1900年頃のモンサンミッシェル(借り物ですm(__)m)
次回は2000年頃の写真を掲載します。同じ角度からの物ですので
是非比較してみて下さい。今回の記事の後半の意味が、さらに
分かり易くなると思います。これこそが、貴重な世界遺産が直面して
いる一大問題なのです。

入口付近
重厚な石造りの建物が、お出迎えです。
本編では、観光地で結構馬鹿に出来ない、おトイレ事情などさらに
詳しく書いていきます。こちらは早朝の様子。後ほどの昼時の様子と
比べてみて下さいね。

有名なオムレツ屋さん
本編では、もう少し詳しくお伝えしていきます。このオムレツ屋さんは
元祖のエゴか、かなりの殿様商売なので、評判はいまいちらしいです。
記念にどうしてもという方は、どうぞお試し下さい。無理に島内で
召し上がらなくても、島の外のレストランでも似た物はあります。
オムレツと言うか、巨大メレンゲ玉子焼き?

細い路地
雰囲気のある路地。途中にホテルの看板が見えますが
この階段では、荷物が大変そうですね。島内に宿泊すると
徒歩で来なくてはいけないので、スーツケースなどは不便そうです。

要塞時代のなごりでしょうか
跳ね橋がありました。かつてモンサンミッシェルはその
造りから、難攻不落の要塞となっていた時代がありました。

前回の写真の朝バージョン
同じ場所ですが、明るいと陰影がないので
全て丸見えで、あまり情緒がないかな。細い参道に
お土産屋さんやレストランが並びます。
本編では、お土産屋さんの事など、もう少し詳しく載せていきます。

そして忘れてはいけないのが
フランスの英雄、ジャンヌ・ダルク。付属教会の入口にその雄姿を
見せていました。フランスでも、この方は特に人気があります。

教会を通り越し
さらに頂を目指します。長い長い階段が続きます。
この誰もいない、夏のモンサンミッシェルへの階段、非常に
貴重です。その意味は....後々お分かりになると思います。

ここまで登ったご褒美に
建物越しに、干潟が見えてきました。つらい階段修行のつかの間の
休息&撮影時間。あまりお目にかかれない光景かも。ここならでは?

干潟が見えたら
入口まであと少し。頑張れ~こちらを入ります。又階段が待ってます

これで階段修行は終わり?ふ~一息
なんて、甘いもんじゃないよ~。まだまだ続くよ。どこまでも。
本編では、入場口~修道院エリアを、もう少し詳しくお伝えしますね。

もう相当神の国に近づいたんじゃね!
ってくらい階段を上に上に登ったら......そうです!頑張った人だけが
得られるご褒美の~お決まりの絶景が!!
こちらが正面側の、先ほどゆんち達が歩いて来た橋になります
何だか想像のモンサンミッシェルと、だいぶかけ離れているような....。
正直そう思いません?はっきり言って、海の上ってイメージが感じ
られない!ここで、一番最初の写真に戻ってみて下さい。これが本来の
姿なんです。現在の姿は、陸の孤島ではなく、むしろ陸続き....。
モンサンミッシェルを、観光地化した事が最大の原因らしいです。いつの時代も
自然のありのままの姿を壊してしまうのは、常に人間の行為なんですね。
本編では、もう少し詳しく書きますが、結局潮流をせき止めてしまい、100年で
2mもの砂がたまってしまったらしいのです。その結果干潟が陸地と化してしまい
この惨状となりました。ただいま元の姿に戻すための工事中。橋もそのために
2010年に架け替えられたものなのです。2015年にプロジェクトは完成する
予定だそうです。見るからに、急ごしらえの橋って感じだったのはそのためね。
2009年に、今までの地続きの道路は廃止されました。
本編では、現在の橋と以前の橋の、システムの違いにも
ふれていきたいと思います。かなり規制が厳しくなってます。以前にお出掛けに
なられた方は、その違いに驚かれるかも。

反対側は
これが本来の干潟。干潮時の姿です。どうです!美しいですよね。
ここが海になるとは、この時点では想像もつきません。かつて巡礼者達は
この干潟を歩いて島に渡ったのです。丁度こんな干潮時に。そしていきなり
やって来る満ち潮に飲み込まれ、沢山の方が命を落とされたそうです。
モンサンミッシェルを参拝する=死を意味する事と言われたそうです。
現在の私達は、便利な橋のおかげで、簡単に命の危険をおかさずに
参拝する事が出来ます。そう.....まさにあの橋のおかげで....複雑な気持ちです。

現在モンサンミッシェルは、広島の厳島神社と姉妹都市となっています
本日の曲は、「主よみもとに近づかん」
です。
苦労して、命の危険をおかしてまで参拝した信者達も、そんな気持ち
だったのではないでしょうか。ゆんち達よりも、もっともっと神の身元に
近づいた気持ちだったことでしょう。どんな気持ちで、ここからこの絶景を目に
したのでしょう。参拝仲間のほとんどが、本当に神の身元に行ってしまったの
ですから