誰もが隠したい過去や隠したい自分がいたり
それで普通なんかもしれない。特別のことじゃない。
中島みゆきさんのアルバム「生きていてもいいですか」
表題の曲は収録されてないけどその中の「エレーン」に
次の一節があります。
エレーン 生きていてもいいですかと誰も問いたい
エレーン その答えを誰もが知っているから誰も問えない
さて・・・その答えとは
そんなこと誰もわからないから答えれない
だから問えない
胸を張って生きていてもいいんです。と誰も答えられないだろうから
だから誰も問えない
普通で考えると、そうなるのかぁ?
世の中、交通事故などの不慮の事故で亡くなる方よりも
自殺者の方が多いと聞きます。。。
一人一人の理由はその人にとっては正論なんだろうけど
生きたくても生きられない
せっかく世の中に生まれてきたのに
生まれた時期や国が違うだけで大人になれなかったり
生きられなかったり
女の子に生まれただけで笑顔とは無縁の世界に放り出されて
今の時代でもそんなことがあるわけだから
生きていていいんだよ
どんなにつらい過去があっても
消し去りたい過去があっても
生まれ変わりたい。そう願った日から新しい人生は始まる
もし聞かれたら
「生きていてもいいんだよ。」と
ぽちさんは答えたい。。。
こんにちは。
shigeruです。
クリティカルシンキングという講義が今日、初日で出席しました。
クリティカルシンキングを直訳すると「批判的な思考」になるのかな。
その講義とは直接関係ないですが
人と話してると話をしやすい人とそうでない人がいますよね。
もともと日本人の話し方
=日本語は英語や中国などと根本的に文法が違います。
私は電車やバスを使うのが苦手なので自家用車を使って友達3人と一緒に昨日京都へ行った。
と
私達は行った京都へ。昨日に。友達3人と一緒に。自家用車を使って。なぜなら私は使うのが苦手だった。電車やバスが
当然、上が日本語になるのですが
私が京都へ行ったことは話を最終まで聞かないとわからないのです。
でも話の途中で「何故電車が嫌いなの?」って言われて、友達3人と京都へ行ったこと伝えれなかった。
似たような経験ありませんか?
結論が最後にくるので、話を聞いている相手は「電車が苦手」と聞いた時、電車が苦手という話をしているだと勘違いして合いの手を入れてくるのです。
だから言いたいことが言えなくなるのです。
下の文章は日本語としては少しおかしいのですが最後まで聞いてもらえる可能性は高くなります。
でも実際の会話としては
昨日、友達3人と車で京都へ行った。
と喋ったところで「友達って誰?」とか「京都のどこに行ったの?」って聞かれるのでしょう。
でもまだこれは好意的な方なんですよ。
通常の会話では結論がでると、ひとつの話としては完結なんで、相手はその次の話を聞こうしてくれてるので。
普通は相手自身の話に切り替えられることが多いですよね。
話の途中なのに…。
なぜそうなるのでしょう。
shigeruです。
クリティカルシンキングという講義が今日、初日で出席しました。
クリティカルシンキングを直訳すると「批判的な思考」になるのかな。
その講義とは直接関係ないですが
人と話してると話をしやすい人とそうでない人がいますよね。
もともと日本人の話し方
=日本語は英語や中国などと根本的に文法が違います。
私は電車やバスを使うのが苦手なので自家用車を使って友達3人と一緒に昨日京都へ行った。
と
私達は行った京都へ。昨日に。友達3人と一緒に。自家用車を使って。なぜなら私は使うのが苦手だった。電車やバスが
当然、上が日本語になるのですが
私が京都へ行ったことは話を最終まで聞かないとわからないのです。
でも話の途中で「何故電車が嫌いなの?」って言われて、友達3人と京都へ行ったこと伝えれなかった。
似たような経験ありませんか?
結論が最後にくるので、話を聞いている相手は「電車が苦手」と聞いた時、電車が苦手という話をしているだと勘違いして合いの手を入れてくるのです。
だから言いたいことが言えなくなるのです。
下の文章は日本語としては少しおかしいのですが最後まで聞いてもらえる可能性は高くなります。
でも実際の会話としては
昨日、友達3人と車で京都へ行った。
と喋ったところで「友達って誰?」とか「京都のどこに行ったの?」って聞かれるのでしょう。
でもまだこれは好意的な方なんですよ。
通常の会話では結論がでると、ひとつの話としては完結なんで、相手はその次の話を聞こうしてくれてるので。
普通は相手自身の話に切り替えられることが多いですよね。
話の途中なのに…。
なぜそうなるのでしょう。
相手チームから警戒されている俊足ランナー
そして無警戒の鈍足ランナー
このふたりが盗塁が成功する確率は似たようなものだと思う。
鈍足ランナーだからと言ってやってみないうちからチャンスを諦める必要はないはず。
何もしなければ後続のバッターは凡退してしまうかも知れないし、ヒットが例え1本出たとしても得点には結びつかない。
勝負に出る時は動かないと
例え盗塁が失敗になったとしても次に繋がるものがきっと得られるはず。
そして無警戒の鈍足ランナー
このふたりが盗塁が成功する確率は似たようなものだと思う。
鈍足ランナーだからと言ってやってみないうちからチャンスを諦める必要はないはず。
何もしなければ後続のバッターは凡退してしまうかも知れないし、ヒットが例え1本出たとしても得点には結びつかない。
勝負に出る時は動かないと
例え盗塁が失敗になったとしても次に繋がるものがきっと得られるはず。
