
「人のいいところを見てあげましょう!」
・・って、よく聞くけど
そうなの?どうなの?どうなんだろう?
人のいいところを見て
・・までは同感なんだけど
けど・・
けどね・・
どーしても、その先の
あげましょう!=わざわざ感が
ちょっと違和感なのよね。![]()
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理屈っぽかったら、ほんとすみません。![]()
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こんなことなかった?
「あなたの為を思って言ってるのよ(言ってあげてるのよ)。」
って、言われたこと。
「頼んで・・ないけど(ないのに)・・」
って、心の中でこっそりつぶやいたこと。
もしかして、あげる!あげましょう!は
嘘偽りのない相手からの思いやりかもしれない
思いやりか?どうか?を
疑っているわけでは、ぜんぜんなくってね
むしろ、思いやりだとしたら
それはそれで、ほんと素敵だと思う。
その部分が違和感なわけでは、ぜんぜんない。
だったら、その辺?かというと・・
あげる!あげましょう!は、上で
あげられる!は、下
そんな上下関係、強弱関係の要素が
実は、こっそり隠れている気がして
その関係性は
勝ち負け、支配・支配される、共依存を、もたらしやすいように思う。
そもそもさ
人のいいところって
わざわざ見つける!ものなの???
すでにそこにあるものでは???
自分が見ているか?
自分が見えているか?
そんな気がするんだけど、どうだろう???
つまり、問題は
相手ではなく、自分にあるという話。
私が、人に何かをしてあげられるような人間ではないって思っているから
そう思うのかな?どうかな?
思うんだけどね・・
私、人をサポートすることが
自分の生き甲斐でもあり、仕事でもあるけれど
サポートしている中で、度々、突きつけられるんだ。
自分が相手にやってあげられることなんて、ごくわずかだってこと。
ほんと、ちっぽけだなって。
でもね・・
ちっぽちはちっぽけなりのココロザシがあってさ
だからこそ、自分が持っているチカラの限り
精一杯かかわろうと思うし、そう在り続けようとするし
感謝の言葉をいただくことがあったら
心底「こちらこそありがとう」って、言える。
ありきたりな言葉かもだけど
人は、自分ひとりでは生きているわけではない。
そうであったら
やってあげる、やってもらうの関係性ではなくってさ
両者に、得られるものがあって
両者に、そこに感謝が生まれる
お互い様という対等な関係性だと思うのよね。
だから・・
人のためにそうする!のではなくってさ
自分がそうしたい!から、そうする自分。
これからも、この立ち位置で進んでいくことにするよ。
そうします。![]()
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