この記事は2019年の7月に書いたものです。

5年前に私たち家族に起きた出来事。

子育てのブログを閉鎖するにあたり、こちらの記事だけは残しておきたくて移行させています。

 

 

 

羊水検査を受けてからのこの1週間、不安で落ち着かない日々でした。

 

はっきりさせたいと思ったものの、やっぱり結果がでると思うとたまらなく怖かった。

 

これから結果が出てどうするか、何度か夫と話しましたが決められていませんでした。

 

結果が出てから考えよう、と話していました。

 

結果が出ていないところではなにも決められるはずがありませんでした。

 

この頃の私自身の気持ち

 

それでも私の中では、18トリソミーだったら諦めようと8割りぐらいは心の中で決めていました。

 

21トリソミーであれば怖いけどきっと育てられるはず。

でも18トリソミーでも21トリソミーでも同じ命なのに、ここで区別するのはおかしいな、ともどこかで感じていました。

 

この時点で、諦めるという選択肢を考えていたことは周りの影響が大きかったです。

 

病院の先生から、もし万が一諦めるときは早い方がいいと言われていたことも理由のひとつにあります。

 

私の気持ちの本当に正直なところは、この子の命に任せてたとえ生まれてこられなかったとしても最後まで命を全うさせてあげたかった、というのが本音でした。

 

赤ちゃんの成長はかなりゆっくりなので追い付かず、羊水過多になりむくみなどがひどくなるとは聞いていたけど、そんなことはどうでもいい話でした。

 

周りの人の反応

 

妊娠のこと、赤ちゃんの病気のこと、ごく親しい人には話してありました。

 

誰もが言葉を失い、話した相手にも私たちの悩みを抱えさせることになるので必要以上には話せません。

 

でも誰一人として生むことに賛成とは言いませんでした。

 

どんな選択をしても応援すると言ってくれた人もいました。

 

赤ちゃんの気持ちをいちばんに考えて決めてと言ってくれた人もいました。

生まれてすぐ硬い手術台に寝かされ、何度手術を繰り返し身体にメスを入れることが本当にしあわせなのかという意味でです。

 

それはこれからの私たち家族の心配をしてくれているからこその言葉だというのも充分理解できました。

 

私の父親は最初から反対していました。

 

ある夜、父から電話がかかってきて早く決断してしまいなさいと。

自分たちの方が経験があるから障害を持った子どもを育てていくことがどれだけ大変か分かると。

それもどのみち母親であるお前が一人で抱えることになる。

今息子たちがいて充分しあわせでそれ以上何を望むのだと。

 

これは父の愛情だと感じながらも心底腹が立ちました。

 

充分しあわせって、今私のお腹には赤ちゃんがいて、病気もあるけど生きているんです。

それが感じられるからわたしはもっとしあわせだと思っていたのです。

 

検査の結果を聞いてから、決めるのは私と夫。

自分たちで納得してから決める、決めるのは私たち。

 

夜遅くに、涙を流して電話口でこう叫びました。

 

寝ていた夫が飛び起きてくるほどの声でした。

 

今思い出しても涙が出てしまうほど、この頃は苦しかったです。

 

苦しくて苦しくて、どんなに楽しい時間を過ごしても次の瞬間に襲ってくる不安に押し潰されそうでした。

 

検査の結果を聞きに行く日

 

とにかく気持ちが落ち着きませんでした。

 

1人で過ごせなくて無理やり仕事を詰めて、約束の時間ぎりぎりに病院に向かいます。

 

現実逃避をする以外に、自分を保てる方法が分かりませんでした。

 

病院で夫と待ち合わせ、一緒に診察室に入ります。

 

この日は羊水検査のFISH法の結果が出る日でした。

 

先生は検査の結果を伝えますねと前置きをして一枚の紙を渡しました。

検査結果です。と同時に

 

「13番染色体が3本ある女の子でした。」と。

 

娘は13トリソミーだったのです。

 

からだの力が抜けていくのをはっきり感じました。

 

言葉を発する気力も湧きません。

 

21でも18でもなく、予想していなかった13トリソミーだったことは、あまりにショックで、思考すら停止してしまうほどでした。

 

心のどこかで、異常があるといわれていたその原因が分かって少しすっきりしたところもありました。

 

原因がはっきりわかったからです。

 

その次の瞬間からもっと大きな不安にそんな気持ちは打ち消されてしまうんですけど。

 

ただ、そこにいて呆然として、それでも必死に現実を受け止めようとしました。

 

この先さらに続く辛い現実をどうやったら乗り越えられるのでしょうか。

 

先生とのやり取り

 

重々しい空気に耐えられず、今日は赤ちゃんは見れますか?とエコーをお願いしました。

 

娘はこの日もいつもと変わらず手を顔の近くに近づけて、元気に動いていました。

 

素人の私にも、臍帯ヘルニアははっきりわかります。

 

 

 

この日が、娘の姿を見た最後の日になりました。

 

先生方は、頭(脳)の部分をしきりに見ていました。

医学用語なのか私たちには内容が理解できない会話を少しして、エコー検査は終わりました。

おそらく、脳の発育にも問題があったのだと思います。

 

後でわかったのですが、全前脳胞症だったのだろうという見立てでした。

 

 

担当の先生は、13トリソミーの子どもを診たのは1度だけだったが、数日後には亡くなってしまったと話します。

その他の情報は、他の先生伝いに聞いた話をしてくれましたがあまり参考にはなりませんでした。

 

あくまでも想像でしかありませんが、先生も13トリソミーを妊娠している私たち夫婦を前に、どんな風に声をかけたらいいのか分からないのじゃないかなという印象を受けました。

 

今後のために、小児科の先生と話をしたいならセッティングをしますが希望しますか?と聞かれました。

 

ですが、小児科の先生にお会いして今何を聞けばよいのか全く想像もつきません。

 

もしも中絶する場合は、中期中絶で出産することになるので早くした方が母体のためにも良いです、うちではできないのでかかりつけの産科の方でやってもらうことになりますとの説明を受けました。

 

最後に今後、妊娠を継続するのかどうするか決めたら連絡をしてくださいと言われ病院を後にしました。