以前より『歴史好き』を自称してますが、

どうにも腑に落ちないことだらけの歴史教育に、

一石を投じて見たくなり、

こんな内容の記事を書いてみたりしてます。

 

もう40年前くらいになりますが、

埼玉県行田市にある『さきたま古墳公園』の整備に

ボランティアで参加したことがありました。

学生だったこともあり、たいしてお役には立てなかったけど、

貴重な経験を積むことができたと思っています。

 

2019年7月に仁徳天皇陵古墳として知られる大山古墳をはじめとした

百舌鳥・古市古墳群が世界文化遺産に登録されました。

 

これはみなさんもご存じのことだと思います。

 

が、この『古墳』っていったい何なのでしょう?

ほとんどの方は『偉い人のお墓』とか

『その時の権力者のお墓』と思っているのではないでしょうか?

 

それだと、エジプトのピラミッドとかと同じ???

とか思ったりしませんか?

 

しかも、結構広範囲に数十万基という膨大な古墳が

日本には存在しています。

 

大きいものから小さいものまで様々ですが、

この古墳(お墓)を造るためにどれだけの人が駆り出されたのか?

それほどまでに言ってしまえば『墓づくり』に人々を借り出しても平気なほど

当時の日本は豊かな国だったのか?

といった疑問が沸々・悶々と頭の中で巡ってしまうのです。

 

様々な書籍や文献、ネット等でも調べてみましたが、

歴史の教科書のようなお決まりの説しか出てこないのです。

 

大きい古墳だと数十年単位で造営されたものもあるわけで、

いくら権力者の墓とはいっても、

『墓づくり』に駆り出された人々が文句も言わずに

それに従って重労働を何十年も続けたとは考えにくい、

と私には思えて仕方がないのです。

 

もっと何か目的があって、

人々が造営作業に従事したのではないか?

と。。。

 

 

次回の投稿ではその疑問に答えと呼べる考え方について

書こうと思っています。

 

もし、皆さんの中に、

『自分はこう考える』とか

『こういう学説もあるよ』というものがあればお聞かせください。

 

 

つづく