明けましておめでとうございますニコニコ

 

今回は、リザードンが発達障害と診断された時のことを書こうと思います。

 

発達障害の診断を受けたのは、リザードンが4歳の時でした。

 

3歳児健診の時に、発語が遅く、理解力も弱かったので、要観察になりました。

 

ただ、その当時は要観察と言われても、どうしていいか分かりませんでした。

 

心配であれば、「区内の児童発達の専門医がいるリハビリテーションセンターへ行ってみて」と言われたものの、そもそも育てにくさに困難を感じていた私は

 

「もしかして発達障害?」

 

という不安がずっとありました。

 

それを病院に行くことで突きつけられてしまうことが怖くて、しばらく様子を見ようと思って過ごしていました。

 

ただ、すぐに幼稚園入園を控えていたこともあったので、診断を受けてはいなかったけれども、たくさんの幼稚園に直接行って、お話をさせていただいて、配慮をしていただけそうな幼稚園を選びました。

 

家の中でも、ネットを頼りに、手探りでリザードンの成長を促すような遊びをしてみたり、

 

なるべく外に連れ出して運動させたりと、試行錯誤しながら子育てをしていました。

 

入園してからも発語がなかなか見られず、ただ、リザードンは小さい時から歌と踊りが大好きで、保育参観に行くと、楽しそうに踊ったり歌ったりする姿が見られました。

 

幼稚園期のリザードンの特性は(今もそうですが)

 

こだわりが強い

お話が苦手

指示理解が困難

 

お友達をぶったり、歩き回ったりなど、いわゆる問題行動はありませんでした。

 

でも、そうなると先生方も、30人近く園児がいる中で、リザードンがどこまでわかっていて、どういう接し方をしたら指示が通るのか、などそういう細かいところまでは出来ません。

 

私も家でどういう接し方がいいのかがわからず、不安もどんどん広がる一方。

 

限界まできていた私は、「もうダメだ、やっぱり診てもらおう」と病院に予約を入れました。

 

ちなみに、予約を入れてから実際に病院に行くまで、当時、6ヶ月かかりました(今もきっとかかりますよね)

 

初診は、問診と発達検査だったと思います。(2回に分けてだったかな??覚えておらず)

 

後日、結果を聞きに行ったんだと思いますが、その時の光景が今でも頭から離れません。

 

光景は焼き付いているものの、先生との会話はほぼ覚えていません。

 

先生は、静かに穏やかに「発達障害」や「自閉症スペクトラム」の説明をしてくださっていたと思います。

 

とにかく私は、

 

わかっていたけど、覚悟していたけど

 

頭をガーンと打ちつけられ、ちびまる子ちゃんの顔にザザザと縦線が入って不幸な感じに見えるアレが、私の頭にズドーンと乗っかっている感じでした。

 

いつも私は思うのですが、それまでの子育てで育てづらさを感じていた私は、ボクシングで例えると、日々ボディブローを食らっていて。

 

痛くて辛くて、我慢の限界だから病院へ行く。

 

そして、そこで決め手となるアッパーを食らいK.O魂が抜けるガーン

 

K.O.で倒れてるのに、泡吹いてるのに、何も手当てもしてもらえず両脇に抱えられながら、うなだれて帰る、傷だらけのボクサーだったなと、なぜかボクサーで例えてしまう私です。

 

告知だけされて、先の見通しもなく、具体的な方法もなく、いつもの生活に戻りました。

 

とってもつらかったです。

 

どうしてうちの子が?

 

この子の将来はどうなるの?

 

私の人生は!?

 

正直言うと、診断を受けてから、こういう思いがずっと巡り巡っていました。

 

覚悟なんてできませんでした。

 

覚悟してるもん!と自分に言い聞かせていただけでした。

 

人によって受け入れるまでの時間は異なると思います。

 

早く受け入れられる人もいれば、子供が大きくなっても受け入れられない人もいるかもしれない。

 

でも、子供を育てる、一緒に生活をする中で、私は少しずつリザードンへの見方が変わっていったんだと思います。

 

今までの私の価値観ではまずこの子を育てられないことに気づき、自分と向き合うことから始めました。

 

その中で、色々な人に出会い、たくさん助けてもらいました。

 

この世の中は、私が思っていたよりとっても広くて、暖かくて優しいことも知りました。

 

そうやって、一進一退を繰り返しながら、ちょっとずつ受け入れることをしていったんだと思います。

 

日本は、先進国に比べると発達障害に対する教育環境がまだまだと言わざるを得ません。

 

私も初めはずっと国に文句ばっかり言ってました。笑

 

でも、国がしてくれないならどうする?

 

自分でやるしかない。

 

だってリザードンのお母さんは私だから。

 

一番守ってあげたいと思う親たちが、自分達の大事な子供を守れるような環境を作る。

 

その循環がもっともっと広がっていけば、両脇に抱えられるボクサーの人口も減らせるはず!

 

そんな目標を掲げて、2022年はチャレンジしていきたいです^^