熊川さんの姿を映像で初めて観たのは

中学生の頃

音楽の授業で。

 

先生が「お前たちの先輩にすごい天才がいたんだ。」と、熱く語るのを思春期独特の冷めた目線で見ていたのを覚えている。

 

芸術で将来食べられるなんて思わない。夢なんて空想に近い。未来の職業は父や母、親戚と似たような職業になるだろうと良い塩梅に諦めている生徒達にとって、映像に映る「金色の姿で踊る近所で育ったらしい天才の先輩」は実在するのかも曖昧な不思議な存在で、正直凄さもよく分からないまま授業を終えた。(音楽の授業がビデオ鑑賞になって嬉しかった記憶はある。)

 

あれから25年。

TV番組のインスタで熊川さんが「ふかし芋」が好きという情報を見てから、やっぱり同じ地元の人なんだなと実感し今更ながら何冊か本を読んでみた。

 

『メイド・イン・ロンドン』

『完璧という領域』

著:熊川 哲也

 

「バレエ」の世界は習い事として経験していない身からすると、ちょっと怖い。他の文化的・芸術的分野とは違い経験者と未経験者の間に圧倒的な壁がある。そして、その壁はワザと経験者が作り上げているように感じる。

 

なーにも知らない私が

「あの人の踊り素敵だったね。」と言えば

経験者に

「バレエやったこと無いのに何が分かるの。」

って言われそうだし、言われるだろうし、あー面倒くさいなってきっとなる。

 

YouTubeでもバレエ動画で指摘をする人を結構見るが、指摘されてる部分なんて踊ってる本人が一番分かってるだろうし周りも実際指摘してるだろうから、わざわざコメントで書く必要ないのに書くってなんでなーんって思う。

 

ま、そんな高ーい壁をゴリゴリと壊してるのが熊川さん。

 

本当ならその高い芸術の壁の中で生き続けても良かったはずなのに、若いうちに壁を壊してバレエの世界と縁がない者の前にも姿を現した彼は、今でも変わらず私たちの眼差しの先に存在してくれている。

扉を閉じず、壁の中にひきこもることなく。

 

そんな熊川さんは『メイド・イン・ロンドン』の中では隠しきれない「札幌の普通のお兄さん感」が溢れ出てるし、『完璧という領域』では自らは生粋のアーティストではない、という感覚がいつもどこかにあると述べている。

 

あんな天才なのに、

札幌の普通のお兄さん

だからコッチを向いてくれたのかな

 

あの日観たブロンズ・アイドルは

今だに

淡く光り輝きながら

思春期の記憶の中で踊ってる。

 

きっと

ふかし芋を母と一緒に頬張った

小さな頃の記憶とともに

最期の時に思い出す記憶の一つだろう。