多分、留学をした回数でいうと、割と上位1万人位に入ってる気がする。
1. 2007年 ニュージーランド オークランド 2週間
通っていた中学校(町立)の姉妹校のオークランドの現地中学校に夏の間の派遣留学。確か2週間だったと記憶している。
ホームステイファミリーと全く英語が出来ない僕がどのように会話をしていたのかと思うと不思議。
家庭科の授業でみんなでピザを作ったり、お小遣いを普通に学校の中の売店で使えたりとカルチャーショックも受けていた。
学校に行くことが楽しいと思えた。日本の中学校ではいじめられていて、学校に行きたいとは思えなかったので、このころから、今の環境から逃げ出したいという気持ちが強かったのかも。
英語を勉強しようと思ったきっかけ。(よくある話)
2.アメリカ(ニューヨーク、ワシントンDC、バージニア、ニュージャージー)3週間
高校生の時に、もともとはオーストラリアに留学しようとSTEP試験というものを受けていた。
そもそも進学した高校が国際文化コースという特殊なコースのある学校だったので、入学当時から交換留学で1年オーストラリアに行こうと思っていた。
しかし、その際に家族のやっていた自営業の方が傾き、自分だけが海外なんかに行っていいのか?などと疑問に思う。(この頃は県の奨学金を借りて高校に行っていた。3年間で60万円程借りていた。留学資金、留学準備資金)
その頃、朝日新聞の記事で海外留学を某大手保険会社が後援しているプログラムがあり、ダメ元で応募。倍率20倍の中、なんとか拾ってもらい、アメリカへ3週間行った。
日本各地の高校生40名、アメリカの高校生40名というプログラムだった。
刺激的な毎日。そして、帰国子女の子たちの英語の上手さに嫉妬する毎日。大学で本場のアメリカに行って勉強したいと思うようになった。(その頃から、政治に興味も持ち始めた。オバマ大統領、移民、アメリカの建国歴史などに興味をもつ)
3.スイス留学 (現地校ではなく、日本人が通う学校) 2ヶ月
高校生のときに県の方から奨学金を借りていたこと、プログラムでアメリカに行けたことなどもあり、担任の先生も僕の家族の経済状態のことと僕の大学の留学をしたい夢のことを知っていた。そのこともあり、台湾への渡航プログラムなども紹介してくれていた。しかし、台湾への渡航のプログラムは9名が行きたいということで手をあげ、県へ申請したが、成績上位の4名が落とされるという事態に。納得は出来なかったがこういうこうともあるのだと諦めた。
毎日が退屈だった。だから何かしなくちゃと思っている時に先生が、また新たな奨学金を受けてみないか?と教えてくれたのが、公文奨学金だった。2年間で35万円の奨学金をいただけてなんと返済不要とのこと。これは受けてみて損はないと思い申請。なんともらえることになり嬉しかったのを覚えている。その奨学金に受かったなかから更に4名には高校生最後の夏だが、プログラムでスイスに留学できるという特典があった。最初は行くか悩んだがTOEFLの対策もしたいということもあり、応募。1時書類審査を突破し、2次面談で東京へ行くことに。久しぶりの東京は刺激があり良かった。面談も終わり、翌日に確か電話で合否の発表があり合格。スイスへ行くことになった。
現地校で日本の学生がかなり多いことに驚いた。多くが裕福な家庭出身の方で正直羨ましかった。だけど、僕は自分の家庭環境を嘆いていてもしかたないということもあり、勉強をする毎日。TOEFLの対策やエッセイの練習に特化したクラスを取っていた。当時、スイスで買ったSWATCHとアーミーナイフは今もお気に入り。
4. アメリカ留学準備からGAP YEAR(半年) アメリカ留学 2年7ヶ月
TOEFLもスコアが取れて、SAT、エッセイなどの対策に追われる2011年の9月-12月。
11月にはアメリカへ行ける可能性が出た。県からの年間200万円の奨学金に合格。書類、面談の強さが活かせた。
年間200万あれば、東京の私立大学へ通うのと同じくらいになる計算になった。
そのときの頑張りは今までの人生でも1番頑張っていたと思う。12月に大きな事件が起こる。
父の突然死。
本当に受け入れるまでに時間がかかった。正直、最後の方は飲んだくれな父で嫌いだった。もちろん、自営業で稼げなくなっていた、子供にも自営業を辞めて、外の仕事探したら?などと(今思うとキツイ言葉を浴びさせてしまっていた)色々とストレスも溜まっていたのだと思う。ただ、実際に奨学金も手に入ったことだし、ここで諦めたくない。と思った。
実際に3月に合格が決まり、高校を卒業した僕はGAP YEARを使い、残っていた公文の奨学金で旅をした。
ラオス、カンボジア、ベトナム、タイ、韓国、沖縄。
2012年8月。アメリカのコロラド州へ渡航。2年半。色々な事があった。本当に。
だけど、2015年4月。僕はアメリカの大学を退学した。詳細は、また色々と書きたいと思う。
母親には申し訳なかったし、実際、自己嫌悪にも陥った。
5. 台湾語学留学 2015年5月ー2016年8月 1年3ヶ月
台湾の大学への語学語学留学。この期間は現地の大学へ入る為だった。正直、人生で1番、何をしたいか見失っていた。
毎日、中国語の勉強はしたいたが、語学学校は楽だった。(遊び呆ける人には向いている)プチ台湾留学をする方や、駐在の方が勉強するには適していると思うが、こちらの大学を受験する為にはあまり向いていなかった。添削などをしてもらうのには先生の力が大きかったが。2016年7月に補欠合格であった台北の政治学部の強い大学から、繰り上げ合格の通知が。やっと大学生に戻れる。
6. 台湾正規留学 〜2018(現在) 2年半
2016年9月、台湾の大学に外国人枠で入学。大学生となる。政治学部を学ぶ。
現在3年の前期。卒業に単位を取得する毎日。
正直、色々とあったが台湾にも慣れてきている。そして、現在は卒業へ向けて頑張っている。
後半の方が雑になってしまったが人生ジェットコースター状態です。
色々とツッコミどころ満載ですが、大学で学んだことは、いろんなことが人生では起こるということ。
ニュージーランド、スイス、アメリカ、台湾と留学した人は少ないと思うが、この経験を活かせればなと思う。
