談志と私9 | 小林茂子オフィシャルブログ「生きてみよ、ツマラナイと思うけど」Powered by Ameba

談志と私9

それからの談志は、落語を演じる気概もなくなったと言い始めた。

まるで、落語を演じられない寂しさを紛らわせるように息子に稽古を付けてくれた。

そんな息子もいよいよ二つ目桂三木男を名乗った。

やっと「茂子の子」から「三木男」と呼び名も変わった。

談志はビールと睡眠薬の日々

私と三木男の行く日だけ、ビールも睡眠薬も飲まなかった。

次第におかみさんから「茂子ちゃんと三木男君が来てくれると助かる!」と歓迎されるようになった。

談志は次第に食事もしなくなった。

いつしか、電話は公衆電話から自宅の電話からとなった。

「飲みに行きたい!」とお呼びが掛かると私は支度してタクシーで談志を迎えに行く。

「近くに行ったら電話するから」

タクシーで談志のマンションの近くへ行くと電話する。
まるで、電話の前で今か今かと待っていたように一度もコールしない間に電話に出る。

「着いたか!?」

「まだだよ。後3分」

着くと談志は、横断歩道でもない不忍通りを車を避けながら渡って来る。

銀座の行き付けのクラブで食事をしない談志に焼きそばと餃子を頼んでもらう。

焼きそばのおこげが大好きで、その部分に野菜を混ぜ、騙し騙し餃子も食べさせる。

帰り「歩けない」と言うので抱えてマンションまで

マンションの廊下に着いたら「嘘だよ!!歩けるよ!!」とバレーを踊って見せる。

お茶目だけれど、苦悩を抱えた談志だった。