私のレッスンは特に意識したワケではなく後から同じだと改めて知った山本五十六の有名な言葉「やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かじ」これと同じことを基本理念にしている。別段真似たワケではない。山本五十六自体あまり興味がなくそれまで知らなかった位。
そもそも上手く子供を制御しようと思ったら皆必然的にこうなるだけで特に私が特別なワケではない。
その私も初めから今のスタンスのコーチではなかった。初めの頃はプールで子供が思い通り動かない・覚えないで毎回怒鳴ってばかりいた。勿論今でも大声は出すけれど怒鳴るのとはまた違う。あの頃は怒りに任せて怒鳴っていた。「怒る」のと「叱る」のは違う。このことに気付くのに随分掛かった。頭では判っていたけれどなかなか出来ていなかった。
そして、ふと気がつくと毎回のように怒鳴ってばかりいるうちに子供達から「怖い」コーチのレッテルを貼られていた。私の級の子供達はレッスン中誰もおしゃべりしなくなった。無言で私の説明を聞き、無言でひたすら練習するようになった。進級し子供が入れ替わっても同じだった。勿論うなずいたり、返事はしたりする。しかし皆真顔で笑顔ひとつしなくなった。レッスン自体はすごくやりやすく、皆上達も早くなり、良いクラスを作るようになったと当時は自負していた。
その私も子供達に最低限のことしか言わなくなった。厳密には言わないのではなく言う必要がなくなったのだ。真顔で真剣に練習してる我が級の子供達に注意することがなくなったのだ。出来てない箇所等は子供ひとりひとりにその都度アドバイスはしたけれど、クラス全体に注意する?怒る?ことがなくなったのだ。ふと隣のコースを見ると子供達がおしゃべりしたり指示と違うことをやっていたりでコーチに毎回注意を受けていた。でも笑顔で楽しそうだった。かつて私の級から進級した子供達だった。私のクラスでは笑顔ひとつ見せなかったのに、子供の反応は素直だ。怖い・嫌い・楽しい・悔しい等がそのまま素直に態度にでる。危険なことをする子もいなく良いクラスを作ったつもりが単に恐怖で子供を抑え込んで黙らせてたに過ぎなかった。安全且つ必死に練習させ上達させ進級させる。それがコーチの仕事。そういう意味では職務に忠実だったのかもしれないが、私自身がそれでは詰まらなかった。
それからしばらくしてスタンスを変えた。これまで子供の短所・欠点を直すことに主観を置いていたが、一変して長所を伸ばすことに専念し始めた。そして危険行為をすること以外で怒ることはなくなった。
怒る怒らないは別問題として、指導者は短所を補うタイプか長所を伸ばすタイプかに分類される。これからも私は長所を伸ばす指導者でありたい。
そもそも上手く子供を制御しようと思ったら皆必然的にこうなるだけで特に私が特別なワケではない。
その私も初めから今のスタンスのコーチではなかった。初めの頃はプールで子供が思い通り動かない・覚えないで毎回怒鳴ってばかりいた。勿論今でも大声は出すけれど怒鳴るのとはまた違う。あの頃は怒りに任せて怒鳴っていた。「怒る」のと「叱る」のは違う。このことに気付くのに随分掛かった。頭では判っていたけれどなかなか出来ていなかった。
そして、ふと気がつくと毎回のように怒鳴ってばかりいるうちに子供達から「怖い」コーチのレッテルを貼られていた。私の級の子供達はレッスン中誰もおしゃべりしなくなった。無言で私の説明を聞き、無言でひたすら練習するようになった。進級し子供が入れ替わっても同じだった。勿論うなずいたり、返事はしたりする。しかし皆真顔で笑顔ひとつしなくなった。レッスン自体はすごくやりやすく、皆上達も早くなり、良いクラスを作るようになったと当時は自負していた。
その私も子供達に最低限のことしか言わなくなった。厳密には言わないのではなく言う必要がなくなったのだ。真顔で真剣に練習してる我が級の子供達に注意することがなくなったのだ。出来てない箇所等は子供ひとりひとりにその都度アドバイスはしたけれど、クラス全体に注意する?怒る?ことがなくなったのだ。ふと隣のコースを見ると子供達がおしゃべりしたり指示と違うことをやっていたりでコーチに毎回注意を受けていた。でも笑顔で楽しそうだった。かつて私の級から進級した子供達だった。私のクラスでは笑顔ひとつ見せなかったのに、子供の反応は素直だ。怖い・嫌い・楽しい・悔しい等がそのまま素直に態度にでる。危険なことをする子もいなく良いクラスを作ったつもりが単に恐怖で子供を抑え込んで黙らせてたに過ぎなかった。安全且つ必死に練習させ上達させ進級させる。それがコーチの仕事。そういう意味では職務に忠実だったのかもしれないが、私自身がそれでは詰まらなかった。
それからしばらくしてスタンスを変えた。これまで子供の短所・欠点を直すことに主観を置いていたが、一変して長所を伸ばすことに専念し始めた。そして危険行為をすること以外で怒ることはなくなった。
怒る怒らないは別問題として、指導者は短所を補うタイプか長所を伸ばすタイプかに分類される。これからも私は長所を伸ばす指導者でありたい。