今年は暑くなるのが早い。
寒いと思ってたらあっという間に暑いくらいの気温に。
何着たらいいか悩む。
あんなに寒がりですぐ風邪引いてたのが嘘みたいに夫がびっくりするほど
私はあったかい。
ほぼ部屋では半袖 布団で寝る時もそのまま
足が冷たくて寝付けないから布団乾燥機で温めてから寝ていた頃にはありえない。
どんよりした重たい空気がいつも頭の上にあって 何もかもがグレーに見えてた。
そんなものは無くなった。
だけど 何もかもが良くなるわけでもない。
やはり浮き沈みの波はあるし
小さなことが途轍もなく大きく思えてそこから動けなくなることもある。
一つのことが途轍もなく恐ろしい事に感じられて恐怖で凍りついてしまうこともある。
でもそこから少しずつ少しずつ抜けていくこともできるようになってきた。
土曜日に ベランダに多量の水がいきなり落ちてきて 恐怖に慄いた。
上の階の人は本当に気持ち悪い。
深夜にゴソゴソと何かを作っているらしい音はやはり時々ある。
前ほどではないがやはり何かを打つ音や機械で組み立てる音が響き渡る時もある。
怒りが沸々と湧いてくる。
お前は何様だ!
てめえのうちのゆかはうちの天井なんだよ!
頭悪いバカは治らないよな!
てめえの頭に釘打ち込んだろか!
そんな怒りが止まらない。
それはなんでだろうと思えば
きっと安心安全な場所だとやっと思えるところなのにそれを壊される恐怖なんだろう。
どこにもなかったはずの私が一人で安心してのんびりできるはずの場所を音で水で恐怖の場所に変える無神経な奴に怒りが湧くのだ。
なんの権利があるんだ!お前に!
偉そうに!
怒りが吹き出して止まらない。
これは私のトラウマからくる怒りだ。
昔からも抱え込んで押し込んで見ないように押し込めていた長い長い怒り。
それがでてくるんだろう。
だからその時は本当に何もかもをぶっ壊しても良いと どうなっても良いと
思う。
そしてそれを
あーまた怒り狂ってるな。
仕方ないよな。
止められないよな。
しばらくはこのままにしておくしかないな。
そんな風に眺めてる私もいる。
何かに当たり散らさないと発散できないからクッションに椅子に周りのものに当たり散らす。
人に向けるよりマシだ。
そんな自分を哀れに思う。
そんな自分を赦す。
そんな自分を受け入れる。
怒りを弱い子どもや女にぶつけて自分のうさをはらすだけの男たちに囲まれて心底軽蔑していたから
それだけは嫌だと心から思っていた。
だから怒りは奥底に押し込めるしかなかった。
あんな男みたいになりたくないから。
でも怒りだって出さないとヘドロみたいに溜まってろくなことにならない。
私の中に何十年も溜まったヘドロは私を何もできない人にした。
やっとなんとか普通に生活できるくらいにはなったけど それでもあちこちに埋まってる地雷が爆発する。
いきなり地面がひび割れて落ちたり
濡れた荒屋で動けなくなったりする。
これはトラウマのトリガーを引いてしまったのだろう。
それを引かないように気をつけながら過ごす。
これは誰にもわからない。
誰にも話せない。
話したところでまたわかる人もいないだろう。
まぁ そんな人は結構いるはず。
人の傷はその人にしかわからない。
それを自覚できるかもその人次第だろうけど。
夫だって何かはあるだろう。
私は宗教と整体と家長制度があったからとてもとても複雑でたまらなく面倒なトラウマがあると自分を慰めている。
私の生育は最悪で最低であると慰めている。
私より酷い人なんかいくらでもいる。
なんてもう決して思わない。
私は本当に可哀想で哀れで惨めな女の子だったと 自分を慰める。
そして私が悪いなんて思考は手放す。
なんで私が悪いのよ!
と元気な時は思える。
弱ると周りが気になってヘトヘトになる。
その繰り返し。
それでも少しずつ慣れていくだろう。
前は思えなかった思考もそう思えるようになってきた。
いつもいつも私が悪い方が楽で簡単だった。
でもそんなことはありえない。
やっと本当にそんな風に思えるようになってきた。
だから私は怒りを吐き出す。
吐き出せば少しずつ薄れていく。
私を沼のようなところから連れ出せる。
そんなところにいてはダメ。
サッサと離れるのよ!
