎の姿は、陰ながら彼の成長を見守ってきた生島次郎太夫を彷彿させ、生島用人・新五郎の親子関係をにじませています。
 

剣客商売~梅雨の柚の花~まとめ

大治郎の二番弟子・笹野新五郎に焦点を当てた「梅雨の柚の花」は、秋山親子が剣で立ち向かわない異色の回となりましたが、笹野家での苦悩や、生島次郎太夫との知られざる関係、秋山大治郎への弟子入りを機に人生に希望を見い出した新五郎の復活まで、一度読み始めた目が離せないおすすめの短編です。
 
さて、次回の「剣客商売」をたしなむは、慣れない遊びに手を出して、大怪我を負ってしまった(?)ある旗本の動向を愉快に描いた「大江戸ゆばり組」を紹介します。
 
本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございましたほっこり