(画像、お借りしました)
◆以下、個人的な感想であり、見解です。その旨ご承知おきください。
さて。巨匠アルフレッド・ヒッチコックの「マーニー」ですが。ちょっとした問題作。というのは、あまりでき
のいい映画ではないのだけれども、実にヒッチコックの生々しい「素」がにじみ出てしまったために何だか
変な作品になっちゃった、というものであります。
冒頭、黒髪の女(←ヒッチコックは黒髪の女が好きじゃない)がしゃなりしゃなりと歩いている。顔は
一切見えない。この女がホテルか何かに入り、洗面台で髪を洗う。
黒い染料が溶け出し、正真のブロンドがばあっと広がり、そして美の女神の生誕のように・・・女神と
呼ぶには親しみやすくて威厳はないのだけれども・・・ぱっと顔をあげた美女の大写し。そう、「鳥」という
映画で一躍有名になった、ティッピ・ヘドレン、グレース・ケリーが引退しちゃったあとの「第二のクール
ビューティー」にして、ヒッチコックのミューズ、そしてヒッチコックの手の届くところにいた「憧れの女」。
この映画はもう、この冒頭のシーンが全てを語っている。
この女性は、勤め先でお金を盗むことを繰り返している、いわば犯罪者なのですが、トラウマ持ちで
特に赤い色に恐怖を感じちゃう。で、彼女のトラウマに理解の深い社長・マーク(これがコネリーですね)
が彼女に関心を抱く。彼は決して彼女のうわべだけを気に入るのでなく、むしろ彼女のトラウマを
ほどいていこうと致します。それなのに、彼女を誘ってヨットかなんかに乗せて・・・そして「やっちゃう」
(言葉が悪くてすみませんね)。このシーンはすごい変なのだ。トラウマに理解深く、彼女という「人間」を
愛し、彼女を救おうとするマークが、おのれの欲望を抑えきれずに「やっちゃう」のはストーリー上、
ゼッタイに稚拙であり、筋が通らず、構成が台無しなのであります。
昔読んだのではっきり覚えていないのだけれども、多分ドナルド・スポトーの「ヒッチコック――映画と生涯」
にも書いてあったと思うのだけども、志木沢は要するに、「我慢できなくなっちゃったんだなあ」と思う。
無論、ショーン・コネリーがではない。作中人物のマークが、でもない。我慢できなくなっちゃったのは、
レンズの向こうのヒッチコックであります。 ヒッチコックの、ティッピ・ヘドレンに対する欲望が、遂にあふれ
出しちゃったのねえ。
で、ですね。志木沢が、ショーン・コネリーを「いいな」と思うのは、ここでコネリーは「ここでそういうことを
するのは、変だろ」とちゃんと言ったそうです。そうなのですよ。彼女を愛し、その心を開かせようと、
慈しもうとするなら、ここでのレイプまがいの「行為」は最もありうべからざる設定なのです。
まあ監督と俳優、という関係ではあり、結局そのシーンをヒッチコックは押し通してしまうのですが、コネリー
は「意味分らん」シーンを極力愛情をこめて演じております。
で、結局はハッピーエンドになるんだけれども。まああんまり上出来でない映画、でございます。
ヒッチコックのヘドレンへの妄執はだんだん激しくなってしまって、ヘドレンは結局映画界でのキャリアを
諦めてまでヒッチコックと関係を切る。そのあたりは「ザ・ガール ヒッチコックに囚われた女」という映画に
なっているようです(未見)。
ショーン・コネリーがケンカして降りてしまったりしなくて良かったんじゃないかと思います。名作ならぬ
迷作ですが、見かけによらず根性のある(だって作品において完走したんですから)ヘドレンを、きっと
コネリーはしっかり支えてくれたものと思います。
ちなみにティッピ・ヘドレンは山あり谷ありの人でして、後にアフリカでの、ライオンやゾウなどのやたらに
出てくるセミフィクション映画「ロアーズ」に、猛獣と生活を共にする家族として出て参ります。この当時
ヘドレンが結婚していた相手の、ノエル・マーシャルというのがまた、とんでもないおっさんなのですが、
ああ・・・次回はこのヘドレンと「ロアーズ」について書くことにしますかwww
志木沢はティッピ・ヘドレンが好きだったので、その生きざまにはなかなか興味を持っております。
まだご存命のようですね。ちなみに女優メラニー・グリフィス(シガニー・ウィーバーと共演の「ワーキング
ガール」で有名)はヘドレンと最初の夫との間の娘です。
うーん、なかなか文法と名将言行録に行きつかないな。・・・まあいいかw
(いいかげ~~ん(-_-)/~~~ピシー!ピシー!)という訳で、次回は「ロアーズ」というトンデモ猛獣映画について
書こうと思います。あ、文法の方も間をあけず書きたいと願っておりますですよ。













