とにかく
人間性の根本からの叩き直し。お客様への徹底的な気配り、心配り、ご挨拶…


毎日が強化合宿でした。


自分で言うのも何ですが
今の時代には絶対に考えられない程の…
おそらく直ぐに泣いて辞めるか、もしかしたら親御さんが登場して抗議という形になるでしょうね…



未だにその時の良い事は話してもツラかった事は
親には話さないままです。



やがて歌のレッスンよりも理事長のスケジュールに付いて回る事の方が多くなり、カバンを抱えていつも側に居ました。



理事長は事あるごとに僕に動詞しか言いません。

「おいっ!しておけ!」 「おいっ!下げろ!」など…



「……?」


「ホンマにお前は役にたたん奴やなー!」
と、毎回怒鳴られました。


(さっぱり解らん…(?_?))


移動の車中で理事長は
「いちいち説明せんでも、周りの状況と流れと人の動作とで判断しろ!何の為に夜に仕事をしてるんや!」
と…





ある日、仕事中にお店に電話があり
店長から
「今、理事長が1階のお店に…すぐ来いと言ってる。」



僕は急いで1階のお店に。


そこは生のピアノ演奏やギター演奏、カラオケもありました。


理事長は綺麗なオーラのある女性とシートに座ってました。

「おいっ!挨拶っ!」


僕は状況が解らないまま
ご挨拶させて頂きました。


理事長が
「お前クールファイブの曲、歌えるなっ!」
隣の女性も
「何か聴かせてごらん…」と




僕はすかさず
「じゃあ!【この愛に生きて】を…」



あの自宅近くのカラオケパブの想いがよぎる気持ちで
とにかく一生懸命に歌いました。


歌い終えると、その女性は
「キヨシは、そんな力んで重く唄わないよ…聴いてて疲れるね…」と言いました。


理事長は
「仕事に戻れ…」と。


僕は状況がイマイチ把握出来ないまま
「お邪魔致しました。どうも失礼します…」と…


後で理事長がお店に来て
「まだまだやな…(^^)」と笑顔で。




先ほどの女性…

実は

あの偉大な…

芸能界で知らない人は誰もいない

当時全国一の祇園ナイトクラブ『ベラミ』のオーナーママでした。





『ベラミ』と言えば
オープン当初、渡辺晋さん(あのナベプロの社長)が専属バンドで、2階に渡辺プロダクションを設立され
たくさんの大物歌手を『ベラミ』から育て上げられました。

『ベラミ』の凄さは
国内だけではなく、サラ・ボーン、カーメン・キャバレロ、シルビィ・バルタンなどのシヨーも。

僕もブラザース・フォーと握手して頂いた事もあります^^;






で…


そんな、そんなママの前で(*_*)




最高のチャンスだったんでしょうね…


随分してから解った事ですが…
ママが良いと思ったら
すぐにでもステージで歌わせる方だったみたいでした。



甘くない…甘くない…

【この愛に生きて】
shige821さんのブログ-101110_113518_ed.jpg




まだまだ
たくさん僕の苦労話?(笑)はありますが

前川さん、クールファイブの思い出を綴るブログなので
時々…という事で…(^^ゞ



ありがとうございました。