思い余って新創刊!(笑)
よろしくお願い致します。
名古屋の姓名判断の先生に最初につけてもらった「新田明子」という名前があまりぱっとしなかったので、もうひとつ考えてもらったのが「松田聖子」。
本人もこれを気に入り、決まっていたドラマ「おだいじに」の出演の役名をこの「松田聖子」という名前に変えてもらった。
●3月23日(日)
NHK 「レッツゴーヤング」初登場! (1983/12/25放送)
LULLABY 4さん、ありがとうございます。
●4月1日(火)
デビューシングル 「裸足の季節」 発売
デビュー当時のキャッチフレーズは「抱きしめたい! ミス・ソニー」
作曲:小田裕一郎
編曲:信田かずお
2.RAINBOW~六月生まれ(4分12秒)
作曲:森家住吉
編曲:若草 恵
オリコンデータ
最高 12位/登場数 29週/売上枚数 28.2万枚
解 説
資生堂『エクボ洗顔フォーム』のCMにモデルとして出演するためオーディションを受けたが、自身に“えくぼ”ができないために不合格となった。
代わりにCMソングを歌うことが決まり、2月末に急遽レコーディングされたのがこの「裸足の季節」である。
ジャケット撮影も10分ほどで行われた。
ジャケットの衣装は自ら新宿で探したものという。
レコーディングは資生堂や代理店の関係者に囲まれる中で行われた。
途中、初レコーディングに感激で涙が止まらずNGの連続。
CMには、松田聖子ではなくモデルの山田由紀子が出演しており、「唄・松田聖子」のクレジットが表示されていたものの、山田由紀子が歌っていると誤解されることもあった。
そのため、当時エクボ洗顔フォームのキャンペーンで、山田由紀子と松田聖子の2人揃ってのサイン会が催された際、山田の方にサインを求める人が集まり、松田の方には人が集まらなかったという。 Sa Mさん、ありがとうございます。
ニッポン放送の番組「ロッテ歌えヤンヤン」の公開録音で最初に披露され、それが松田の歌手としてのデビューともなった。
その際の曲名は「ハイヌーンは熱く」 というものだったが、その日のうちに「裸足の季節」へと変更された。
1989年には8cmCDとして、2004年には紙ジャケット仕様の完全生産限定盤12cmCDとして再びリリースされている。
エピソード
《初めてのステージ》
松田聖子が歌手として初めてステージに立ったのは、デビュー前の1980年3月の「ロッテ歌えヤンヤン」(ニッポン放送)での公開録音でした。聖子はシックで大人っぽいドレスに高いヒールというイメージがずれた格好で、約百人の聴衆の前で「ハイヌーンは熱く(=裸足の季節)」を歌ったものの、歌詞を間違えたり歌いだしで遅れるなど、「もう泣くよりもただ呆然としてしまった。」ほどの散々な内容でした。
LULLABY 4さん、ありがとうございます。
●4月13日(日)
NHK 18:00~18:40 「レッツゴーヤング」
「サンデーズ」として本放送初出演
●4月14日(月)
●事務所の天田さん宅の6畳間に住んでいた。
ミッション・スクールにいた聖子さんは、毎晩ベッドに入る前
その日1日を反省し、家族や友人の幸せをお祈りしていた。
◆参考サイト様
ウィキペディア フリー百科事典
Seiko Fan Web Site ~松田聖子の部屋~
Starlight Room ~Seiko Room~
聖子… 君が好きだ!!
SEIKOKIESおしえてブログ
◆参考文献
明星特別編集 聖子
週刊明星フォト・シリーズ 愛・聖子
※紫字…7月22日改訂
緑字…7月27日改訂
◆お願い◆
松田聖子さんの“歩み”をできるだけ多く記録する為に、
あなたの貴重な情報をお寄せ下さい。
編 集 長 : 鹿田 聖
新聞ラジオ・テレビ欄調査 : masainoki様
映像調査・提供 : LULLABY 80's様
(YouTubeチャンネル LULLABY 80's)
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