自分を助ける。
面倒だけどこんなことを繰り返すんだろう。
一日がなんとか終われば良い。
私の日常が続いていればそれで良い。
昨日は終わった。
今日はまた始まり。
その繰り返し。
寒いと思ってたらあっという間に暑いくらいの気温に。
何着たらいいか悩む。
あんなに寒がりですぐ風邪引いてたのが嘘みたいに夫がびっくりするほど
私はあったかい。
ほぼ部屋では半袖 布団で寝る時もそのまま
足が冷たくて寝付けないから布団乾燥機で温めてから寝ていた頃にはありえない。
どんよりした重たい空気がいつも頭の上にあって 何もかもがグレーに見えてた。
そんなものは無くなった。
だけど 何もかもが良くなるわけでもない。
やはり浮き沈みの波はあるし
小さなことが途轍もなく大きく思えてそこから動けなくなることもある。
一つのことが途轍もなく恐ろしい事に感じられて恐怖で凍りついてしまうこともある。
でもそこから少しずつ少しずつ抜けていくこともできるようになってきた。
土曜日に ベランダに多量の水がいきなり落ちてきて 恐怖に慄いた。
上の階の人は本当に気持ち悪い。
深夜にゴソゴソと何かを作っているらしい音はやはり時々ある。
前ほどではないがやはり何かを打つ音や機械で組み立てる音が響き渡る時もある。
怒りが沸々と湧いてくる。
お前は何様だ!
てめえのうちのゆかはうちの天井なんだよ!
頭悪いバカは治らないよな!
てめえの頭に釘打ち込んだろか!
そんな怒りが止まらない。
それはなんでだろうと思えば
きっと安心安全な場所だとやっと思えるところなのにそれを壊される恐怖なんだろう。
どこにもなかったはずの私が一人で安心してのんびりできるはずの場所を音で水で恐怖の場所に変える無神経な奴に怒りが湧くのだ。
なんの権利があるんだ!お前に!
偉そうに!
怒りが吹き出して止まらない。
これは私のトラウマからくる怒りだ。
昔からも抱え込んで押し込んで見ないように押し込めていた長い長い怒り。
それがでてくるんだろう。
だからその時は本当に何もかもをぶっ壊しても良いと どうなっても良いと
思う。
そしてそれを
あーまた怒り狂ってるな。
仕方ないよな。
止められないよな。
しばらくはこのままにしておくしかないな。
そんな風に眺めてる私もいる。
何かに当たり散らさないと発散できないからクッションに椅子に周りのものに当たり散らす。
人に向けるよりマシだ。
そんな自分を哀れに思う。
そんな自分を赦す。
そんな自分を受け入れる。
怒りを弱い子どもや女にぶつけて自分のうさをはらすだけの男たちに囲まれて心底軽蔑していたから
それだけは嫌だと心から思っていた。
だから怒りは奥底に押し込めるしかなかった。
あんな男みたいになりたくないから。
でも怒りだって出さないとヘドロみたいに溜まってろくなことにならない。
私の中に何十年も溜まったヘドロは私を何もできない人にした。
やっとなんとか普通に生活できるくらいにはなったけど それでもあちこちに埋まってる地雷が爆発する。
いきなり地面がひび割れて落ちたり
濡れた荒屋で動けなくなったりする。
これはトラウマのトリガーを引いてしまったのだろう。
それを引かないように気をつけながら過ごす。
これは誰にもわからない。
誰にも話せない。
話したところでまたわかる人もいないだろう。
まぁ そんな人は結構いるはず。
人の傷はその人にしかわからない。
それを自覚できるかもその人次第だろうけど。
夫だって何かはあるだろう。
私は宗教と整体と家長制度があったからとてもとても複雑でたまらなく面倒なトラウマがあると自分を慰めている。
私の生育は最悪で最低であると慰めている。
私より酷い人なんかいくらでもいる。
なんてもう決して思わない。
私は本当に可哀想で哀れで惨めな女の子だったと 自分を慰める。
そして私が悪いなんて思考は手放す。
なんで私が悪いのよ!
と元気な時は思える。
弱ると周りが気になってヘトヘトになる。
その繰り返し。
それでも少しずつ慣れていくだろう。
前は思えなかった思考もそう思えるようになってきた。
いつもいつも私が悪い方が楽で簡単だった。
でもそんなことはありえない。
やっと本当にそんな風に思えるようになってきた。
だから私は怒りを吐き出す。
吐き出せば少しずつ薄れていく。
私を沼のようなところから連れ出せる。
そんなところにいてはダメ。
サッサと離れるのよ!
自分を助ける。
面倒だけどこんなことを繰り返すんだろう。
一日がなんとか終われば良い。
私の日常が続いていればそれで良い。
昨日は終わった。
今日はまた始まり。
その繰り返し。
