【わがまま】
作詞 糸井重里
作曲 後藤次利
1982年 『KIYOSHI』のアルバムに収録。
翌年1983年シングルでリリース。
『雪列車』に次ぐ期待のソロシングル。
前川さんにしては
思いっきり早口言葉ソングではないでしょうか…
よく酔っ払いのお客さんがカラオケ

で噛みまくってましたが…
当時人気のテクノサウンドで
今までの前川清さんのイメージから遥かにかけ離れた曲でしたね…
その後
クールファイブとの15年周年記念『夏の花よ』も発売。
団体活動とソロ活動。
その頃僕は
京都…
超高級クラブ《ベラミ》が少しづつ消えようとする
(あの時代…第十二話に登場)
偉大なオーナーママが亡くなられる少し前でした。
月
日内山田洋とクールファイブ来店!

それまで
こんな感じの看板が
月
日前川清来店!

と
このような感じに…
夕方、京都祇園の街並みへ向かう前に
《ベラミ》を見ながら
入り口に立っているブラックスーツの接客リーダーに
「おはようございます!本日は前川さんが…」
「そうなんだよ~前川清だけ…」
今では全く不思議ではないですが
この頃は『内山田洋とクールファイブ』が当たり前の時代…
(見に行きたかったなぁ…)
京都の夜の街。
まだバブル到来よりも遥か前の深夜の祇園。
女の子が居るラウンジなどにも
少しづつカラオケ

を設置するようになりました。僕のお店もジャズバンドだけでしたが
日曜日限定でカラオケを始めるようになり
僕自身はとても嬉しい気分になりました。
(唄えるチャンス


)ある日
背が高くてメチャクチャ格好いい男性のお客さんが常連になり
(俳優の高橋克典さんに酷似)
優しくウエイターの僕にさえ話かけてもらったり
お店の女の子にも人気がありました。
それがまた
歌が上手~い



ムード歌謡がお得意でアローナイツ、ロスプリモス…
そしてクールファイブも

「兄ちゃん!歌手目指してるんやったら練習や!何か唄ってや!オーナーええやろ!唄わせてやってや!
」と、いつも言ってもらって
お客さんとお店の女の子は唄えますが
基本的にウエイターは仕事のみなので
このお客さんが来ていただくと僕はとても有難い気持ちで…
「クールファイブが好きか
『恋唄』知ってるか?リクエストや!」まだ19の歳の僕が唄っても
心に響く事は無かったと思いますが…
「おおっ!ええやん!俺が居る時、また練習せいや~
」と、いつも優しくて…
そんなある日
お店に来て
「これからもう兄ちゃんの歌、聴けんかも知れん…」
「ええっ…どうしてなんですか?」
「仕事や!明日は大事な仕事!遠くに行くんや…
」「ええっ…そんなぁ…
」「いつか有名になりやぁ~!
」と
帰りはオーナーに許可を得て
お店の外まで見送りました。
「じゃあなっ

」「色々と有難うございました、本当に有難うございました
お仕事頑張って下さい
」時々笑顔で振り向き
男らしい大きな背中が
やがて深夜の人混みに消えてしまいました。
翌日…
暴力団

系
組 組員
組に乱入!!頭をピストルで撃たれ即死!!
その格好いい男性の写真が
新聞記事に…
…

