血の系譜 (密葬告別式)
2001年1月6日晴れ渡り、寒風吹き荒ぶなか三木助の告別式は執り行われた。
翌日も小さんの叔父は列席してくれていた。
口を利かず話しかけると答えるだけだった。
光明院幼稚園の園長先生は今日も来てくれていた。
人の情けが身に染みる。
読経のなか焼香が済み、最後の別れで花を三木助の顔の周りに飾り、愛猫小太郎の写真も入れた。
もう二度と触れる事の出来ない弟…優しく撫でた。
その時突然、小さんの叔父の呻くような悲しみを吐き出すような
『盛夫!』
と言う大きな声がした。
振り絞るようなその声は 『起きろ!』 と言う小さんの叔父の悲しみの声に聞こえた。
小朝師匠の粋な計らいで、下座さんの三味線と仲間の太鼓で三木助の出囃子 『つくま』 にのって三木助は高座に上がるように出棺された。
喪主の挨拶は私が母の代理を務め、親族側には小さんの叔父も立ってくれた。
火葬場に着き、いよいよ窯に入る瞬間私は
『いや~あ』
と取り乱した。
『落ち着きなさい!みっともない。』
例の身内から冷ややかに言われた。
涙は出なかった。
しかし弟が焼かれるのは耐え切れなかったのだ。
しかし泣く事も取り乱す事も私には許されないのか。
菩提寺に戻り身内だけで初七日を済ませお骨になった弟三木助と共に帰宅した。