1の頃(1984年)、同級生の川原田 くんに連れて行ってもらったのが「元祖長浜屋」デビューです。 ごく近くに2店舗あり、一杯250円、替え玉は50円でした。喫煙可、接客は最悪、パンチパーマの店員さんがたくさんいました。店に入った際に店員さんと目を合わせると、こちらには何も言わず、厨房に不機嫌そうに「いっぱーい(一杯)」とオーダーを通す...という、テレパシーのような注文方法でした。


 店員さんと目があった瞬間、「カタ(固い麺)」と言えるようになると客としてセミプロ級、そのうち店に入るだけで、店員さんがこちらの顔を見て「カタいっぱーい」と厨房に言ってくれるようになり、おお、ついに俺もここまで上り詰めたか...、と感慨ひとしおだったものです。


 おそらく出張で来たサラリーマンだったのでしょうか、「ええとラーメン一杯お願いします。」と低姿勢ながら店の作法を無視して注文したところ、「ウチは餃子はおいとら~ん(=ラーメンしかないんだからいちいち言うな。)」と店側に軽くシメられているのを見たこともありました。


 当時から、旨い、いやまずい、また味が落ちた、と毀誉褒貶が激しい店でしたが、結局みんな元祖に通っていたような気がします。僕が福岡を出た後、どうしたわけ、長浜「屋」と長浜「家」に分裂、注文も食券方式になりました。「長浜屋」と混同するネーミングをあえてつけたように思える「長浜家」はあまり認めたくないし、長浜でなく中洲というロケーションへの出店も、元祖スピリッツに反するような気がしますがどうでしょう。


 不便な場所にあろうが、味が落ちてようが、ノスタルジーと言われようが、僕は「元祖長浜屋」に通います。そして決してほかの街のひとに、福岡にあるお奨めのラーメン屋さんで~す、などと案内することもしません。