私には子供がいない

いつの日か

一人になると思う

両親も、夫も、実家も無くなった時

 

さて、どうしようか

私にとっての安全地帯が無くなった時

 

さて、どこへ旅に出ようか

 

『旅の効用 人はなぜ移動するのか』

著:ペール・アンデション

 

人は旅をする。

時に気ままに、時に計画性たっぷりに。

旅は絶対安全領域の家から飛び出し、自らの常識をちゃぶ台返し、普段なら蓋をする感情を120%開放する私の中の未知との遭遇でもある。

 

そして

旅は不安定なものである。

 

タイパやコスパを重視するならば不確定要素が多い旅はリスクであり、「知る」だけなら画面の中の文字や画像で十分だと思う人が多くなるのも理解できる。

 

20年程前。

東京に上京しようか迷っていた私は開館したばかりの森美術館にいた。当時、生まれ育った場所から旅立ちたい思いと現実的な問題の間で揺れ動いていたが「どう考えても無理でしょ」と諦めが勝っていた。だから東京に来た際は僅かばかりの観光としてアートでも見てやろうと思った。

 

ARTなんて私の人生から遠い

全く関係ない世界

それは実際の生活とは無関係なコトに足を踏み入れる、旅の醍醐味の一つとも言える

 

2005年 杉本博司「時間の終わり」

2006年 ビル・ヴィオラ「はつゆめ」

 

展示スペースを抜けるといつも無限に続く東京の絶景が広がっていた。

 

その絶景は胸を押し潰す。

踏み出した一歩を引っ込めようとしてる私を押し潰す。

 

私は楽になりたかった。

確実に襲う後悔から楽になりたかった。

 

だから私は旅をやめて

安全領域から飛び立った。

 

観光地としての森美術館では無く週末散歩先の森美術館となってから多くの月日が流れた。不思議なもので今はどの展示を観ても当時のような激しい感情は沸き起こらない。

 

きっと、アレは旅の効用だったのだと思う。