若い頃の恋愛での過ちは相手に多くを望んだことだ。
こうして欲しいとかこうあって欲しいとか
恋人同士なのだからこうあるべきだとか
相手も求めたことがあったろうが
私の側からも
実際に口にしたこともあろうし、潜在的に思っていたことは
恐らくたくさんあっただろうと思う。
自分の思いが叶えれらないと
愛情は独り歩きし始める。
不満に
不安に
最後に憎しみに
変わる。
痴情怨恨の事件は皆これにあたる。
愛することは相手を思いやることだったはずなのが
本当の愛でないことが理由か
相手に重しを乗せることが愛と勘違いした結果か
相手の嫌がることを押し付けたのか
愛し合っているのならお互い我慢をするべき・・・などの
間違った理屈が原因か
愛は変化する。いいや、愛らしきものが愛でないことが
わかり始める。
それだから相手を憎く思うことができる。
愛し合っていれば相手が憎くなるはずがない。
勘違いの恋愛か
いわゆる片思いか
若い頃に愛情を理解するのは難しいのだ。
偉そうなことをいう私だが、
未だに勘違いをしていると思うこともある。
相手に愛情と言う名の精神的な負担だけはかけてはならない。
かけた瞬間に
愛は無くなるからだ。
愛は自然な感情である。作為的なものであってはならない。
そう思う。