受け入れる苦しみを受け入れても現状は変わらない。それでは、何をもって救いとするのか。 それは、自分はすでに仏様に救われているという信念を持つことに尽きるという気がします。 どっちに転んでも、失敗しても大丈夫。絶対に仏様の手から落ちることはないという信念です。 今ある苦しみも宿縁であり、逃れることはできないけれど、でも最後に「ソワカ(成就)」があるということ。 ギャーテーギャーテー ハラーギャーテー ハラソウギャーテー ボージーソワカ