有楽町の巨人 ~牛丼伝説4~
有楽町の巨人(後篇)
~牛丼伝説4~
有楽町店と言えば、築地店と並び日本全国でも上位を争う忙しさと来店客の多さで有名な老舗店舗だ。
とにかくピーク時の1時間あたりにさばかなければならない客数は、他店舗とは比較にならない。
へたをしたら昼食時の1~2時間で、へなちょこな地方店の一日の売り上げを達成してしまうほどだという。
盛り付けや接客のレベルも、おのずと全国レベルになっていく。
有楽町店というのは、そうゆうカリスマ的な、一般のバイトなど足手まといになりかねない戦場とも呼べる店なのである。
そしてそこに、昨年度の早盛り全国優勝者がいるらしい。
ひとつ断っておくが、早盛りとは、ただ早く盛ればいいというものではない。
並盛なら牛肉85g、玉葱3~5切れ、タレ35g、ご飯260gで、許される誤差は牛肉で±5gまで、ご飯は±10gまでと決められている。
その範囲内で、どれだけ綺麗に早く盛れるかということなのだ。
たとえどんなに早く盛れても、盛りが汚くて食べる気が起きない牛丼など、我々からして見れば牛丼ではないのだ。
また、いらぬ前置きが長くなった。話を進めよう。
おれの胸は高ぶっていた。
こんなにもバイトが、待ち遠しかった日はなかった。
それはまるで、大好きな彼女との初めての旅行のようだった。
そこには、あらかじめ予定されている○○○や●●●が、当たり前のように含まれているにもかかわらず、二人は旅行などという大義名分に、己のパンパンになった下心を隠している・・・・そんな気持ちだった。
あまりも楽しみすぎて、当日は23時の出勤よりも20分以上も早く有楽町駅についてしまった。
有楽町店は大きな店舗だった。
椅子の数も、従業員の数も、厨房の広さや冷蔵庫の大きさも、自分の店とは比較にならなかった。
おおよそ掃除もしていないであろう「控室」という名の倉庫みたいな部屋で、着替えをして現場に入った。
深夜隊のバイトの人数も多かったため、おれの盛り技を披露できるチャンスはなかったが、垣間見た有楽町店の従業員はどいつもこいつもあきれるくらい盛りが早かった。
さすがにクソ下町の田舎店舗とちがい、レベルが高いな。
おれは青いプラバケツを洗浄しながら、横目でちらりとそれを見ておもった。
奴は、翌朝8時に出勤予定だ・・・つまり全国制覇をした怪物が現れるまで、あと9時間もある・・・。
おれは、ひたすら時間が過ぎるのを待った。
深夜の店は、さほど忙しくはなかった。
夜が明けて電車が動き始め、東京が目を覚ました。
4時をまわり5時に近づいてくると、どこからともなく客が店に集まりだし、おびただしい数の朝定食の器がトレーにどんどんセッティングされていった。
深夜バイトは体力的に最もきついラストスパートの時間に、一番忙しい朝定食を迎えることになる。
バタバタと朝定食の準備に追われ、気が付くと、いつのまにか有楽町店の椅子席は満席になっていた。
すごい勢いでオーダーが飛び込んでくる。
配膳と会計とお茶と・・・もう、基本的なことをこなすだけで精いっぱいだ。
席待ち客たちが、店の外にまであふれかえっている。
文字通り戦争のような職場だった。
そんな時間が、2時間ほど過ぎた。
朝帯のバイトや交代の社員が、ちらほらと姿を見せ始めた。
・・・・・あいつか? いや、それとも、あいつか?
