「春のしわざ」
今日はいい天気だった。ゆっくり仕事をした。クライアントの家にお邪魔したり。お使いにいったり。ランチもいつもはデリバリーなのだが今日は歩いてオーダーしにいった。白いシャツは画廊に着ていかないのだが(汚れる)今日はアイロンしたてのを着て行き(それに噂のジーンズ)これも普段は履いていかないキャンペールの革靴。シャツだけで出掛けるのは不安だったので鹿皮の初秋や春のコートを着ていった。
気持ちいい一日。外を歩いていると、ふと気付いたことが・・。
『春だ』
思わずコトバにしてしまった。シャツはジーンズのなかに入れていないので春の風が脇腹のあたりをくすぐる。髪の毛もいつもより「ピッ」としていて空気が春になっているのがわかる。昨日もこんな雰囲気だったのだが、今日のほうが確実に春だ。あさ出掛ける前に爪を切っていったのも、春を感じやすくしていたかも知れない。外に出たときに春が匂った。考えてみれば朝のコーヒーも少し酸味がつよく感じたかも知れない、多分あれも春のせいだろう。
午後。画廊から4つも大きな作品を購入したクライアントの家に伺った。その家についているインテリアデザイナーの方を一緒に作品をどこに並べるか話し合う。Historic House、というくらい古い家で中に入った瞬間に壁がドライウォールではなく古い石膏かなにかで出来ていることに気付く。リビングの壁は全て木の板だった、釘を打つときに少し緊張する。人の住んでいる場所に写真や絵画を掛けるときは美術館や画廊とは違う気持ちになる。天井も低いし、窓も大きい。それらが生活感のある匂いを誘う気がする。画廊や美術館では「主役」だった作品たちが人の家に行くと「家」の一部になってしまう、作品たちの新しい「役目」。そしてコレクターたちは作品たちを所有する権利を渡されるついでに作品を保存/管理する責任も渡される。知らない家で知らない色の壁にたたずむ作品を残して、その家を出るとき、ペットのブリーダーたちも新しい家に子犬を残していくときにこんな気持ちになるのだろうか?
考えていたより早く仕事がおわり、画廊に帰るには遅い時間なので古本屋に寄って行く事にした(?)。本屋には「写真集が良く見える」薬みたいなのが撒かれていることがたまにあり家に帰ってよく見てみると「なんでこんなの買ってきたんだろう?」と思うことがある。その本屋で、それほど価値はないのだが好きな写真家の本をみつける、高くなかったので買うことにする(椅子に座ってよく考えてから買った)。
帰りのクルマから見える春の景色が心地よかった。なんとなく春の緑がかった光。色温度で考えるとちょっと高めだろう。愛嬌のないヤシの木の他に普通の木も少しづつ緑を取り戻しているからなのだろうか?
家に帰ってきたらシャツに少しだけ血がついている、良く見てみると親指が軽く切れていた。血はもうとっくに止まっているのだが、一体いつ切ったのだろう。さっきフレームを掛けたときだろうか? なぜか自分の血をみると、そわそわしてしまう。
これもきっと季節の変わり目の「春」の仕業なのだろう。
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気持ちいい一日。外を歩いていると、ふと気付いたことが・・。
『春だ』
思わずコトバにしてしまった。シャツはジーンズのなかに入れていないので春の風が脇腹のあたりをくすぐる。髪の毛もいつもより「ピッ」としていて空気が春になっているのがわかる。昨日もこんな雰囲気だったのだが、今日のほうが確実に春だ。あさ出掛ける前に爪を切っていったのも、春を感じやすくしていたかも知れない。外に出たときに春が匂った。考えてみれば朝のコーヒーも少し酸味がつよく感じたかも知れない、多分あれも春のせいだろう。
午後。画廊から4つも大きな作品を購入したクライアントの家に伺った。その家についているインテリアデザイナーの方を一緒に作品をどこに並べるか話し合う。Historic House、というくらい古い家で中に入った瞬間に壁がドライウォールではなく古い石膏かなにかで出来ていることに気付く。リビングの壁は全て木の板だった、釘を打つときに少し緊張する。人の住んでいる場所に写真や絵画を掛けるときは美術館や画廊とは違う気持ちになる。天井も低いし、窓も大きい。それらが生活感のある匂いを誘う気がする。画廊や美術館では「主役」だった作品たちが人の家に行くと「家」の一部になってしまう、作品たちの新しい「役目」。そしてコレクターたちは作品たちを所有する権利を渡されるついでに作品を保存/管理する責任も渡される。知らない家で知らない色の壁にたたずむ作品を残して、その家を出るとき、ペットのブリーダーたちも新しい家に子犬を残していくときにこんな気持ちになるのだろうか?
考えていたより早く仕事がおわり、画廊に帰るには遅い時間なので古本屋に寄って行く事にした(?)。本屋には「写真集が良く見える」薬みたいなのが撒かれていることがたまにあり家に帰ってよく見てみると「なんでこんなの買ってきたんだろう?」と思うことがある。その本屋で、それほど価値はないのだが好きな写真家の本をみつける、高くなかったので買うことにする(椅子に座ってよく考えてから買った)。
帰りのクルマから見える春の景色が心地よかった。なんとなく春の緑がかった光。色温度で考えるとちょっと高めだろう。愛嬌のないヤシの木の他に普通の木も少しづつ緑を取り戻しているからなのだろうか?
家に帰ってきたらシャツに少しだけ血がついている、良く見てみると親指が軽く切れていた。血はもうとっくに止まっているのだが、一体いつ切ったのだろう。さっきフレームを掛けたときだろうか? なぜか自分の血をみると、そわそわしてしまう。
これもきっと季節の変わり目の「春」の仕業なのだろう。
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