三木男独演会でゲスト志の輔 | 小林茂子オフィシャルブログ「生きてみよ、ツマラナイと思うけど」Powered by Ameba

三木男独演会でゲスト志の輔

談志の訃報はいつ世間を騒がすか…

明後日は三木男独演会「祖父に挑戦」の最終シリーズでゲストは志の輔師匠だった。

嫌な予感。

見事的中。

独演会当日、マスコミは私をターゲットに騒ぎ立てる。

携帯は鳴りっぱなし。

16時共同通信より「訃報を発信しますから」

私はそれと同時にブログアップ

「訃報」と題して談志死去と書く。

独演会の着物は色無地の紋付


帯は黒…しかし、身内でもないから模様入り

タクシーの中でつくづく思う。

「なんで今日のゲストしのさん何だろう?楽屋挨拶で絶対聞かれるだろう。余命宣告出たのを知っていたんですよねって」

よりによってなんで一門に内緒にして、私には話たのか?と言わなくても良い愚痴まで出る。


談志は私と一緒に居たかった…弟子とは、そんなに居たくなかったから仕方ない!

しのさん…そこ理解してくれないかな?

案の定志の輔師匠の楽屋入りは早かった。

「あのぉ本日は…」と歯切れが悪い。

「ご存知だったんですね!」


「はい、まぁそのぅ」

「なんで一門には、聞かせていただけなかったんですか?」

「…」

「三木男は知っていたんですか?」


「…」

「一体どうして、弟子に心構えさせてくれなかったんですか?」

何を言われても終始無言。

心の中は「惚れ込んでいたんだから、死ぬ間際まで一緒にいたかった。弟子には、配慮する余裕なんてなかった。勝手に弟子入りして来て、いちいち死ぬ間際まで配慮する義務はない」っていう心持ちだった。


志の輔師匠は、袖で三木男に「うちの師匠に何席稽古して貰った?」

三木男は少なめに「8席です。」

「芝浜は稽古して貰ってないだろうね。」

「いえお断りしたんですけど稽古して下さいました。」

「ん、わかった」と高座に上がり「実は談志が亡くなりまして…さっき袖で三木男に聞いたら、8席稽古して貰った。弟子の私は2席ですよ。しかも、芝浜も…私まだ芝浜稽古して貰ってないんです。私が芝浜やる時は、私三木男に稽古して貰わなきゃいけないんです。」と場内を沸かせた後「みどりの窓口」を軽快に


終演後はマスコミにもみくちゃ

しっかりインタビュー受けていた。

私達は、テレビ朝日の収録の予定だがゲストを見送らない訳にいかない。

ゲストを見送った後テレビ朝日へ

翌朝の番組のテロップには、「最後のまな弟子桂三木男」となっていたらしい。

弓ちゃんも、会見を開き談志死去の報告。

私達は立川談志という後ろ盾も失った。

そこに至るまであらゆる笑いがあった。

三木男が談志のインシュリン注射を飛ばしてしまった時「お前だから笑って許すが弟子だったら出入り禁止だ!」と笑顔の談志。

「お前これ持ってけ」

「要らないよ…こんなの」

「馬鹿やろう!俺が死んだら金に替えろ。俺はそう長くない。お前と三木男が心配だ。」

2チャンネルに三木男は談志の子と書かれているらしいが我が子のように可愛がって貰った。

「三木助師匠と談志が支えとなりお前を見守るからな」

見てる?三木男頑張っているよ!

「お前は変わらないなぁ、俺が惚れた時と」

毎日マッサージ。

こじわはない。

スタイルもウエスト括れている。

「おう茂子来たか、相変わらず粋だなあ」と言われる為に

11月21日命日

忘れない。


立川企画は「兄貴の遺言だから」と未だに仕事をくれる。

立川流のお弟子さん…独演会

ゲスト桂三木男

立川流にも柳家にも古今亭にも可愛がって貰って三木男頑張っている。

立川談志…淡い恋人だった。