おれは、配膳や会計をしながらチラチラと怪物の姿を探した。
しかし名前も知らない一人の従業員を見つけ出すのは、不可能に近かった。
店はそれほどまでに忙しく、従業員のネームプレートすら覗く余裕もない、
結局、そうこうするうちに8時が来てしまい、おれたち深夜帯のバイト連中は片づけや引継ぎをはじめ、現場を去る時間になってしまった。
カウンターも厨房も、全てのスタッフが朝帯のスタッフに変わり、疲れ果てたおれらが控室に戻ろうとした時、一緒に働いていた仲間の一人・・・おそらく、こいつも他店からのヘルプなのだろう・・・が、ぽつりと言った。
「あ、あの人だよ、去年の早盛りで優勝した人・・・・」
おれは、一瞬で目が冴えた。
そして振り返ったその後ろに、
まさに「怪物」はいた。
その怪物は、なんの変哲もない中肉中背のさえないヤローでしかなかった。
おれが想像していた、ものすごいオーラもなければ、ほかの社員が「神」とあがめている様子もなかった。もちろん、女にクソモテている様子は微塵もうかがえなかった。
むしろさえないTシャツや長靴ルックがハマり放題にはまっている、地味な印象の人物だった。
おれは、やり残した仕事を片づけている風な動作(実際には、なにもやっていない)で、しばらく様子をうかがった。
朝定食の飯盛りや、たまにオーダーではいる牛丼の盛り付けは確かに早いが、それが全国レベルなのかと言われれば、いささか疑問だ。
ともすればおれと同等、もしくはおれの方が早いかもしれない。
その程度にしか、確認ができなかった。
いいかげん現場に残っているのも気まずくなってきた。
深夜帯なのにぐずぐず残っているのは、おれ一人だけだ。
しかたがない、まぁ怪物は見れたは見れたし、帰るか・・・と肩を落とした。
その時、「並7丁!!!」という、大型の注文が入った。
これは、チャンスだ。
じっくりと、早盛りの技が堪能できるぞ。
そして
ついに
怪物が動いた。
やおら
本気を出した。
早いぞ。
早すぎる。
ものすごく正確な量で、腕や体にまるで無駄な動きがない。
鍋からお玉ですくい上げた煮肉が、一瞬だけ宙に浮いたように見える。
その浮いた一瞬の間に、お玉と丼をすっと入れ替えるように盛り付けていく。
完璧ともいえる「横抜き」だ。
煮肉はまるでハサミで几帳面に切り取られたかのように、丼の口径ピッタリの大きさで次々に丼に収まっていく。
7丁の牛丼を作るのに、たったこれだけの時間しかかからないのか・・・という短い時間で、瞬時にそれは終わってしまった。
おそらく、同じ時間でおれが盛れるとしたら・・・・せいぜい5丁。
いやまて、あれだけの正確さと盛りの美しさをキープしての盛りとなると、4丁が精一杯かも知れない。
完敗も甚だしい。
おれは井の中の蛙だった。
何も知らない自信過剰なクソガエルだった。
ゲコゲコと声だけうるさい、クソ下町の愚鈍なクソッたれガエルだ。
でも、おれは、なんだかうれしくて仕方なかった。
世の中の凄い怪物を、本当の本物を見れて、おれはうれしかったのだ。
一人きりの控室で「やっぱ、すげーなー・・」とか、独り言をニヤニヤして言いながら、牛丼くさいTシャツを脱いだ。
外に出ると、太陽が変な黄色を帯びてギラギラ輝いていた。
有楽町の駅は朝のすごい人込みで、牛丼くさいおれはフラフラで電車に乗って帰った。
ずっと楽しみにしてきたイベントが終ってしまってなんだかガックリきてしまい、その日は大学も休んで次の日の朝まで眠ってしまった。
おれは、その日以来、早く盛ることをやめた。
早く盛ることをやめてしまうと、仲間との会話が増え、バイトがより楽しくなった。
オフの日は時々、深夜仲間に餃子とか麻婆豆腐を差し入れ、みんなで変わり牛丼を作って爆笑しながら食べたりもした。
先輩の中村さんは、おれより何年もバイト歴が長いのに、相変わらずトロトロとのんびり牛丼を盛っていた。
でも、その牛丼は最高においしかったのだ。
中村さんの牛丼は、ほんと最高っすね・・・と、
おれは、中村さんの盛ってくれた牛丼を
深夜にムシャムシャ食べながら
そう言った。
終
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スガシカオ・被災地
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