中学校のバレー部にすっかり浸食され、プラ競技の練習に全く行けなくなったわが子

これでバレーに熱中しているのであればそれはそれで結構な事なのですが

部活から帰っては顧問の愚痴を言う日々、決して部活が楽しいわけではない様子。

 

皆も頑張ってるし自分も頑張らないと、というマインドになってしまうんでしょうね。

毎週車出しをして試合に帯同していた妻もいつの間にか連帯感を持ってしまい、

もう部活から離れることはできない情勢でした。

 

その間にもプラ競技のコーチから練習のお誘いが来ていましたが、部活を理由に断る日々、かといって辞めた(辞める)つもりもなかったので申し訳ない気持ちでした。

 

そして訪れたコロナ禍

 

3年生になる直前から学校は休校になり、あれだけ活動していたバレー部も当然練習はできず、コロナが少し落ち着いた夏ごろに地域の中学校が集まり小規模な練習試合をして、引退となりました。

プラ競技の方も練習場が閉鎖となり、夏に開催予定だった全国大会も中止でこちらも終了しました。

 

一度はプラ競技の部活がある某進学校を目指すことも考えていた娘は、結局別の進学校に進学しました。

その学校の雰囲気が合わないと判断したのが理由で部活動は関係ないですが、

もしバレー部に入らずプラ競技に重きを置いていたらまた違った人生だったのかも知れないな、と思う事があります。

 

何より「もうバレーは絶対やらない」という強い意志を持たせてしまった中学校の部活動(主に顧問)に対しては恨みに近い感情を持っています。

 

長々と書いてしまいましたが、要はブラック部活には気を付けてね、という話でした。

 

ちなみに高校では進学を優先して運動部には入っていませんが、体育の授業や体力測定で時々その片鱗を見せて驚かれているようです(笑)

(娘はプラチナキッズだったことは特に話していないようです)

 

おしまい

中学校のバレー部は部員があまり多くなかったことに加え

娘も持ち前の運動能力で着実に力を付けていったことで、

1年生の途中から試合にも出させてもらえるようになっていました。

 

試合に出るという事は週末の練習試合にも当然駆り出されます。

学校のルールでは平日1日と週末どちらかは必ず休みのはずなのですが、バレー部に週末の休みはほとんどありませんでした。

いわゆるブラック部活です。

先生方の指導もなかなか厳しく(暴力などは流石にありませんでしたが)、言葉での罵倒は結構あったようです。

 

こうなると部活を休むわけにもいかず、プラ競技の練習に行けない事が増えていき、週に1度のはずが

いつの間にか半月に一度、月に一度...と減っていきました。

 

そんな状況で中2になり、夏に3年生が引退すると娘は副部長に任命されました。

バレー未経験だった娘ですがアタッカーのポジションでスタメン出場するようになっていました。

 

この年もプラ競技の夏の大会に出場するのですが、練習は大会直前に2~3回のみ。

指導者の方にも大変申し訳ない状況でしたが、部活で体力がついたのが良かったのか、前年を上回る成績を残しました。

それは良かったのですが同時に「もっと練習できていれば...」という思いも残りました。

 

バレー部は毎週のように週末に対外試合の予定を組んでいました。

市内であまり強い学校が無いため車で市外に遠征に行くことが多く、毎週のように妻が車出しをして子供たちに帯同していました。

 

もうこの頃にはすっかりバレーに浸食され、プラ競技の練習に行くこともなくなっていました。

 

 

 

※まさかのコメントを頂いたので続きを書こうと思います、コメントありがとうございました。そして放置していてすみませんでした。

 

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顧問に口説かれて未経験のバレー部に入部した娘。

その時点ではプラチナキッズを通して出会った競技(長いので「プラ競技」とします)をメインに考えており、

バレー部の顧問にはそちらの練習もあることを伝え、了承してもらっていました。

また、中学の部活は「平日で必ず1日は休み有り、週末もどちらかは休みにする」というルールがあったので、プラ競技はこれまで通り週末に行けばよいという事になりました。

(元々体を動かすのが大好きだったので、週末が部活とプラ競技で潰れることはそこまで問題視していませんでした)

 

バレー部は県大会ベスト16ぐらいを目標とし、市内で1,2を争うまずまずの強豪でしたが、1年生という事もあり、当初はプラチナ競技との両立ができていました。

しかし3年生が引退し、2年生主体となった頃からは、部員が少ないこともあり1年生への指導も熱心になっていきました。

毎週末のように練習試合が組み込まれ、1年生も帯同する事が増えるとプラチナ競技の練習に行けない事が増えていきました。

 

プラ競技は夏に大きな大会があり、そこに向けた練習をしていましたが、週末になかなか時間が取れず、大会直前には平日の部活が無い日の夜に娘を車で練習場まで連れて行くこともありました。

1年時の大会は初めてにしてはまずまずの結果で、我々も初めて経験する事が多くいい勉強になりました。

 

一方、中学のバレー部は相変わらず熱心で、娘も未経験ながら着実に力を付けていき、メインはすっかりバレーにシフトしていたのです。

 

つづく