次は前後も訳してみます。
六乙日の生時が丙戌の生まれの人は、鬼敗(鬼(偏官)が敗れる、食傷のことか?ここでは丙傷官のことでしょう)が身(日主)に隣接していて、損傷がある;若し気が身旺の月に通じなければ、孤独・貧乏・仕事に忙殺される・苦難に直面する。
乙日丙戌時の生まれの人は、鬼敗(食傷?)が日主に隣接していて、(日主)乙は庚を正官とし、丙を見れば背禄である。戌中には辛の余気があり、丙丁が庫にあって、食神制殺となっている。若し四柱に庚が透れば、傷官見官であり、禍いが絶えないとする;年月に寅午があり、丙火が合わさって(寅午戌の)局を成せば、即ち一木(乙)が畳みかけるように火に逢うので、命主は傲慢で気位が高いが、衣禄は普通、身体障害がある、そうでなければ寿命が短い。身旺の月気に通じていれば、吉である。
乙未日丙戌時の生まれの人は、旺処は凶である。卯午未戌の年月の生まれは、貴顕となる。
(例示されている命は、卯か午のどちらかが年月支にあるようです。更に一番上の尚書の命は己卯・乙亥・乙未・丙戌と三合木局で身旺の曲直格のようです。)
枯れ木も局に逢うように、春になれば葉はまた生える・・晩年に得地になれば、花開いて再び栄えることができる。
乙日丙戌時生まれは(戌が?)火庫であるが、蔵干の辛が丑に逢えば吉昌である;若し運が凶剋害に逢っても、此の命では普通のことである。
乙日生まれが丙戌に逢うのは、傷官が庫にあって木の枝は枯れる形である。辛が丑に会わなければ鍵は開かない。六親父母に頼るのは難しく(頼りにならず)、家族とは別行動となり睦み合わず、悲しいことに疎遠となる。發福するには入口を変えることを知る必要がある。此の命主は後甜先苦(先憂後楽と同義?)の命である。
(注:三合火局(寅午戌)はだめだが、卯午未戌はいいということです。卯午未戌は、卯戌と午未が支合の関係にありますので、凶意が消えるということでしょうか?)
(原文)
六乙日生時丙戌,鬼敗臨身有損傷;若不氣通身旺月,孤貧勞碌苦難當。
乙日丙戌時,鬼敗臨身,乙用庚為官,見丙背祿,戌中有辛余氣、丙丁庫,食神制煞,若柱透庚,傷官見官,為禍百端;年月有寅午,丙火合局,即一木疊逢火位,主人傲物氣高,衣祿平常,殘疾,不然壽促。通身旺月氣者,吉。
乙未日丙戌時,旺處凶。卯午未戌年月,貴顕。
(己卯乙亥 王鴻儒尚書 丁卯庚戌 靳學顔學憲 甲午乙亥 呉大本知縣 甲戌庚午 舉人)
枯木相逢局、逢春葉更生・・晩年方得地、花發再重栄。
乙日丙戌時火庫,藏辛遇丑乃吉昌;若也運逢凶剋害,算来此命且如常。
乙日相逢丙戌,傷官庫木枝枯。不臨辛丑鑰匙無。難倚六親父母,雁侶分飛不睦,于人心悲成疏。要知發福改門閭,此命後甜先苦。
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