集大成 | 至峯舎・染織家のひそひそ話

集大成

「筆よりも重いものを持ったことが無い」

というのが染織図案家としての父の美学で、

私が幼少の頃は一年中アトリエにこもり

筆を持ち続けていたと記憶しております。



図案の展示会で賞を頂いても

それらには全く興味がなく

その類の賞状は人目に付かない所に保管。

しかし画歴50年を称えて頂いたものだけは

大事にアトリエに掲げられています。





図案家というポジションが隆盛を極めたのは

もはや遠い昔の話。

それでも志を共にする図案家さんたちで

今も年に数回、グループ展を開催されています。



先日、いつものように届いた出展要項を見ながら

「これで終わりにする。」



…少し前から自らが思う表現が出来なくなり、

私が憧れていたゴッドハンドにも

陰りが見え始めておりました。



今回用に新たな作品を生み出す力は既になく、

どうやって最後の会を迎えようかと相談を受けたので

「今までに描きためてた中から出したらいいやん。」

と言って、力のこもった何枚かを選びだすと

「テーマがいる。」

と言うので

「『我が人生』とか『花道』…『集大成』?」

と返すと

「『集大成』がええな。」





そして一昨日、父・母と共に最後の図案会場へ。

私も幼少の頃はよく一緒に付いて行ったものです。

かつて開場前にはお弟子さんたちが忙しくされていた会も

今ではそれらしき人もなく、

先生方がゆっくりと

しかしながら手慣れた様子で自ら準備をされていました。



最後の日を迎えた父には

順番に同志の先生がお話に来て下さるので

私は図案の展示を。



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今では懐かしくも感じる父のタッチを感じながら展示。



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アトリエで準備を手伝っているときに父が

「感覚が古臭くないか?」

と言うので

「万が一そう思われてもいいやん。

 それよりも『これが図案家の仕事だ』っていうのを

 見せ付けてみたら?」

などと身の程知らずな返答をしながら選品しました。



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半日限りの図案会は静かに終了し

撤収もやはり先生方によって行われました。



一段落すると幹事さんのご挨拶。

「これまで会を支えて下さった山本先生が

 今回をもって『卒業』されます。

 長い間、本当にありがとうございました。」



図案家の仕事が減り始めた頃から

一人また一人と去って行き

十数人だけになった図案家さんのグループ。

それでも誇りを持って筆を持つ同志は

覚悟を決めた戦友の集まりのようです。



「先生は図案家を辞めはるんやない。

 最後まで逃げんとやり切らはったんや。

 また案内を送らせてもらいますさかい

 遊びに来とおくれやす。

 元気な顔見せておくれやっしゃ。」



皆さんから温かいお言葉を掛けて頂き

口下手な父はただ笑顔で皆さんに答えておりました。



私は母と並んで

小さなセレモニーの後方でただただ皆様に頭を下げ

胸に熱いものを感じておりました。





生涯現役のまま人生を終えられた師匠の背中を

追っていた父。



しかしデジタル化する時代の波、

それに伴って激変する商況を見ながら

いつかはこの日が来ることを

頭の中では皆が知っていたようにも思います。





「筆よりも重いものを持ったことが無い」

この度、父が筆を置くことに相成りました。